第31話 笑みと気配

「また、私は同じ格好をするのね……」


「巫女と陰陽師が共に行動するのは、あの神社では普通だからね」


 黒田は狩衣、心優は巫女装束を事務所で着ていた。


「それにしても、気配を消せるのは自身だけでなく、自分で対象を選ぶことも可能ななんですね。凄い」


 心優の目線の先には、二人の男性が背中合わせに縄でぐるぐる巻きにされている姿。

 その二人は、事務所の階段前にいた陰陽師達だ。


 心優と黒田が二人を一発で気を失わせ、事務所の中へと引きずり縄でぐるぐるに。


 余計な事をさせないようにお札などは取り上げ、口にはガムテープ、目元にはタオルを巻き視界を封じた。


「倒す事は、黒田と心優がいれば簡単とは思ってはいた。ただ、周りの目が気になってね。黒田の妖術が無かったらまた違う荒業を使わなければなくなったから、めんどくさい工程を踏まなくて助かったよ」


「黒田さんがいなかったとしても、結局は荒業に走るんですね……」


「ここにはパワー型が二人もそろっているからね」


 黒田は潜入する時、周りに自分を認識させないように術をかけていた。


 数を重ねれば重ねるほど効果は薄まるが、一瞬だった場合は問題はない。


 今回は黒田達四人と陰陽師二人の気配をゼロに近いほどまで消し、ビル街を歩く人達から認識させないようにした。


 一瞬しか効力は無い。

 黒田がそう言ったが、二人には特に気にしない。


 心優と黒田は一瞬で陰陽師二人を気絶させ無事、事務所に入る事が成功し、今に至る。


「というか、なんで私も巫女の姿をしないといけないの……。普通に犬宮さんにしてほしっ――……」


「「シンプルにキモイ」」


「二人から!?」


 心優の妄想に今まで二人は呆れることなどはしていたが、否定はしてこなかった。

 だが、今回ばかりは否定しないと気がすまなくなり、犬宮と黒田は同時に否定。


「な、なんでそこは駄目なんですか…………」


「言っただろーが、シンプルにキモイ。高身長で筋肉質な巫女なんて嫌だろ?」


「……………………え」


 心優は黒田の言葉に驚愕し、唖然として犬宮を凝視。


 普段、犬宮はよれよれのスーツを着て、肌は出さない。

 そのため、筋肉質かは今すぐの判断は難しい。


 心優は、否定されたことに反発心が浮上。

 高身長というだけなら女性にもいるから問題はないと講義をするが、二人はもう無視。次の一手を話し合っていた。


「ここからは黒田と心優にかかっている。俺がいくら作戦を考えても、相手は陰陽師だしあまり効果がないだろう」


「結局、戦わないといけないわけだしな。紅城神社を絶命させるには」


「そうだ。だから、二人は内側から少しずつ攻め、俺は外側から攻める」


 犬宮の言葉に、心優はBLを一人で想像していた頭を切り替える。

 責任重大な立場に自然と立たされており、顔を青くした。


 ――――気kぶり過ぎですよ、犬宮さん。


 心の内で呟き、二人の会話に耳を傾けた。


「あの、ヤクザを拾ってか?」


「言い方が引っかかるが、そうだな。信三さんは大丈夫と言っていたが、やっぱり不安だ。だから、お前らが紅城神社に入ったところを見計らい、真矢家に行こうと思う」


 ふと、心優は何かに気づき、犬宮に向けていた視線を黒田に映す。

 青かった顔は元に戻り、考え込む。


 体に刺さる視線が気になり、黒田は横からジィっと見つめてくる心優へと振り向いた。


「えっ、と。心優ちゃん? どうしたの?」


「いえ……。よく見たら、犬宮さんより黒田さんの方が小さく、少しだけ細いなぁ、と、思っていただけです」


「……えぇっと、それは俺が低身長と言いたいのか?」


「決して黒田さんは低身長では無いと思います。そうではなく、犬宮さんが駄目なのなら、黒田さんならいけるのではないかと妄想しておりました」


「……………………え?」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「できましたぁぁぁぁぁあぁあ!! はぁ、はぁ。こ、これで外で犬宮さんが黒田さんを襲っても特に問題はありませんね!! いや、逆もまたいいかも!! 犬宮さんなら女性に襲われていても特に違和感ないし!!」


 化粧ポーチを片手に、心優は今までにないほど目を輝かせ目の前にいるを見た。


 目の前にいる彼、黒田は今、顔を抑え項垂れている。


 服は狩衣から巫女装束に、髪はウィッグをかぶり黒いストレートとなっている。

 顔は心優の努力が功をなし、完全なる女性になっていた。


「なんで、俺がこんな目に……」


「数百年生きてきた中で初めてなの? 女装」


「いや、過去にある姫さんに遊ばれた時はあったが、もうそれは百年以上も前だぞ。さすがに悲しいわ」


 黒田は犬宮より身長は小さい。

 ガタイもいい方ではなく、どちらかと言うと細身。女装しても特に違和感はなかった。


「…………へぇ、どこかのお姫様みたいな空気感だな」


「楽しそうだな、お前……」


 表情は変わらないがちょっとだけ声が弾んでおり、黒田は拳を握り犬宮を睨む。


「それじゃ、時間もないし、早く行こうか。ここから紅城神社はそこまで遠くはないけど、近くもないからね」


「俺、この格好で街中を歩くの…………?」


 顔を覆っていた手を下ろし、顔面蒼白で犬宮に問いかける。


「それしかないでしょ」


「せめて、巫女装束はやめたい……」


「それは私もですよ」


 黒田の言葉に心優は冷静に返す。


 それでも、絶対に人の目が付く道は歩きたくないと黒田が抗議した結果、人目の付かない場所を選び進む事となった四人。


 "人目の付かない道"。

 黒田と犬宮は、それだけでもう行く道は決まっていた。


 犬宮が最古を抱え、黒田は心優を抱きかかえる。


「え、え?」


 黒田に抱きかかえられたことにより、心優の頭の中には崖から飛び降りた時の光景が浮上。「ヒュッ」と浅く息を吸い、顔を青ざめさせた。


 ――――いや、今回は崖から降りる訳じゃないんだ。あんな恐怖を味わう訳ではない。


 そう自分に言い聞かせながらも、心優の額からは冷や汗が流れ出る。

 黒田も慣れない服で唇を尖らせながらも、準備していた。


「それじゃ、行こうか」


「へいへい」


「声、せめて中性的なものを出せるように頑張ってね」


「……………………へいへい」


 二人はビルの裏側へと移動し、人の目が無い事を確認すると、黒田が四人の気配を消し、ビルの上まで勢いよく跳んだ。

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