第30話 作戦と笑み

 情報交換すると、心優の顔が真っ青になってしまった。


「……………………お父さん」


「大丈夫」


 心優がココアの入っているマグカップを持ち顔を青くしていると、犬宮が力強く「大丈夫」だと言い切った。


「信三さんは強い、陰陽師になんて負けないよ。真矢家自体、普通に強いしね」


 珈琲を飲みながら言う犬宮に、心優は胸を抑える。


 ――――確かに、悔しいけどヤクザとしての力は本物だ。


 実力派ぞろいの真矢家、今まで幾度となく命を狙われてきた。

 それでも、すべてを返り討ちにしてきた。そう簡単には負けない。


 でも、相手は陰陽師。

 人ではない何かを使われてしまえば、いくら真矢家が強いと言っても不安は残る。


 テーブルの上に乗せられている心優の震えている手に、小さな手が伸び握る。

 ハッとして顔を上げると、最古の漆黒の瞳と目が合った。


 驚きすぎて何も言えないでいると、最古が口をゆっくりと動かした。


「だいじょうぶ。だいじょうぶ」


 ニコニコと笑いながら、心優を安心させるように同じ言葉を繰り返す。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 甘く、温かい声。

 手は小さいけど頼もしく、冷たくなってしまった心優の手がほんのりと温かくなっていく。


「――――うん、そうだよね。私のお父さんは強い、ありがとう、最古君」


 笑顔になった心優は、最古の手を握り返す。

 ニコニコ笑顔を浮かべている最古も笑顔を返し、笑い合った。


 二人の温かい空気に、黒田と犬宮は目を合わせほくそ笑む。


「必ず、この因縁は断ち切らないとな」


「そうだね。頑張ろうか、黒田」


「おうよ」


 ※


 紅城神社には御子柴と巴、他にも複数の陰陽師や巫女が一つの大部屋に集まっていた。


 御子柴と老人が集団の前に隣り合わせで座り、沢山の人達の前で姿勢を正し正座で座り話している。


「まだ、狗神と奇血きけつは捕まえられていないのか」


 老人がしわがれた声で陰陽師達に問いかける。


 その問いに答える声はなく、静か。

 そんな中で、御子柴が凛々しい声で答えた。


「うまく逃げ回っているみたいですが、もうそろそろ逃げ道は無くなっているはずですよ。陰陽頭おんみょうがしら様」


「ふむ、そうか。もう少しで捕らえられそうという事か?」


「慌てないでください」


 顔を下げ、御子柴は言い切る。

 隣に座る彼女を横目で見て、陰陽頭は鋭い瞳を覗かせた。


 殺気が含まれている、鋭利な刃物のような瞳。

 向けられている御子柴の額には、一粒の汗が浮かび上がる。


 それでも表情一つ変えず、御子柴は頭を下げ続けた。


「――――早く捕らえよ。それで、狗神を消滅させ、依代となっていた犬宮賢の体は研究院へ引き渡し、奇血きけつは我々が引き取る。邪魔しようとする者がおれば、躊躇することなく、殺せ――……」


 ※


「んじゃ、俺達にはもう戻れる所がないのか」


「今のように逃げ回っていても、必ず俺達の場所は見つけ出される。呪異が協力してくれるのなら、大きな騒ぎにしないようにする下準備と、決戦場所探しだね」


「そうだなぁ~。俺的には、怪異達が引き詰められているホラースポットとかがおすすめだが…………」


「それだと人間世界の被害は抑えられるけど、怪異世界がどうなるかわからないよね」


「そうなんだよなぁ~」


 黒田と犬宮の会話についていけない心優は、ココアを片手に聞き専を務める。


「陰陽師かぁ~。うーん」


 腕を組み考え込んでしまった二人。


 心優も何かいい案がないか考えるが、今まで考える事は全て犬宮に任せていたため、何も思いつかない。


「……もう、また潜入して内側から神隠しみたいなことが出来ればいいのに……。そうすれば、吊り橋効果で薔薇BLが出来上がるかもしれない」


 真剣に考えていたかと思うと、何故か徐々に目を輝かせ始め、BL脳になってしまった。


 そんな心優を横目に、二人はため息。

「また始まった」と、黒田は頭を抱えた。


 犬宮も最初は呆れていたが、先ほどの心優の言葉に何か引っかかるものがあり、顎に手を当てた。


「潜入……。そう言えば、黒田。俺や翔を逃がした時、黒田は確か陰陽寮に潜入していたんだよね?」


「お? おん、そうだぞ。潜入していないとお前らを逃がす事出来ないだろう」


 ――――ん? 何か閃いたのかな。


 犬宮の目が先ほどより輝き、妖し気に口角が上がる。


「俺の時はまだ黒田は怪しまれていなかったんだよね? 陰陽寮に潜入している時」


「そうだな」


「でも、二回目は? 翔の時はどうしたの?」


「翔の時は最小限の関わりにしていたのと、首元や顔をうまく隠しばれないようにしたんだよ。あとは、気配を消し最低限の行動のみで終わらせた。そもそも、翔を連れ出す事が目的であったからな、それだけで十分だったんだよ」


 腕を組み、天井を見上げながら思い出す。


「それと、今回もそう。心優を助けた時、看守になって侵入したんだよね?」


「侵入……。せめて潜入という言い方をしてくれ……」


「それはどうでもいい。それも、同じ? さすがに三回も同じことをすればばれるでしょ?」


 犬宮は目を細め、指を差す。

 もうわかっていると言いたげな表情に、黒田は最初、よくわからず数回瞬きを繰り返した。


 だが、先ほどの心優の言葉も兼ね合わせるとすぐにわかり、八重歯を見せ、にんまりと笑う。


 二人の悪魔のような笑みを見て、いつもならBL脳になる心優ですら、今回ばかりは顔を青くしココアを啜った。


「……………………二人は絶対に敵に回してはいけないんだろうなぁ。終わったね、紅城神社」

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