犬宮探偵事務所と本領

第28話 復讐と再会

『私は、何をすればよい』


「簡単だ。赤城神社を呪ってほしい」


『? それだけで良いのか?』


「あぁ、大丈夫だ。だが、事前準備をしなければならない、最初は待機していてくれ」


『わかった』


 すぐに頷いてくれた呪異だったが、なぜか黒田から目を離さない。

 何かを訴えているような視線を感じ、首を傾げる。


「眼球がないのに訴えるような視線を送るのはすごいと思うが、どうしたんだ?」


『…………話がしたい』


「? 心優ちゃんとか?」


 後ろにいる心優を指さし聞くが、首を横に振る。

 なら、誰と話したいのだろうか考えると、一人の憑き人が黒田の頭に浮かび「あっ」と声をこぼした。


「もしかして、賢と話したいのか?」


 聞くと、迷うことなく頷いた。

 反応を見て黒田は納得、笑顔で同じく頷く。


「わかった、伝えておこう。賢も喜ぶだろうな。なぜかわからんが、賢も呪異には懐いているし。羨ましいねぇ~」


『? 懐いている? 本当か?』


 黒田のボヤキに呪異の声は跳ね、嬉しそう。


「あぁ。普段は話に出さないが、お前と会っている時の賢は結構油断している。警戒していないから、懐いているんだろうよ」


 呪異は黒田の言葉に、花を飛ばすような可愛い笑顔を浮かべた。


「嬉しいか?」


『嬉しい』


「そうかそうか」


 心優は、最初怖かった呪異が今では可愛く見え、警戒が解けてきた。

 黒田から体を乗り出し、呪異を見上げる。


 視線に気づきニコッと笑いかけると、心優の頭を優しく撫でた。


『人間の女子おなごは、可愛い。守りたい』


「なら、守ってやってくれ。今回の件、こいつも巻き込まれているんだ」


『必ず守る』


 心強い言葉に、心優は一安心。


 ――――怪異って怖い印象が強いけど、私が今まで会ってきた怪異は、少しずれていたり、本当に怪異か疑ってしまうほどお人よしだったり。変な感覚だ。


 ほわほわと心優が考えていると、黒田が急に立ち上がる。


「それじゃ、早く賢と合流しよう。呪異は仮の姿になってほしい。俺が持ち歩く」


『わかった』


 言うと、心優から手を放し黒田と同じように立ち上がった。


 黒田が右手を前に出すと、呪異も左手を前に出す。

 同時に足元から黒い霧――瘴気が現れ始め、呪異を包み込み始めた。


「な、何が……?」


 風が起き、困惑している心優の髪を揺らす。

 何が起きたのかと驚いていると、突如瘴気が四方に飛び散った。


「――――え、刀?」


 四方に飛び散った瘴気の中から現れたのは、黒色に染められている刀。


「よしっ」


 鞘に納められている刀を見て黒田はガシッと掴み、手慣れた手つきで腰に巻かれているベルトに差した。


「また、よろしく頼むぞ、相棒」


 優しげに瞳を細め刀を撫でる黒田の姿に、心優はただただ動揺。彼を見ていることしか出来ない。


 心優からの視線が煩わしく思い、黒田は苦笑いを浮かべた。


「これが呪異の仮の姿。俺がまだやんちゃしていた時の愛刀だ」


 鞘から刃を抜き取り、黒い刃に手を添え口角を上げる。


「懐かしいなぁ、この高揚する感覚、たまんねぇ」


 刀を手にした途端、黒田が狂気的な笑みを浮かべたため、隣で見ていた心優は顔を引きつらせ後ろに下がる。


 ――――やんちゃ、していた時……?


 まさか、黒田は犬宮と出会う前、黒い刀を使い人をたくさん切っていたのかと、嫌な想像を心優はしてしまう。


 その中には、巴の両親がおり、殺してしまった。

 そうなれば、話は繋がってしまう。


 今の黒田が犬宮に出会った事で丸くなったんだとしたら、過去に行われた罪を否定はできない。

 今殺さなかったとしても、過去の罪は、消えない。


 心優が黒田を見て茫然としていると、視線に首を傾げた。


「どうした?」


「…………い、いえ、なんでもありません」


 まだまだ心優と黒田の付き合いは浅い。

 信じたくとも、刀を持って狂気的な笑みを浮かべていた黒田を見ると、どうしても疑ってしまう。


 黒田が昔、人を殺していたんじゃないかと、疑ってしまう。


 ここで聞いてしまえば、黒田が逆行してしまい、心優を殺す。

 そう想像してしまい、聞けない。


 黒田は心優の様子がおかしい事には気づきつつも、深く聞こうとはせず、「行こう」と心優を連れて森の中を歩き出した。


 ※


 黒田達は事務所に向かい、無事たどり着くことが出来た。


 だが、中に入ることが出来ず足踏み。

 階段前にいる人達を見て、心優はハッとなり駆け出そうとしてしまう。

 それをすぐに黒田が肩を掴み、止めた。


「いきなり走り出そうとしてどうした」


「いえ、依頼人かもしれないので、今はお受けできないことをお伝えしなければと……」


「あいつらが依頼人という生易しい人達なわけがねぇだろうが……。近づくのは危険だ」


「──え」


 階段先にいるのは、私服の男性二人。

 心優からしたら一般人だが、黒田からしたら違う。


 ――――なんで、そこまで警戒しているの?


 説明を求めたくても、黒田の表情は険しい。

 聞くことすら躊躇してしまう。


「ここから離れるぞ。見つかるとめんどくさい」


「は、はい…………」


 黒田が振り返りその場から離れようとしたが、すぐに足を止める。

 口では離れようと言ったのに、なぜ突然歩みを止めたのか。


 ゆっくりと後ろにいる心優へと振り返る。

 だが、目線は心優を見ている訳では無い。


 心優の後ろを、じぃ〜と見続けていた。


 どこ見ているのだろうと首を傾げながら、黒田と同じ景色を見るため振り返る。


「──っ!?」


 思わず大きな声を上げそうになったが、何者かにより口を押えられてしまった。


「さすがに大きな声を出されるとまずいから、黙ってて。心優――……」

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