第27話 呪異と復讐

「――――呪異、呪異。もうそろそろ勘弁してあげて」


 今、心優は子供のように呪異に抱きしめられたり、高い高いされている。

 目を回している彼女は、もう誰の声も届いていない。


 久しぶりに人間の女性と出会いテンションマックスな呪異も、心優と同じく周りの声は聞こえていない。


 黒田は首に糸を通しながら落ち着くのを待っていたが、落ち着く様子を見せない呪異にしびれを切らし声をかけた。


 だが、聞こえていない。


「呪異~、時間がないんだが、落ち着いてはくれねぇか~」


 再度声をかけるが、聞こえていない。


「あー、やっぱり連れてくるべきじゃなかったか……はぁ~」


 包帯を巻きなおしバランスを確認した黒田は肩を竦め、呪異の首に赤い糸を巻き付け縛り上げた。


『グッ!!』


「落ち着いてくれ、呪異」


 マイペースな口調とは裏腹に、手つきは殺意マックス。

 首を切り落とすほどの力で呪異の首を締め上げる。


「落ち着いたか、呪異よ」


『グググググググッ!!!』


 瘴気が足元から微かに現れ、黒田の気配が微かに変わる。

 嫌な気配を感じた呪異は、心優を優しく地面におろし降参と両手を上げた。


 ――――あぁ、少しだけ首無しの怪異が黒田さんの身体に現れている。


 やっと解放された喜びと、黒田への恐怖心で、心優はただただ二人を見続けただけだった。


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「さて、話は分かってくれたか、呪異」


『わかった』


 呪異は黒田の怒りを感じ取り、素直に話を聞いた。


 心優は予想外なことが起きすぎて、もう深く考えるのはやめ、黒田の言う通り後ろに隠れながら二人の話を行方を傍観していた。


 ――――この人……いや、人、ではないか。

 なんなんだろう、あの男。黒田さんより弱いのかな。なんか、大人しくなってる。


 影から顔を覗かせ呪異を見ると、無いはずの目と合ってしまい満面な笑みを浮かべられた。


 可愛いと思ってしまったが、黒田の黒い笑顔によりすぐしょんぼりと肩を落としてしまう。


「…………あ、あの、黒田さん?」


「ん? どうしたんだ?」


「なぜここに来たんですか? あの人……怪異? は、なんですか?」


 心優が呪異に聞こえないように気を付けながら、黒田に問いかけた。


「あぁ、説明していなかったか。こいつは、呪異。恨みや妬みといった、負の感情が集まって作り出された怪異だ」


 ――――それって、首無しという怪異と同じ……。つまり、黒田さんと同じ怪異って事?


 首無しという怪異は、人の恨みで生み出された怪異だと言うのが有名で、心優もそう思っていた。


「あの、黒田さんと同じ怪異って、ことですか? 名前が違うけど……」


「いんや、俺とはまた違う。確かに首無しも人の負の感情が集まりこの世に生まれ出た怪異だが、呪異は人の恨みとかではなく、恨みなどで生まれ出た怪異が一つに集まった怪異なんだ」


「ややこしいが、これ以外の説明が出来ん」と説明を終らせる。


 ――――えっと……。怪異が集まると、また違う怪異が生まれ出るってこと?


 負の感情により生まれ出る怪異は、この世にたくさんいる。

 黒田もその一人、犬宮に取りついている狗神も同様。


 だが、怪異が一つに集まると、またしても違う怪異が生まれるなんて、心優は今まで聞いたことがない。

 しかも、こんなフレンドリーな怪異が恨みから生まれ出ているなど、考えられなかった。


「怪異の世界は不思議なこと、理解しがたいこと、理不尽なこと。様々な現象が起きうる世界なんだ。だから、人間の世界で通じる常識をあてはめない方がいいぞ。足元をすくわれ、奈落の落とし穴に落ちる」


 軽い口調で言う黒田の赤い瞳は、真っすぐ心優を射抜く。

 体に寒気が走り、体が震える。


「わ、かりました」


 まだ不安は胸に残っているが、今まで犬宮と行動していた経験がここで活かされ、すぐ気分を切り替える事が出来た。


「ゴホン。それで、なんで今回ここに?」


「こいつの力で、赤城神社をつぶすため」


 先程までの圧が嘘のように、星を飛ばすほどの爽やかなウインクをした黒田。

 さすがにすぐ、黒田の豹変について行くことが出来ない心優は、目を大きく開き固まってしまった。


 ※


 今、犬宮は最古を抱え事務所に戻ろうとしたが、それも陰陽師により阻止されてしまっていた。


「ある意味、出かけていて良かったな」


 事務所に戻ると階段の前に陰陽師が二人、待機している。


「ビル街でも目立たないように私服を着ているみたいだけど、匂いですぐわかるんだよなぁ」


 最古がまた取り乱してしまっていないか下を向くと、漆黒の瞳と目が合う。

 ニコッと笑いかけてくれたため、大丈夫だとすぐにわかった。


 犬宮も心が落ち着いているのが自分でもわかり、同じくニコッと笑いかける。


「ここまで大きく動きだしているということは、黒田と心優の方も絶対に何かあるな。翔、これからは今以上に忙しくなるよ、大丈夫?」


 確認のため問いかけると、最古も犬宮の気持ちに答えるように力強く頷いた。


「――――さて、ここからは俺と最古の復讐の始まりだ。怪異を舐めたこと、後悔させてやるよ、人間どもが」

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