第26話 崖と呪異

 黒田と共に森の中に入る心優は、体が震え顔が青い。


「…………心優ちゃんって、自分が女性という自覚はある?」


「関係ありません」


「えぇ……。結構、関係あると思うんだけどなぁ~」


 苦笑いを浮かべながら歩いている黒田の腕には、心優はがっちりと抱き着いている。

 これは、犬宮と共に薄暗い夜道を歩く時の体勢。


 犬宮は歩きにくいという感想以外特に何も言わないが、黒田は違う。

 もっと自覚してほしい所があり、それをどのように伝えるか悩んでいた。


「ん~。じゃぁ、もう一つ質問しようか。俺が男で、女性が好きという設定であることは覚えてる?」


 何を言っているんだというように、心優は怪訝そうな顔を浮かべ黒田を見上げた。

 ニコニコ顔を浮かべ下を指さす彼を見て、すぐに視線を下げる。


「…………っ!?」


「わかったぁ~? 俺も一応男なんだよねぇ。さすがに心優ちゃんみたいな可愛い女性に胸を押しつけられるのは、ちょっとねぇ~」


「~~~~~~~変態!!!!」


 バッと黒田から離れ、自身の胸を抑え赤面しながら睨む。

 その言葉には些か納得できない部分もあるが、離れてくれたから良しと切り替える。


「それで、手を握るのは大丈夫だから、ほれ」


「……………………変なところは絶対に触らないでくださいね」


「俺から触ったわけじゃねぇだろうが……」


 心優が差し出された黒田の手を握り、薄暗い森の中を進む。


 奥に進めば進むほど暗くなっていき、体が重くなる。

 鴉の泣き声や草木が重なりあう音で心優はビクビクと肩が上がり、黒田の手を引っ張っていた。


「やれやれ」と肩を竦めつつ、空いている方の手で自身の首を確認。

 包帯でしっかり巻いてはいるが、糸で皮膚を縫い合わせる時間はなかったためアンバランス。


 小さな衝撃があればすぐにでも落ちてしまう。

 心優の震えだけでも、いつ首が落ちてしまうのかわからずひやひやしていた。


 ため息を吐き歩みを進め数十分後、心優は恐怖心とはまた別の何かにより足を止めてしまった。


「あ、あの、黒田さん。ここって…………」


「おっ、感じたか? 普通の人間にもわかるんだなぁ~」


 黒田はなぜ心優が歩けなくなったのか察し、周りを見回した。


 陽光の届かない薄暗い森の中。

 空気が冷たく、肌寒い。だが、それだけではない。


 二人の周りには瘴気まで漂い、心優の身体に圧を与えていた。


 足は震え、力が抜けてしまいその場に倒れ込みそうになるが、すぐに黒田が「おっと」っと、心優の腕を掴み支えた。


「あー、そうか。普通の人間だと立ってすらいられなくなるのか……。すっかり忘れてた」


 ――――な、何を言っているの?


 疑問に思いつつも、心優はそれどころではない。

 力は入らず、黒田の手が無ければ地面に倒れ込んでしまう。


「はぁ、はぁ……」


 息が荒くなっていく心優を見下ろし、優しく地面へ下ろし黒田は眉を顰めた。


「賢を相手にする時と同じ考えだったわ。そういやあいつ、憑き人だもんな、普通の人間である心優ちゃんと一緒に考えては駄目だったか」


 言いながら黒田は、ポケットの中に手を入れ何かを掴み取り出した。


「ほれ、もうそろそろ効力がなくなってきてはいるみたいだが、少しくらいは守ってくれるだろう」


 言いながら取り出したのは、半分以上黒く染まってしまった心優のお守り。


 「――――え、なんで黒田さんがこのお守りを持っているんですか?」


 ――――確か、これは巴ちゃんに取られてしまったはず……。


 目を丸くし差し出されているお守りを見ていると、黒田は無理やり心優の手にお守りを握らせた。


「さっき、氷柱女房しがまにょうぼうとの戦闘の時に、どさくさに紛れて奪っておいたんだ。もう効力はほとんどないが、ここに居る間だけなら守ってくれるだろう。話しを付けるまで頑張ってくれ」


 お守りを握りしめ目を丸くしている心優をよそ目に、黒田は立ちあがり何もない空間を見つめ始めた。


「――――来てくれて嬉しいぞ、呪異シュウイ


 誰かの名前を呼ぶと、何もないと思っていた空間に突如、黒い霧が現れ一つに集まり始める。


 人一人くらいの大きさに集まったかと思うと、次の瞬間、何かの合図かのように四方に弾けた。


「っ、な、誰?」


 中から姿を現したのは、膝まで長い滅紫めっし色の髪を後ろで一つに結っている男性。

 組み紐でまとめており、シャラシャラと後ろで揺れていた。


 黒い法衣を身に着け、左手には錫杖。

 目には、あるはずの眼球がなく、暗闇が広がっていた。


「ヒッ」


 心優は異様な見た目の男性が突如姿を現したため、小さな悲鳴を上げ黒田の腕に抱きついた。


「おっと、首落ちるから、抱き着くのならせめて一声かけてくれ」


「一声かける余裕があると思いますか!? 無理です無理無理! 誰か出てきましたよ!! お化け、お化けです!! 祟られる!!」


「…………やっぱり、連れてこない方が良かったかなぁ~」


 黒田は犬宮の反応に慣れてしまい、この程度のことでは人間全般はたじろがないものと思っていた。

 そのため、今の心優の反応は意外な物。


 めんどくさいと思いながらも心優のことを無視、黒田はない目を丸くしている呪異と呼んだ男性を見上げた。


「うるさくて悪いな」


『構わぬ。久しい感覚だ』


 低く、響きのある声。

 見た目は怖いが、声は優しくまったりとした口調。

 心優をじぃ~と見たかと思うと、ゆっくりと近づき始めた。


「え、え?」


 ――――な、なに? なんで私は見られているの?!


 まさか、勝手に怯えてしまった事に怒ってしまったのか。

 それとも、お化けと言ってしまった事に怒っているのか。

 

 恐怖と困惑で頭が動いていない心優に手を伸ばしたかと思うと、なぜか”ぽんっ”と、頭に手を乗せられた。


「――――ほえ??」


『…………やはり、人間のおなごは、かわいいのぉ~』


 なぜか口角を上げ心優の頭を撫でたかと思うと、おじいちゃんみたいな口調でそんなことを言い出した。


「――――へっ?」


 ――――な、何が起きたの???

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