第21話 狙いと変装
――――コツン コツン
地下牢に続く道には、二人分の影と足音が響く。
――――コツン コツン
二人が進んだ先には看守が一人、牢屋の前に立っていた。
「目は覚ましたかしら」
「いえいえ〜。今もぐっすり眠っておりますよー」
「……? そう」
黒髪を帽子の隙間から覗かせ、ヘラヘラしている看守に首を傾げつつ横を通り過ぎ、牢屋の前に立ったのは、巫女の姿をしている御子柴と巴。
御子柴は、牢屋の中で椅子に縛られ気を失っている心優を見る。
頭に白い包帯が巻かれている心優は、軽装で椅子に縛られ項垂れていた。
気を失っており、ピクリとも動かない。
「真矢さん」
御子柴が声をかけても、返事はない。
「御子柴さん。今のうちに…………」
「そうね。貴方の式神が真矢さんに手を出す事が出来ないのは、お守りを持っていたから。それだけかはわかりませんが、余計な物は排除しておきましょう」
「はい」
巴は看守から鍵を受け取り、牢屋の扉を開け中に入る。
心優に近付き、ポケットの中に入っているお守りを手に取った。
――――ピクッ
「っ、う、ごいた?」
巴は心優が目を覚ましたと思い顔を覗くが、瞳を閉じており目を覚ました様子はない。
不思議に思っていると、御子柴がしびれを切らし声をかけた。
「あったかしら」
「…………はい」
取り出したお守りは、半分くらい黒く染まっている。
何かが付着してしまった汚れではないのはなんとなくわかる。だが、詳しい理由はわからない。
眉を顰めつつ巴は再度心優を見て、その場から離れた。
牢屋の扉を閉じ、鍵を閉める。
警備員と少し話、御子柴は地下牢から離れようと歩き出す。
巴も歩き出そうと一歩前に足を出したが、すぐに止まった。
肩越しにちらっと後ろ見るが、心優に動きはない。
「…………ごめんなさい」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、何故か巴は謝罪。
眉を下げ、現実から目を逸らすように前を向き、御子柴の元へと駆けだした。
その様子を看守は赤い瞳で見つめ、上唇を舐め笑った。
「――――あいつ、使えそうだなぁ~」
・
・
・
・
・
――――行った、かな……。
少しだけ顔を上げ、心優は巴達が姿を消したのを確認。
心優が動き出したことで、看守も帽子の鍔を掴み振り返る。
「いやぁ~、しっかりと騙されてくれて良かったねぇ~、心優ちゃん」
にこっ、と笑い振り向いたのは、看守に変装していた黒田。
「黒田さんの演技力のおかげですよ。怪異という事が気配でばれるか心配でしたが、良かったです」
「人間の臭いが濃く付着しているからなぁ、俺。気配を消すのも慣れてっし」
心優は、御子柴達が来る前には目を覚ましていた。
目を覚ました時には既に拘束されており、半パニック状態。
その時には既に看守として潜入していた黒田が、パニック状態に陥っていた心優を落ち着かせた。
話をしようとした二人の耳に足音が聞こえ、咄嗟に心優は気を失っているふり、黒田は看守としての役をやりきった。
「それにしても、本当にびっくりしました。頭は痛いし、縛られているし。それで、困惑している時に黒田さんがそんな姿で現れるし。情報量がえぐすぎます」
「情報量がえぐすぎるからと言って、咄嗟に俺をぶん殴ろうとしないで欲しかったなぁ。椅子が倒れただけで済んで良かったけど」
目を覚まし、目の前にいた黒田を視界に入れた心優は、咄嗟に回し蹴りを繰り出そうとした。
だが、体は椅子に固定されていたため、椅子が倒れただけで済み、黒田は無傷。
「その代わり、私が顔面強打しましたけどね。鼻血が出なくて良かったです」
「ほんとだよねぇ〜。奇跡的に怪我もなくて良かったよ」
へらへら笑いながら心優の拘束を解く為、黒田は鍵束を手に中へと入る。
縄を簡単に解き、心優は立ち上がった。
「頭の傷は大丈夫か? 他に痛みはねぇか?」
「大丈夫です。丁寧に頭の方は軽く治療してくれているみたいですし、体の方は問題なしです。拘束される事には慣れているので」
「それは慣れていい物なんか……?」
心優の言葉に呆れつつ、黒田は縄を取り手を差し出す。
――――ん? え、なんで黒田さんは私に手を伸ばしているんだろう。掴めって事?
どうすればいいのかわからず黒田を見上げていると、じれったいと言うように眉を下げ、下げられている心優の右手を掴んだ。
「ほれ、ここからが本番だぞ。はぐれねぇーように、今はこのままな」
黒田の大きな手が、心優の手を包み込む。
怪異なのに温かく、黒田の優しさが流れ込んでくる。
心優は目を丸くしながらも黒田が歩き出したため、手を引かれ足を前に出す。
黒田の後ろ姿を見上げ、口元を綻ばせた。
「黒田さん、犬宮さんにも同じような事をしてください。絶対に落とせます」
「それはつまり、心優ちゃんは今、少しでも俺にときめいてくれっ――」
「ないです」
心優の即答に黒田は落ちこみ、涙目を浮かべる。
嘘泣きをしている黒田を横目に、心優はため息を吐いた。
――――巴ちゃんの話、本当なのかわからなくなってきた。
心優は、巴との話を思い出す。
黒田が巴の親を殺した。その犯人だという疑いが、心優の頭を占める。
だが、今の黒田は人を殺すようなことをするなんて、到底思えない。
でも、巴が話している時の表情は本気だった。
どっちを信じればいいのか迷っている時、心優の視界に見てはいけないものが入り込み思わず足を止める。
「っ、どうしたんだ、心優ちゃん」
「あの、黒田さん。あれって……」
地下牢の一番奥、光が届かない牢屋を指さし問いかけた。
見ると、奥には長テーブル。上には、様々な拷問器具や拘束具が置かれていた。
手錠や縄、首輪などなど。
見ているだけで背中に冷たい何かが伝い、心優は息を飲む。
「あぁ……。安心しろ。あれは、絶対に使わせねぇよ」
「っ、え、使わせない? あの、あれがどのような形で使われるのか、黒田さんはわかっているんですか?」
「まぁ、実際に使っているところを数回、昔に見た事があるからな」
心優の隣に立つ黒田の表情は物哀しいものを感じさせる。
過去を思い出し後悔しているような、懺悔しているような。
迷いのある黒田の赤い瞳を見上げ、心優は数回瞬きした。
――――なにか、重たいものを黒田さんも抱えているんだろうな。
もしかしたら、
聞いてもいいのだろうか。
なぜ、黒田さんが今、悲しげな表情を浮かべているのか。
聞いてもいいのだろうか。
ここで過去、何かがあったのか。
聞いてもいいのだろうか。
今、黒田さんはなぜ、今にも泣き出しそうな顔を浮かべているのか――……
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