第22話 変装と氷柱女房

 地下牢から出ようとする二人だが、今は足踏み状態。

 監視の目が多く、地下牢の階段を上がりきる事が出来ずにいた。


 今は黒田を先頭に、階段の影に身を潜めている。

 階段を上がり切った先には、看守が二人。余裕そうに談笑をしていた。


「あの二人以外に人はいねぇみてぇだな」


「わかるんですか?」


「気配を探ってみたが、あいつら以外の気配は感じなかった」


 そんな事もわかるのかと感心していると、黒田は振り向き顎に手を当て心優の顔を見た。


「え、なんですか?」


「いんや。地下牢に行くための出入り口は、神社の裏を奥へ進んだ先にあるここのみ。少し荒い事をしても、すぐにはばれないだろうなぁ~って、思ってさ」


「……………………つまり?」


 口角を上げ、企んでいるような表情を浮かべている黒田を見た心優の額に冷や汗が流れ出る。


 この後、心優は何を言われるのか大体予想が出来てしまい、口元を引きつらせ黒田を見上げた


「何をするのか言わなくてもわかったみたいだな。それじゃ、行こうか」


 今までにないほどの爽やか口調と笑顔を向けられ、心優は嫌でも頷くしか出来なかった。


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「でさぁ~、俺あの後マジでビビって~」


 無邪気に談笑を楽しんでいる看守二人。

 そんな二人に、背後から近づく二つの黒い影。


「――――っ」


 気づいた時には遅く――……



 ――――ガンッ!! パタン……。



 談笑を楽しんでいた看守二人は、呆気なく地面へと倒れ込み気を失った。


「いやぁ、こんな事、賢とは出来ないから助かったぞ」


「なんとなく腑に落ちないですが、まぁ…………」


 看守二人を一瞬で倒したのは、ニヤニヤと笑っている黒田と、頭を抱えている心優。


 黒田は今まで様々な事を経験している為、人の後ろに立ち気絶させるなど容易い。


 心優も独学で格闘術を学び、昔から危険な事に巻き込まれてきた経験も活かされ容易く看守を気絶させることが出来た。


「犬宮さんは守るというより、守られる側の男性ですもんね。ぜひ守ってあげてください、黒田さん。ライバル達から」


「心優ちゃんの台詞、性格を知らない奴らからしたら素晴らしい仲間想いの言葉ではあるんだよなぁ~」


 どーせ、BLに繋げているんだろうなと思い、黒田はこれ以上追及する事はしなかった。


「それより、早くここから逃げるぞ。すぐにばれないとはいえ、ここにずっといるのは危険だ」


「確かにそうですね。早く――あ、でも……」


 心優はポケットに手を添え、眉を下げる。


「ん? どうしたの、心優ちゃん」


「お守り……。取られたままなので、取り返したいなって……」


 巴に取られてしまったお守りを思い出し、心優は悲し気に目を伏せる。


 ――――現状はわかっている。お守りを取り返すのは難しい。

 でも、糞おやじとはいえ、私を思って買ってくれたお守り。出来れば取り返したい。


「あぁ、なるほど。でも、今は厳しいなぁ。それに、あのお守りを心優ちゃんが持っていると、俺の肌がチクチクするからちょっと不愉快なんだよねぇ~」


「え、チクチク?」


「うん――――あっ」


「えっ」


 黒田が腰に手を当て話していると、途中で何かに気づき心優を引き寄せ近くの木に隠れた。


 黒田に後ろから抱きしめられ、口を押えられてしまった心優。

 一瞬のうちに身を隠せる木の影まで移動され、後ろにいる黒田を見た。


『しぃ~』


 左手の人差し指を口元に当て、声を出さないように指示。

 何が起きたのか視線で訴えるも、黒田はクイッと顎を動かし牢屋へ続く道を指すだけ。


 警戒しているような瞳を浮かべている黒田を見て、嫌な予感が走り、背筋が凍る。

 だが、現状は理解しないといけない。


 心優も黒田の視線を追うように見ると、そこには巫女の姿をして固まっている巴の後ろ姿があった。


「――――え、なんで?」


 看守二人が気絶している姿を見て、巴は驚きの声を零す。

 どうすればいいのか迷い、困惑していた。


「巴ちゃん…………」


「カモがねぎしょってやってきた――ね」


 黒田の口角は上がり、視線は巴の手元に移される。

 小さな手に握られているのは、黒く染まっている心優のお守り。


 心優は目を開き、黒田にどうするのか目だけで問いかけた。


「――――捕まえようか」


「!?!?!?」


 心優が黒田の言葉を理解するより先に、彼は地面を蹴り巴へと駆けだした。

 止める時間すら与えず、助けを呼ぶこともさせず。


 黒田は、巴を殴り気絶させた。


「――――っ、気絶しても発動するのか!」


 咄嗟に黒田が倒れた巴から離れる。

 すると、彼女のポケットから一人の女性が姿を現した。


 白い着物を身に纏い、水色の長い髪を翻す。

 氷のように冷たい瞳は、悔し気に歪めている黒田を捉えた。


「……へぇ、てめぇがこの女の式神、氷柱女房しがまにょうぼうか」


『主の命のより、貴方達を凍らせます殺します


 黒田の質問を無視し、氷柱女房しがまにょうぼうは右手を前に出し冷気を放つ。

 すぐに黒田が「させるか!」と、同じく右手を前に出し赤い糸で氷柱女房を拘束した。


 瞬きした一瞬でそんな攻防が行われ、心優は目が追い付かず唖然。


 気づいた時には黒田の右手は凍り、氷柱女房しがまにょうぼうは赤い糸により左手を拘束されていた。


「さすが氷柱女房しがまにょうぼう。主が気を失っているというのに、ここまで動けるなんてな」


 凍り付いた右手を下ろし、口角を上げ笑う。

 だが、目は笑っておらず、逆にどこか焦っているような表情。

 

 黒田は悟らせないように平静を装い、赤い瞳を氷柱女房しがまにょうぼうに向け続けた。


『仕留めきれなかった……。次は失敗しません』


 一発で仕留める予定だった氷柱女房しがまにょうぼうは眉を顰め、口元を手で隠す。


 同時に、左手を拘束している赤い糸を凍らせ、簡単に壊した。


「おいおい……。俺の糸を簡単に壊しやがって。というか、糸を壊すという言い方を相手にさせるなんてすごいなぁ。普通は”引きちぎられた”とか”切られちまった”とかじゃないのか?」


 ――――いや、それは関係ないでしょ!!


 心優はやっと思考が追い付き、木の影から二人を見つつ心の中でツッコミを入れる。


 ――――今出て行っても、私では役立たず。

 さすがに怪異相手には私の武術は効かないだろう。


 木の影から顔だけを覗かせ、不安に思いながらも黒田の邪魔だけはしないようにと、気配を出来る限り消し見続けた。



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