第16話 巴と怪異

「首無しを殺してもらうためにって、どういうこと……なの?」


 ――――首無しって、怪異の首無しの事だよね?

 私の知っている首無しって、一人しか思い当たらないんだけど……。


 首無しと聞いた瞬間、心優の頭の中に浮かんだのは、ヘラヘラと笑っている黒田の顔。

 普段は犬宮に軽くあしらわれることが多い黒田だが、やる時はやる男。


 弁護士の仕事では、犬宮からの証拠だけで裁判に一度も負けた事はなく、怪異相手では、首無しの力をうまく使い相手を倒す。


 飄々としており掴みどころのない男性。

 これが、心優から黒田への印象だった。


 それに加え、犬宮の一番のBL相手とも思っている。


 そんな黒田が人を殺しているところなど想像すら出来ない心優は、思わず首無しについて問いかけてしまった。


「私の両親は、首無しという怪異に殺されたの。私がまだ、小学生の時に」


 胸に手を添え、過去の記憶を思い出し巴の表情は曇る。

 目線を落とし、胸元をきゅっと掴んだ。


「あの、巴ちゃん。なんで、首無しが両親を殺したと思っているの?」


「…………密室だったの」


「ん? 密室?」


「うん…………」


 巴は、過去を思い出しながら心優に話した。

 両親が死んでしまった状況を――……


 ※


 巴がまだ小学生の時に、両親は殺された。


 部屋は密室状態、首を切断され死んでいた。

 血は本棚の方に飛び散っており部屋は真っ赤、悲惨な状態だったとのこと。


 部屋は一般的な寝室として使われた場所。

 だが、それだけではなく、本を楽しむ場所としても使っており、中心に丸テーブルと座布団も置かれていた。


 壁側にはダブルベッド、近くには電気スタンドを置くための台。

 部屋全体に太陽光を注ぎ込むことが出来る大きな窓に、ベッドとは反対側にある壁には本棚。


 それ以外には特に目立つものはない、普通の部屋。

 そんな部屋の中心に横たわるように、巴の両親は倒れていた。


 胴体と頭はバラバラ。

 切断部分は、人間ではありえないくらい綺麗。


 証拠はなし、指紋や誰かが侵入した痕跡もない。

 ドアも窓も鍵がかかっており、外からは誰も入れない状態となっていた。


 犯人は突如、その場から姿を消したような状況に見つける事が出来ず、時効となってしまった。


 ※


 心優は始終相槌すら打たずに聞いていた。


「――――と、こんな感じ。警察が部屋の中をどんなに調べても武器になりそうなものは見つからず、本棚の奥とかも見てくれたみたいだけど、何もなし。だから、密室事件となって、時効。両親を殺した犯人は見つからないまま、今に至るの」


 ――――そんなことがあったなんて。


 話を聞いて、思考が停止。だが、それを悟らせてはいけない。


「そ、その話と、首無しという怪異は、どう関係するの?」


 動揺を感づかれないように、心優は冷静を装いつつ問いかけた。


「殺害方法が、首無しという怪異と同じなんですよ」


「え、同じ?」


「はい」


 言いながら巴は、自身のポケットからピンクのハート模様のカバーを付けたスマホを取り出し、画面を操作し始めた。


「…………これ、見てくださった方が早いかなと」


「あ、う、うん」


 スマホを受け取ると、画面には首無しについて書かれている記事が表示されていた。


「――――確かに、首無しは相手の首を自身の物にしたくて、首を刈り取るって書かれてる。特徴として、切断部分は綺麗なまま」


 読み続けていると、気になる部分があり顔を上げ問いかけた。


「でも、この記事には頭部が無いみたいだけど。巴ちゃんの両親の頭はしっかりと寝室にあったんだよね? これだけだと判断できないんじゃ…………」


「確かにそう。でも、首を持ち変えらなかったケースもあるみたい」


 隣まで移動して来た巴は、スマホを下にスクロールし、読んでほしい部分を拡大させた。


「――――あ、本当だ。でも、理由とかは書かれていないんだ」


「うん。探してみたんだけど、詳しい事は書かれていなかったし、色んな解説があって、もうわからないの。でも、絶対に私の両親は首無しにやられた。これだけは絶対なの! だから、私は巫女としてここで働き、報復するのよ!」


 鼻息荒く言い切った巴に心優は顔を引きつらせつつも、もう一度記事に目を落とす。


 ――――この記事、絵が描かれているんだけど、この絵……どことなく、黒田さんに似てる。

 服装は違うし、目元とかは前髪で見えないけど。なんとなく、雰囲気が似ている。


 黒田と心優の付き合いは短い。

 犬宮が仲良くしており、その延長線で共に行動していた。


 最古も黒田には懐いている為、怪異と聞いても特に驚きはしなかった。

 だが、共に居る時間は少なく、普段何をしているのかわからない。


 犬宮が信用しているから、最古が懐いているから。

 よくよく考えれば、それだけで黒田を心から信用していいのか、わからない。


 見えている世界がすべてではない。

 心優の額から冷や汗が流れ出る。


 ――――まさか、本当に黒田さんが首無しの力を使って、巴ちゃんの両親を殺したの? でも、何のために…………。


 心優の中に納得が出来ず疑問だけが広がり、顔を険しく歪める。


「? 心優ちゃん? どうしたの?」


「――――ううん、何でもないよ。話してくれてありがとう。早く用事を終わらせて、今日は休もうか」


「う、うん」


 ――――今は、考えても仕方がない。犬宮さんの事なら心から信じられる。なら、その犬宮さんが信じている黒田さんを信じないなんて、失礼すぎるもん。


 そのまま二人は他愛無い話をして、頼まれたもの買い寮へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る