第15話 過去と巴

「げ! き! む!!!!」


 夜、やっと巫女の仕事が落ち着き、用意されている部屋に一人、心優は畳に倒れ込んだ。


「あぁぁぁあ、まさか、巫女の仕事がここまで忙しいだなんて知らなかった…………」


 巫女の仕事は、ほとんど雑用。


 屋敷の清掃、陰陽師達の食管理。

 洗濯物やお買い物まで、巫女の仕事。


「こんなの、巫女の仕事だけで一日が終わるし、探るなんて絶対に不可能だよ……」


 畳に寝っ転がり重たい体を休ませていると、廊下の方から名前が呼ばれ体を起こす。


『心優ちゃん、起きているかな……。巴です』


「あ、巴ちゃん? 起きてるよ」


 心優が返事をすると、襖が静かに開かれる。

 そこには薄紅色の髪をおさげにし、小さく体を震わせている女性が立っていた。


「少し手伝ってほしい事があるんだけど、いいかな」


「手伝ってほしい事?」


「うん」


 巴のフルネームは、葉菜巴はなともえ

 きつい印象の巫女に案内された先で出会い、一番仲良くしてくれ友人となった。


「休んでいるところごめんね。買い出しをお願いされちゃって」


「えへへ」と笑いながら巴は、心優に一枚のルーズリーフを渡す。

 受け取り覗き込むと、思わず破り捨ててしまいそうになるほど多くの買い物メモが書かれていた。


「これ、二人でも厳しくない?」


「う、うん。でも、行かないと…………」


 巴は申し訳ないというように眉を八の字にし、目線を下げる。


「そうだけど…………」


 ――――私は今日来たばかりの新人という立場だから、私より先に入っている巴ちゃんに逆らう訳にもいかない……か。


「はぁ…………ん?」


 頭をわしゃわしゃと掻いていると、廊下の奥からくすくすと笑い声が聞こえ振り向いた。


 そこには、巫女の姿をして心優達を見ている女性二人。

 嫌らしい笑顔を浮かべ、心優達をあざ笑っていた。


 ――――ふーん、そういう事ね。新人いびりかな、私の方は。

 巴ちゃんの方は、単純に性格が扱いやすいんだろう。

 おどおどしているし、控えめだし。


 いじめのターゲットにされても仕方がないと、心優は諦めた。


「だ、駄目かな、心優ちゃん」


「……………………わかった、行く」


「ありがとう!!」


 ――――私これ、拳を握らないでやっていけるかなぁ。


 深いため息を吐きつつ、少しの間の我慢と自身に言い聞かせ、心優は買い物の準備を始めた。


 ・

 ・

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 ・

 ・


 今はもう夜の十時過ぎ。

 いつもならBL本を楽しんでいる時間帯なのだが心優は今、雑用のために巴と共に暗い住宅街を歩いていた。


 街灯はあるがそこまで明るくなく、いつもは先を見通す事が出来るはずの道が暗闇で閉ざされている。


 後ろも前も暗く、闇から何かが襲ってきてもおかしくない。

 そのような想像をしてしまい心優の身体は微かに震え、近くにいる巴に縋りつく。


「…………心優ちゃんって、暗い所苦手なの?」


「…………うん」


 自分より身長の小さい巴の肩を後ろから掴み、視界を覆い隠す。

 足元しか見ておらず、転ばないようにするので精一杯だった。


 ――――暗い道って、何回歩いても慣れないよ。

 だって、いつ何時、何が現れても不思議じゃないじゃん。

 何がとは言わないけど、不思議じゃないじゃん。


「――――ふふっ」


 怯えている心優を肩越しに見て、巴はくすくすと笑う。


 心優はかっこ悪い姿を見せている自覚がある為、馬鹿にされたと思い頬を膨らませふてくされた。


「かっこ悪くてごめんなさいね。私、独学で格闘術を学んだけど、暗い道とか幽霊とかは本当に駄目なの」


「あ、えっと、ごめんなさい。そういう事ではなくて…………」


 巴は心優がふてくされてしまった事に慌て、足を止めた。


 心優も後ろから肩を掴み歩いていたため、彼女が止まってしまった事により自然と足を止める。


「ん? どうしたの?」


「あの、心優ちゃんってさ」


「う、うん?」


 な、何を言われるんだろう、普通に怖い、


 何を言われてもいいように構えていると、予想外の言葉が帰ってきて心優は困惑してしまった。


「心優ちゃんは、初めて見た時からすごくかっこいいなぁって思っててさ」


「…………ん? え、かっこいい? 私が?」


「うん!!」


 体を振り向かせ、巴が満面な笑みを浮かべながら大きく頷いた。


 一切迷いなく頷かれてしまい、心優はなんと返せばいいのかわからず首を傾げる。


「心優ちゃん、今日が初めてなのにすぐ色んな事が出来るようになってさ。境内の掃除や洗濯、食事の準備や陰陽師達のお手伝い。それをそつなくこなしている心優ちゃんは、本当にかっこよくて、凄いなって思ったんだ」


 指を立てながら一つ一つ思い出し、巴は心優を褒めまくる。


 ――――え、え?


 困惑している心優の頭の中には、今日の出来事が思い出される。


 掃除や洗濯は頭を使わない、食事の準備は自炊して過ごしていたから慣れているだけ。


 陰陽師のお手伝いとかがかっこいいと言われたが、実際にやっていたのは修行のために使う的の準備や、水分補給用の水を渡す程度。


 こんなの、誰がやってもすぐに出来る事だし、真矢家でやらされていた事より何倍も覚えやすい。


 ただ、人数が真矢家の数倍いるから、一つ一つに体力が奪われ疲れる程度。


「私は、今やっと一人で掃除や洗濯を任せられるようになったの。もう、二年もここで働いているのに…………」


「そう言えば、巴ちゃんは二年前に自らここに来て、働かせてくださいって祈願したんだっけ」


 洗濯物をしている時、巴と心優は仲良くなり色んな話をしていた。

 その時に、巴がなぜこの陰陽寮に入ったのかを聞いていた。


「そうだよ。私、ここで働きたかったの。私の両親を殺した怪異、――……」


 ――――――――え、首無し……?


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