第14話 ヤクザと過去

 心優を送り出した後、犬宮は最古を落ち着かせるため、探偵事務所で待機していた。


 今は疲れたらしく、犬宮の腕の中で涙の痕を残し眠っている。

 だが、少しでも動こうとすれば体をよじり服を掴まれてしまう為、迂闊に動けない。


 「ふぅ」と息を吐き、ソファーの背もたれに体重を預け、犬宮は天井を見た。


 木目を数えていると過去の記憶が蘇り、視界が牢屋の中のように変化する。


 ――――キーーーーーン


 耳鳴り、頭痛。

 頭を振り、頭を支え息を吐いた。


「はぁ…………」


 ――――そういや、黒田と出会ったのは、俺がまだ七か八くらいの時だったな。

 狗神が俺の身体を操り、人を襲っていた時に助けてくれたんだっけ。


 過去、狗神に精神が乗っ取られていた時、犬宮は陰陽寮の牢屋に放り込まれ、両手両足が鎖で繋がれた生活を送っていた。


 そんな苦しい生活を送っていた時、何故か黒田は暇さえあれば遊びに来て、話し相手になってくれていた。


 ――――いや、話し相手になっていたのは、むしろ俺だったか。ずっと、黒田が俺に向かって愚痴だのなんだの話してたっけ。なつかしーなー。


「…………なんで、黒田は憑き人である俺を、自分の立場が追われる覚悟で逃がしてくれたんだろう」


 ――――最古の件もそうだ。

 俺の元に逃がすため陰陽師に変装し、保護させた。


 ――――元々陰陽師として動いていたとはいえ、俺の件で追放されている立場。

 その後にまた変装して陰陽師に紛れ込むって、さすがに考えつかないと思うんだけど……。


 昔からの仲ではあるが、犬宮は黒田の考えまでは分かっていなかった。

 だからこそ謎。一度聞いたことはあるが、はぐらかされてからは、犬宮も聞きはしなかった。


 ――――ほんと、あいつの考えることがわからない。


 誰にも追われることはないし、だと考え、犬宮は顔を俯かせる。


 ――――本当にあいつの考える事は、わからない――……


 ※


「ふっふふーん。ふーふふー」


 鼻歌交じりで薄暗い森の中を歩いているのは、白い包帯を後ろになびかせ、黒に赤いメッシュの髪を揺らしている男性、黒田朔。


 今は夜中、辺りは暗く道が見えない。

 風によりカサカサと葉が重なり合う音が響き、鴉の鳴き声やはばたく音も自然に紛れ聞こえてくる。


 森に住む動物達は目を光らせ、黒田という異物を監視するように周りから見続けていた。


 不気味な空間を一人歩く黒田は、余裕な表情を崩さない。

 徐々に奥へと向かい、目的の場所へ歩く。


 木々をかき分け進むと、徐々に足が重くなってくる。

 黒田は余裕な笑みまで浮かべているが、普通なら座り込み動けなくなるほどの瘴気が漂っている空間。黒田でなければ、その場から動けなくなっていただろう。


 だが、さすがの黒田も、奥に行けば行くほど濃くなる瘴気に当てられ始め足を止めた。


「おー……。もうそろそろ、油断できないか」


 周りを見回すと瘴気だけではなく、先ほどまで感じなかった気配を感じ始める。

 視界に映っていなかったナニカが、立ち止まる黒田を囲い始めた。


『ニンゲンノニオイ、ニンゲンノニオイ、ガ、スル』


『チガウ、コイツ、ニンゲン、チガウ』


 回りには死神のような見た目をしている骸骨と、半透明の火の玉。

 現代では”幽霊”と呼ばれているソレは、黒田を見て楽し気に笑う。


「ふーん。なぁ、お前らに聞きたい事があるんだが、いいか?」


『ニンゲンガ、ニンゲン、ガ、ハナス。ナニ、ナニ?』


「人間ではねぇよ。俺。人間と共存はしているけどな」


 ニヤニヤと笑いながら否定し、腰に手を当て周りにいる幽霊達を見る。


「なぁ、俺、自分の弟的な存在の憑き人を助けたいと思っているんだが、ちょっと協力してもらえないか?」


『キョウリョク、ナニ、ナニ?』


 黒田からの協力願いに、周りを飛び回るソレは、ケラケラと笑い内容を聞く。


「簡単だ。ちょっと、人間をビビらせてほしい。俺達、人外を敵に回すとどうなるか。怪異を利用しようとするとどうなるか。人間に――いや、陰陽師どもに知ら占めてやろうぜ」


 赤く光っている黒田の瞳が、楽し気に歪む。

 右手を上に伸ばし、空中を飛び回る彼らを誘った。


『シラシメル、シラシメル。タノシイ? タノシイ?』


「あぁ、楽しい事になるぞ。本当に、楽しい事が――――な」


 八重歯を見せ笑う黒田の表情は酷く歪み、体からは妖気が現れ始めた。

 黒いオーラのようなものが辺りに漂い始め、草木を枯らす。


 この世に存在している動物や植物は皆、黒田から放たれる妖気に充てられ、その場に落ちたり倒れてしまった。


『タノシイ、タノシイナラ、ヤルヨ、ヤルヨォォオ』


「うん。ありがとな、嬉しいよ」


 目を細め、手に集まる幽霊を見上げ、クククッと笑う。


「俺の大事なもんにまた手を出そうとしている。せっかく前は、本人を逃がすだけで終わらせたというのに、哀れな人間どもが……」


 笑みを消し、歯を食いしばり拳を握る。


「殺してやるよ、次はな――……」


 赤い瞳を細め、過去を思い出しながら周りを飛び回る幽霊達に指示を出し始めた。

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