第13話 陰陽師とヤクザ

 心優は今、犬宮にお願いされたことを実行するため、下準備を実家で行っていた。


「おおぉぉぉおお!! さすが我が娘!! 巫女の姿も似合うなぁぁぁああ!!」


「お嬢、よくお似合いですよ」


 心優の実家は、大きな和風建築の一軒家。

 緑が建物を隠すように広がり、風が吹く度カサカサと音を鳴らす。


 そんな、温かい空間に見える建物の中から、しわがれた歓声が聞こえた。


 屋敷の一部屋には、白髪の老人が目を輝かせ、巫女の姿をしている愛娘、心優に興奮している姿がある。

 隣には、黒いスーツを身に纏っている男性二人。


 白髪の老人は心優の実の父、真矢信三まやしんぞう

 隣に座っている男性二人の内一人は、たつ。もう一人はりゅうと呼ばれている、信三の側近。


「黙れ、くそじじぃ」


「ぐっ、怒っている心優ちゃんも美しい」


 ────最悪、本当に、最悪!!


 今の心優の服装は、いつもの黒いスーツではなく巫女装束。

 髪はいつものように後ろで一つにまとめているが、ゴムではなく赤色主体の組紐。


 普段着慣れない服な為、心優は羞恥心で顔が真っ赤に染まり、信三への怒りで体をプルプルと震わせていた。


「それにしても、お嬢が一人で実家に帰ってきてくださると思っていませんでいたよ」


「龍……」


 ニコニコと笑みを浮かべ、心優の服を畳んでいる龍に近づき、信三に聞こえないような声で怒りをぶつけた。


「ねぇ、おやじがいない日に来たかったんだけど? 龍にはそう伝えてたよね? 何で、あの糞おやじがいるの」


 キッと睨みつけるが、龍には効かない。

 笑みを消さず、怒っている心優を横目で見た。


「一応、かしらが出かける時間をお伝えしたのですが、直感が働いてしまったらしいですよ」


「…………ちなみに、竜には伝えたの?」


 心優の言葉で、落ち込んでしまった信三を慰めている竜を見ながら聞いてみた。


「――――ふふっ」


「絶対にそれじゃん!! 龍!! わざとでしょ!!」


「いえいえ、そんなことありませんよ。お嬢を裏切るわけないじゃないですか」


 ────実際裏切っているじゃん! 


 龍は口が堅く、態度にも出ないため隠し事は必ず守れる。だが、竜は口が堅い分、態度がわかりやすい。

 目線はものすごく泳ぎ、挙動不審になる。


 それを知っていた心優は、あえて龍に電話をして帰ることを伝えていた。


 ――――はぁぁぁ……。竜には絶対、隠し事は無理なの知ってるはずなのに……。


 文句ばかり思っている心優だったが、すぐに言った通りのものを準備してくれたことには感謝していた。


 ――――まぁ、犬宮さん達を狙っている陰陽寮にこれで潜入出来るし、我慢するか。


 ふざけたような態度をしている信三だが、ここ一帯を牛耳るほどの実力はある真矢家を仕切っている頭だ。

 裏社会の動きも監視しつつ、持っている情報量も図り切れない。


 そんな真矢家だが、心優が所属しているという理由もあり、犬宮探偵事務所を幾度となく助けてきた。


 犬宮自身も、今は深い関係であると考えており、色々お願いするようになっていた。

 今回も、心優が犬宮からお願いされたことを龍に話し、巫女の服を準備してもらったのだ。


 心優が犬宮にお願いされた事とは、陰陽寮に潜入して情報を聞き出す事。


 何をしようと考えているのか。

 何を考えているのか。


 わからない事が多いため、今は情報収集しか出来ないと犬宮は悔し気に嘆いていた。


 ────犬宮さんは最古君が落ち着くまで何も出来ないと言っていたし、黒田さんは行くところがあるといなくなってしまったし。


 今動けるのは自分だけと、気合を入れ直した。


「それじゃ、私は行くから!!」


「待て、心優」


 心優が貴重品だけを持ち部屋から駆け出そうとすると、後ろから信三が止める。

 目を見張り振り返ると、ある物を渡された。


「これを持って行け」


「なにこれ」


「お守りだ。何かあれば、これが守ってくれるだろう」


 渡されたのは、可愛い丸い文字で”お守り”と書いているキーホルダー。


 ────これ、本当に、お守り? 雑貨店に置いてあるようなキーホルダーじゃないの?


「それは絶対に手放すんじゃないぞ、絶対だ」


「っ、わ、わかったよ。それじゃ、行ってきます」


 信三の放つ眼光にたじろぎ、逃げるように心優は実家を後にした。

 お守りはしっかりと、巫女装束のポケットに入れて。


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 心優は実家を出て、真っすぐ犬宮に指定された陰陽寮に向かった。


 目の前には、心優の実家より大きな神社。

 設備はしっかりされており、綺麗。


 鳥居を潜ると、石畳の奥に一人の巫女。

 箒を手に持ち、掃除をしていた。


「あの人に声をかければいいのかな」


 心優が巫女として紅城神社に入る事は、信三が使えるものを使い伝え済み。

 これも、犬宮からの指示。


 掃除をしている巫女に声をかけると、すぐに他の人を呼ぶと中に入る。

 次に現れた時には、きつめの印象を与える一人の女性が巫女の姿で現れた。


「待っていました」


「今日からよろしくお願いします」


 たじろぎつつも、心優は一礼。

 軽く挨拶をし、本堂の中へと案内された。


 ――――ここからが勝負、頑張れ、私。

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