犬宮賢と陰陽師
第12話 黒田と陰陽師
「はぁ、酷い目にあった。まったく……」
胴体と離れてしまった首を元に戻し、持参していた縫い糸で縫い合わせながらため息を吐く青年、
「心優ちゃん、女性が回し蹴りを咄嗟に繰り出すのは駄目、下品だ」
「す、すいません…………」
ソファーに座り、心優は首を縫い合わせている黒田に叱られ、項垂れる。
「うぅ……」
黒田と心優は、犬宮程の長い付き合いでは無い。一、二度、共に事件を解決した程度。
だが、犬宮がよく名前を出し話していたため、どんな人か何となく知っている。
────まさか、背後に立っていたのが弁護士である黒田さんだったなんて、誰が思うのよ……。
反省しつつ、心優はちらっとソファーに座る黒田を見る。
首と胴体は普段から離れており、糸で縫い合わせないと、直ぐに頭が落ちてしまうらしい。
包帯は、人間世界で暮らす際、変に目立つことにならないよう巻いている。
――――黒田さんは、犬宮さんの親戚みたいな存在と言っていたなぁ。
やっと縫い終わった黒田は、心優に赤い瞳を向けた。
「最初の頃の方が大人しかったんじゃないか? 心優ちゃん」
「そっ! そんなことありませんもん!!」
頬を膨らませ、心優は抗議する。
黒田と心優が初めて出会った時、犬宮は最初彼女が取り乱すと思って警戒していたのだが、そんな心配は無用だった。
犬宮が憑き人であることもあり、心優は黒田が怪異であると言ってもそこまで驚くことはなかった。
だが、性格にはさすがに驚くところがあった。
黒田の職業は弁護士。
予め聞いていた心優は、真面目な人なのかなと勝手に思っていたのだが、まさかの真逆。
普段から適当で不真面目。口調は荒々しく、怖い印象。
だが、実際は優しく、犬宮を心から大事にしているのが共に行動していると分かってくる。
そのギャップに心優は驚きつつも、ほっこり。
犬宮と黒田の会話を見て、今まで癒されていた。
「ところで黒田、何しに来たの? 弁護士としての仕事は終わった?」
包帯を巻きつけている黒田に、犬宮が声をかけた。
「終わった終った。お前が証拠を沢山提出してくれたから、スムーズに裁判する事が出来たわ」
「それは良かったけど。なら、なんで来たの?」
「暇になったから――――と、言ったら平和で終わったんだが、そうもいかない事態が発生しているから報告に来たんだ」
口調が真面目に切り替わったため、犬宮も眉を顰め、態勢を正す。
心優も、緊張感を感じ取り、黒田を見た。
「単刀直入に言う。賢、陰陽師が動き出している。今の俺では、陰陽師は天敵、出来る限り動くが、期待はするな」
――――陰陽師? なぜ、陰陽師?
この場でわかっていないのは、心優のみ。
いつもは、話を聞いているのか聞いていないのかわからない最古が、今回だけは顔を上げ、笑みを浮かべたまま体を震わせ始めた。
「あっ、やば」
「翔の前で話す内容ではなかったね」
言いながら犬宮は、最古を膝に乗せ抱きしめる。
震える背中を撫で、落ち着かせた。
「話は分かった。俺の居場所はもうばれているの?」
「そう考えた方がいいだろう」
「そうか。心優」
いきなり名前を呼ばれ、心優は肩を震わせ顔を向ける。
「な、なんですか?」
――――胸騒ぎがする。
次に放たれる言葉が、心優にとって嫌なものになる。
そう感じ、緊張の糸が伸びる。
「陰陽師が動き出したとなると、俺と共に居るのは危険。最古も危ない」
――――え、危ない? どういう事?
犬宮の表情を見るに、嘘を言っているようには見えない。
だからこそ、心優は犬宮の言っている意味を理解出来なかった。
「心優、君は今回、俺達と離れた方がいいかもしれないよ」
「っ、なんで!?」
犬宮からの言葉に思わず大きな声が出る。
「今回の件は、ただの人間である心優には危険って事。だから、安全な場所に避難してほしい。翔も一緒に連れて行ってほしい気持ちはあるけど……」
犬宮の腕の中で震えている最古を確認すると、周りの会話はしっかりと聞こえていたらしく、服を掴む力が強まる。
ほんの少しでも、犬宮と離れたくないらしい。
「これだし、個人的にも不安があるから仕方がない。だから、心優だけでも違う所に避難していて」
心優はすぐに返答できない。
答えは決まっている。だが、決まっている答えを伝えようと犬宮を見るが、彼の黒い瞳が心優の口を閉ざさせる。
犬宮は、心優の言葉をもうわかっていた。だからこそ、言わせないように視線だけで牽制していた。
「……………………ごめんなさい、犬宮さん」
「…………」
――――私は、役立たずだ。
犬宮がここまで言うという事は、それだけ危険という事。
ただの人間である心優が役に立つわけがない。
そう考え、拳を握る。
息を吸い、今度こそ決まっていた答えを伝えた。
「私、一人だけ逃げるなんてこと、絶対にしません!!」
「……………………だとは思ってた」
げんなりと肩を落とし、犬宮は頭を抱えた。
そんな犬宮をケラケラと笑い、心優は宣言する。
「残念でしたね!! 私が犬宮さんから離れる事なんて絶対にありませんよ! 私には、まだ犬宮さんと居なければならない理由があるのです!」
「え、その理由って何?」
頭を上げ、犬宮は心優を見る。
黒田も気になるため、視線を向けた。
「ふふふっ、聞いてください犬宮さん。私は、犬宮さんと黒田さんをくっつけないといけないのです! 私の一推しカップルは、犬×黒です!!」
「どうでもいい事だった」
「なっ!? ど、どうでもいいと言いましたか犬宮さん!! 私にとっては全然どうでもいい事ではないんですよ!! 私が生き抜くためには必要な要素なんですよ!?」
ギャーギャー喚いている心優を無視し、犬宮は目を合わせた。
「言っておくけど、ここからは自己責任だよ? 黒田も俺も、余裕なんてないからね」
犬宮の言葉に、黒田も頷く。
「はい、大丈夫です。私に出来る事があるのなら何でも言ってください! 出来る事なら何でもやりますので!!」
鼻を鳴らし、気合十分。
そんな心優の様子を見て、犬宮はにやぁと笑った。
その笑顔で、先ほどまでやる気マックスだった心優の背筋に冷たいものが走る。
「それじゃ、お願いしようかなぁ~」
「………………………………お手柔らかにお願いします」
「さぁね」
気合を入れた事を今、心優はものすごく後悔する事となってしまった。
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