第11話 心優と憑き人
目を細め、狙いを定めた心優の瞳は氷のように冷たい。
見られてしまっただけで凍えてしまいそうな瞳。
氷が体に張るような感覚が走り、女性は動けなくなる。
――――私の蹴り一本で気絶するなんて、弱い男。
次に女性を見て、コツ……コツ……と音を鳴らし、前に立ち塞がった。
黒髪がさらりと落ち、目を細め見下ろす。
「い、いやだ。いやだぁぁぁぁああ!!」
女性が涙を流し、這うように心優と距離を取る。
「あらら」とマイペースな声を零し、心優は目線だけで女性を追いかけた。
「情けないですね、わかりましたよ。私が怖いんですよね?」
心優は振り向き、最古を見る。
いつの間にか折り畳みナイフを手にしており、左手の袖を捲っていた。
ニコニコと笑い、女性達を嘲笑う。
ゆっくりと自身の腕にナイフを当て、勢いよく引いた。
――――シュッ
「これで、貴方は終わりかもしれないわね」
怖がる女性を冷笑し、心優は言い放つ。
「な、何が……」
最古の腕から流れ出る血が地面にポタッと落ちた時、地面に倒れ伏していた影が、ゆっくりと動き出した。
「――――お前から放たれる邪悪な金の匂い。俺が全てもらってやるよ」
言うと同時に立ちあがり、闇に浮かぶ黒い瞳を女性へと向けた。
口元には歪な笑み。
赤い唇の隙間からは八重歯が見え隠れし、爪は鋭く尖っていた。
頭には犬の耳、
その姿は、まるで人間に犬が憑依したよう。
「さぁ、終焉の時だ」
撃たれたはずの犬宮は、最古の隣を通り過ぎる際に、手を伸ばす。
最古の腕から流れ出ている血は、彼の右手に集まり出した。
吸収され、肌の色が赤黒く変色。
そんな右手を、女性の頭にかざした。
「あ、貴方達は一体何のよ!!!!」
「俺達は、ただの一般探偵だ。ただ、少しばかり、仲間が大好きすぎるだけの――な」
まら、何か言いたげにしている女性だが、目元を覆われてしまい喉が絞まる。
そのまま、気絶させられてしまった。
「さて、依頼は完遂。報酬をもらいに行くぞ」
白衣を翻し、犬宮一行は歩き出した。
その場に残ったのは気絶している男女と、その場から動けなくなってしまった子供二人のみ。
遠くからはサイレンの音が聞こえ始め、慌てているような人の声が薄暗い路地裏を埋め尽くす。
もう安心と心優は一度足を止め、薄暗かったはずの路地裏を振り返った。
――――今回も、犬宮さんに危険な事をさせてしまったなぁ。
後悔を胸に秘め、しっかりとした足取りで歩く犬宮へと駆けだした。
※
青空が広がり、いつもと変わらない日常。
車の音や人の声が賑わうビル街に、女性のピンク声が響いていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁああああ、素敵すぎる。やはり犬宮さん、貴方は素敵な逸材ですよ!! 私のモデルになってくだっ――――」
「断る」
心優が、犬宮に似た男性が犬の耳を付けられ、赤面している表紙の本を片手に項垂れた。
ソファーには相変わらずにこにこ笑顔の最古、手にはあやとり用の糸。
隣を見て、何もいない空間に笑いかけながらあやとりをしていた。
「…………また、最古君が一人で遊んでますよー」
「よっぽど楽しかったんだろうな、拓真とのあやとり」
「あぁ、やっぱりですか。今もまだ、最古君の目には映っているんですかね、拓真君が」
「そうなんじゃないかな」
大事そうに本を胸に抱きながら、心優はソファーに座っている最古を見る。
窓側には、事務机の椅子に座る犬宮の姿。手には通帳が握られていた。
「今回はどのくらい稼げたのですか?」
「軽く百は行ってる」
「あぁ……。貴方って、本当に悪魔のような人ですね」
「あちらさんがあげると言ったのだからもらっているだけ、今回の働きに見合った報酬をもらう事が出来て良かったよ」
――――どこか見合った報酬よ! ほとんど調査していないくせに!
今回は、ターゲットが馬鹿だったため、犬宮はすぐに情報をゲットし、期間をかけることなく犯人を見つけ、警察に渡す事が出来た。
「はぁ、そうだとしても、強制的に高木家に行くはずの慰謝料を貰っているのはいかがなものかと」
今回の報酬は、浮気した拓真達の母親から支払われている慰謝料。
男性からの分は、全額拓真達の父親が受けとっていた。
裏路地での出来事が終わり、犬宮が集めた証拠全てをいつもお世話になっている弁護士に提出、ぶんどれるだけ慰謝料をぶんどる事に成功。
今回協力してくれた弁護士は犬宮が準備したものだったため、高木家の父親と交渉し、女性からの慰謝料分をもらう事が出来ていた。
今、浮気をしていた二人は街から姿を消し、蟹漁船に乗っているなどという噂が流れている。
あくまで噂、真実はわからない。
「そういえば犬宮さん、撃たれた傷は大丈夫ですか?」
「もう治った」
「さすがです…………。やはり、憑かれ人は普通の人とは体の作り自体が異なってしまうのでしょうか」
「そうなんじゃない? 知らないけど」
「知らなくてもいい事なのでしょうか…………」
心優の質問を軽く流し、犬宮は通帳を閉じ鍵付きの引き出しに入れる。
立ち上がったかと思うと、ソファーに移動。
「俺は寝る、起こすなよ」
言いながら空いているソファーで横になり、目を閉じた。
「わかりました、起きるのはいつ頃ですか」
「三日は寝る」
「わかりました。では、ドアにひっかけておきますね」
心優は立ち上がり、事務机の横にひっかけてある”休業”と書かれている一つの木の板を持った。
――――今回は思っていた以上に早く終わったなぁ。
相手が一度、探偵を欺いたからって調子に乗った結果かな。犬宮さんの荒業もあるとは思うけど。
ふふっと笑いながら廊下に出て、お休みの板を引っかけようとした時、何者かに背後を取られてしまった。
気配に気づいた心優は、咄嗟に回し蹴りを繰り出す。
――――――――ドンッ!!
良い当たり。
そう思うのと同時に、「グギャ!!」という情けない声が聞こえた。
「――――――――え?」
「ん? どうした、心優――あっ」
下で伸びている男性を見て心優は唖然、犬宮も様子がおかしい事に気づき廊下に出た。
「や、やばっ!」
「いや、大丈夫でしょ、こいつなら。それより、こんな所で何をしているの、黒田」
黒田と呼ばれた男性は、首に巻かれている包帯が緩み、胴体と頭が別々の場所に転がり廊下で伸びていた。
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