第10話 親子と心優

 犬宮が伸ばされた手を簡単にひらりと交わした。

 振り向き、憎悪が滲み出ている女性を軽蔑するような瞳で見下ろす。

 

「君の攻撃を受け流すのは容易い、諦めた方が身のためだよ」


 めんどくさいと言うように肩を落とし、腰に手を当て言い放つ。

 心優は拓哉を守るように前に立ち続け、下ろした拳を握った。


 最古も笑顔のまま背中に両手を持っていき、犬宮の隣に立つ。


「本当に、うざったい人達ね。でも、これを見ても同じ事を言えるのかしら」


 言うと同時に、女性は鞄に手を入れ何かを取り出した。


「っ、それは――……」


 心優が出された物を見ると眉を顰め、姿勢を低くする。


「これは護身用。私みたいな綺麗で、美しい女性は狙われやすいから」


 口元に持っていき、女性は大事そうに刃部分を一舐める。

 キラリと光る”それ”を、犬宮達に見せつけた。


 女性が鞄から取り出したのは、折り畳み可能のナイフ。

 使った事がないらしく、綺麗なまま。


「フーン、どうでもいいけど。ひとまず、ここからは俺の仕事じゃない。あとは警察や弁護士にお願いでもするよ」


 肩をすくめ、今度こそ帰ろうとした犬宮だったが、女性がそれを許す訳がない。


「待ちなさい!!」


 両手でナイフを握り、犬宮に刺そうと走り出した。


「犬宮さん!!!」


 心優が叫ぶと、犬宮は振り返り体を横にそらす。

 勢いを殺す事が出来ない女性の足を引っかけ、転ばせた。


 カランとナイフが地面に落ち、すかさず犬宮がナイフを手の届かない所まで蹴り飛ばす。


「言ったじゃん。君の攻撃を受け流すのは容易いって」


 腰を折り、犬宮は倒れ込んだ女性に顔を近づけ、挑発するように言う。

 反発しようと青筋を立て彼を見上げるが、女性の顔は一瞬にして青ざめた。


 理由は単純、犬宮の表情が"無"そのものだったから。


 拓哉を守るように立って構える心優も、犬宮の表情に女性と同じく顔を青くしてしまう。


「あの表情……。犬宮さん、本気で怒ってる……?」


 微かに怯えている心優に気づかない犬宮は、カタカタと震えている女性へ畳み掛けるように言葉をぶつけた。


「俺は、お前などどうでもいい。どうなろうと知った事じゃない。だから、俺はお前を訴える。じゃないと、報酬がもらえないからな」


 女性の顎をつま先で上げさせ、無理やり目を合わさせる。

 口角を上げ、目の前で怯えている女性を愉快そうに見下ろした。


「貴方、私にこんな事して、良いと思ってるの!?」


「悪いとは思っていないからいいんじゃないかな? まぁ、駄目な事でも俺はやっ――――」


 犬宮がさらに女性を追い込めようした時だった。



 ――――パン!!



 闇の中から、発砲音が響き渡る。

 刹那、血飛沫が女性に降り注いだ。


 目に映る鮮血、倒れる犬宮。

 心優は目を見開き、スローモーションのような世界を見続ける。


「い、ぬみやさん…………?」


 やっと口から出た声はか細く、誰の耳にも届かない。

 犬宮は抗う事が出来ず、赤く染る地面の上にバタンと倒れてしまった。


 空気が凍る中、気だるげな男性の声が、足音と共に近づいて来た。


「お前、大丈夫かぁ?」


「…………ちょっと、遅いわよ。あともう少しで私、危ないところだったじゃない」


「悪い悪い。道路が混んでいたんだよ」


 道の奥、暗闇からチャラそうな男性が一人、姿を現した。


 金髪を刈り上げにし、柄物のシャツに上着。

 ピアスを沢山付け、ネックレスやブレスレットなど。ガチャガチャと色んな物を付け笑いながら現れた。


 右手には、犬宮を撃ったであろう小型の拳銃。

 銃口からは硝煙が昇っていた。


「ふ、ふふっ。残念だったわね。彼が来る前にここから去る事が出来れば、こんな事にならずに済んだのに」


 立ち上がり、乱れた服を整えながら勝ち誇ったように倒れた犬宮を蹴る。


「か、母さん…………なんで、そこまで……」


 拓哉の視界を隠すように、心優は体をずらす。


「あら、もしかしてお友達がこんな事になってショックを受けているのかしら。でも、貴方のお友達が悪いのよ? 私にあんな事をするから」


 女性は余裕な笑みを浮かべ、口元に手を持っていき控えめに笑う。

 そんな女性を、心優は何も言わず見続けた。


「なぁ、あいつもうざいからやってもいい?」


「いいと思うわよ。逆にここでやらなければ情報が洩れる可能性があるわ」


「それもあるなぁ。なら、俺のタイプでもねぇし、ちゃっちゃとやるか」


 心優から放たれる視線が煩わしいと思った男性が、当たり前のように銃口を向ける。

 下唇を舐め、不愉快極まりない笑みを向けた。


「悪いな、嬢ちゃん。俺はもっと色っぽい女が好きなんだわ。男に好かれたかったら、もっと胸を大きくしたり、おしゃれに気を遣えよ」


「余計なお世話よっ――」



 ――――バチッ!!



 心優の叫び声と同時に、銃声とはまた違う音が響いた。

 それはまるで、雷が走ったような音。


「――――なっ」


 男性が拳銃を落とし、自身の腰に手を当て後ろにふらつく。

 女性も急いで駆け寄り、男性を支え心配の声をかけた。


「な、にがおきやがった……」


 元々男性がいた所に目線を向けると、最古が笑顔で立っていた。

 手には、バチバチと音を鳴らしているスタンガン。


「こ、このクソガキ!!!」


 男性が怒りに身を任せ、拳を振りかざし最古をぶん殴ろうと地面を蹴った。

 だが、最古はニコニコと、笑みを浮かべ動かない。


「しねぇぇえ!!」



 ――――させない!!



 ドゴン!!!



 駆けだしたはずの男性の身体が、突如後ろに飛ばされる。

 さっきから何もかもが突然の出来事で、思考が追い付かない女性は、壁にぶつかり、気絶している男性に再度駆け寄った。


「――――あっ、やっば、やり過ぎたかも。まぁ、問題ないか」


 女性が男性を支えつつ、声の聞こえた方に視線を向けると、そこには心優が凛々しい顔を浮かべ立っていた。


 腰に手を当て、まとめている髪を揺らしながら言い放つ。


「自慢じゃないけど、私。そこら辺にいる男よりはるかに強いよ。なんたって、元とはいえ、ヤクザの娘だからね」

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