第5話 臭いと手がかり

 家の中に入ると廊下があり、奥の部屋に続いていた。

 玄関は靴が散乱しており、床も埃や食べこぼし、飲み零しで汚い。

 

 ――――中も変わらず汚いなぁ。


 隣を歩く犬宮を横目で見ると鼻をつまみ、今にも死にそうな顔を浮かべていた。


「あの、犬宮さん。靴、脱がないと駄目ですかね」


 犬宮がチラッと拓真を見ると、しっかりと靴を脱ぎ中へと入っていた。


 流石に脱がないと駄目かと、心優は口に手を伸ばす。

 だが、犬宮は脱ごうとはせず、そのまま廊下へと足を踏み出した。


「!? 犬宮さん! 脱ぎたくないのはわかりますが、一応マナーはマナーです! 大人として、せめてマナーは守ってください!!」


「……………………チッ」


 ――――舌打ちをしないでくださいよ。


 渋々靴を脱いだ犬宮はを見て、心優もホッと胸をなでおろし靴を脱ぐ。

 最古も靴を脱ぎ、中へと入った。


 リビングのドアを開けると、もう唖然とするしか出来なかった。


「う、うわぁ……」


 生臭い匂いが充満し、ゴミだらけ。

 お酒の瓶や缶などが沢山転がっており、躓かないように歩くので精一杯。


 そんな中、犬宮は何かを探すように目線をさ迷わせていた。


「――――あ」


「え、犬宮さん? どうしたんですか?」


 何かを見つけ、足元に気をつけながら犬宮が壁側へと向かって行く。

 そこには電話台があり、引き出しからは様々な請求書がはみ出ていた。


 犬宮は引き出しを開け、ぼろぼろと請求書を床に落とし、何かを探し始める。


「え、ちょっ。勝手にいいんですか?」


 心優の質問など無視し探し続けていると、やっとお目当ての物が見つかったらしく手に取った。


「ん? 犬宮さん、それって通帳?」


「そうみたいだね、あまり残っていないみたいだけど」


「…………ま、まさか犬宮さん。この通帳にもっとお金が入っていたらぬすっ──」


「悪事に手を染めたお金はいらないよ。俺が欲しいのは、正当に働き得たお金だけ。変な思考を回さないで」


 心優の外道な思考を遮り、通帳を見下ろしながら犬宮は否定する。


 ――――まぁ、そうだよね。いくら守銭奴でも、盗みはしないか。


 適当に通帳を見ると、犬宮は何事もなかったかのように元の場所に戻した。


 他にも何かないか探し、引き出しの奥や、探していた違う引き出しも開け無遠慮にいじくり回す。


 心優も何かしないとと思いつつ首を回すと、ゴンッという音が後ろから聞こえ振り返った。


「えっ、最古くん?!」


 振り向くと、最古がうつ伏せにゴミにまみれ倒れ込んでいた。

 恐らく、走り回っていて転んだのだろう。


 心優が駆け寄り起き上がらせると、泣くことはせず、いつもと同じ笑みを浮かべてまた走り出してしまった。


「あ、まっ──」


 ────ゴンッ


「最古君?!?!」


 またしても、最古が転び額をぶつけてしまった。

 でも、すぐに起き上がり走る。


 ――――あれは、止めるのは無理だな。


 そう察した心優は怪我をしなければいいかと、見守る事にした。


「周りの物は、壊すんじゃありませんよ」


 駆け回っている最古にこそっと伝えると、拓真が隣へ駆け寄ってきて、駆け回っている最古を羨ましそうに見た。


「あれ、どうしたの、拓真君」


「…………ううん。なんでもない」


 心優の質問を軽く流した拓真に首を傾げたが、「そっか」と深入りはしない。


「よくわからないけど、最古君は誰彼構わず友達になる子だから、遠慮なく話しかけてあげて。変わった子だけど」


 ニコッと笑いかけると、拓真が横目で見上げてくる。そして、照れたように小さく頷いた。


 よかったと、心優は最古の方に顔を向けようとする。

 同時に、何かが崩れ落ちるような大きな音が聞こえた。


「――――あ、あれ?」


 大きな音が聞こえたにも関わらず、誰もいない。

 何が落ちたのだろうと周りを見回していると、犬宮と最古がいないことに気づいた。


「犬宮さん? え、最古君、どこに?」


 いくら周りを見回しても、二人の姿を確認する事が出来ない。


 突如として消えてしまった二人に心優は慌てふためき、何度も名前を叫び探しまくる。

 だが、迂闊に動けば転んでしまいそうになるため、うまく探し出す事が出来ない。


「犬宮さん!! 最古君!!! 返事をしてください!!」


 心優の叫び声に答えるようなタイミングで、先ほどまで犬宮が立っていた場所が微かに動き始めた。

 

 ――――え、なになに、怖いんだけど。


 怖がりながらも近づくと、ゴミ袋や様々な請求書の紙。

 プリントや本などが山のように重なっている箇所がもぞもぞと動いていた。


「え、えっと……。犬宮さん?」


 再度確認するように名前を呼ぶと、目の前に積み上がっている様々な紙の山が大きく動き出す。

 そこから突然右手が現れ、心優の口から「ひっ」と、小さな悲鳴が飛び出した。


 顔を青くし、後ろに下がる心優の心情を無視しどんどん紙の山から何かが現れる。

 手、腕、黒い髪―――そこから姿を現したのは、最古の頭を支え抱きしめている犬宮の姿だった。


「いってぇ…………」


「えっ。い、犬宮さん!! 大丈夫ですか?!」


「何とかね。翔、ここで走り回るのはやめようか。ぶつかると、今みたいになるから」


 犬宮にだき抱えられ、最古は笑顔のまま、コクンと頷いた。


 犬宮も頷き、最古の頭についているゴミを払う。

 その時、一つの紙に気づき拾い上げた。


「これは――……」


 拾い上げた紙を見ると、犬宮は「見つけた」と。口角を上げ、楽しげに笑った。


 ――――お、おうふ。犬宮さん、なんか、怪しい笑みを浮かべているなぁ……。


 悪い予感が走り、心優は彼が持っている紙を覗き込もうと近づいた。

 だが、見る前に犬宮が自身のポケットに入れてしまい、見る事叶わず。


「さて、住所はゲット。電話番号ももらう事が出来るな。あと足りないのは…………”あれで”手に入れるとするか」


「あれ?」


「そう、探偵にとって必要不可欠な物。貴重で、絶対に誰にも譲る事が出来ない魔法のアプリ」


 犬宮がスーツのポケットからスマホを取り出し見せびらかす。

 そんな彼の態度に、心優は「いつものか」とげんなり。大きく肩を落とした。


「魔法のアプリ…………。犬宮さんが愛用している、あのアプリですよね」


「そうそう。人の情報を知るには、このアプリが一番楽で確実だよ。まったく、誰なんだろうね、そんな魔法のようなアプリを作りだしたのは」


「自画自賛どうもありがとうございます。立派な犯罪ですけどね、貴方が作りだした魔法のアプリは――……」


「正義のために使っているから問題ないよ」


「どんな使い方をしていても犯罪なのには変わらないんですよ。ハッキングなんですからやろうとしているの!!!!」


 心優は我慢の限界というように、部屋全体に響き渡るほどの声量で叫び散らした。

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