第4話 違和感と臭い

「つまり、三日前からお兄さんは家から居なくなり、同時にお母さんも帰ってこなくなったと」


 拓真の説明を簡単に要約し、犬宮は白衣のポケットから取りだした眼鏡をかけ、メモに書き落す。


 拓真の隣には、今の話にまったく興味ないと言ったようにあやとりをしている最古。

 犬宮の隣には、彼が書いたメモを覗き見ようとしている心優の姿。


 メモを覗き込む心優の表情は険しく、目を細めたり、顔を近づけたりして、何とか読み解こうと四苦八苦。


 だが、読めない。

 文字が蛇のように繋がり、へにょへにょ。


「あの、なんて書いてあるのですか?」


「勝手に覗き込んでいるくせにわからないんの? 少し考えれば、今、餓鬼が言った説明を書き落としているともわかると思うんだけど」


 ――――こんな汚い字でわかるか!!


「…………はぃ」


 怒りを何とか抑え込み、ため息に変換。

 心優は読み解くのを諦めた。


「それじゃ、解決策を探しに行くか。拓真、君の家に案内してくれるか?」


「う、うん。いいよ」


 いきなりの質問に戸惑いつつも、拓真は頷いた。


「んじゃ、今から行くぞ」


 犬宮が立ち上がると、最古以外の人も共に立ち上がり、それぞれ準備を始める。


 唯一動かない最古を、犬宮が首根っこを掴み無理やり立たせ、夢中でやっているあやとりの糸を奪い取った。


「準備」


 犬宮からの圧がある言葉に、冷や汗を流しながらもニコニコと笑顔で出かける準備を始めた。


「……あぁ、最古君。今のはちょっと、怖がっていた表情だな」


 顔をひきつらせていた心優は、犬宮に圧をかけられないように気をつけないとと思いながら、誰よりも早く準備を終わらせる。


 最古の準備が整うと、拓真を先頭に四人はビルを出て、晴天の下を歩き始めた。

 瞬間、犬宮の顔をが真っ青になる。


「――――俺は、もう無理かもしれない」


「お金のためですよ、犬宮さん。太陽に負けず、歩いてください」


 犬宮が太陽の光に弱音を吐いたため、心優が間髪入れずにお金という名前を出し、無理やり歩かせた。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 ビルから外に出て数十分。

 住宅街を歩き続けていると、どんどん人通りが無くなってきた。


 犬宮は周りの空気が気になり始め、きょろきょろと周りを見回す。


「あれ、犬宮さん? どうしたんですか?」


「んー。ここは、人通り少ないなぁって思っているだけ。周りはほとんど空き地で、入居者募集の看板ばかり。まるで、これからホラー展開が待っているかのような雰囲気作りだね」


 ――――ヒッ!?


 犬宮の言葉に、心優は顔を青くし縋りつく。


「や、やめてくださいよ!! 私がそのようなもの苦手なの知っているじゃないですか!!」


「知らなかったし、興味もない」


「忘れているだけです!! 貴方が受ける依頼は、全ていつも何かしら怖い展開が待っ――――最古君?」


 犬宮に縋っていると、後ろを歩いていたはずの最古がいないことに気づく。


 ――――え、どこ!? どこに行ったの!?


 心優の声に、犬宮と拓真も足を止め、後ろを振り向いた。

 

「あ、あそこ」


 拓真が指さした方向に、電柱の近くでしゃがんでいる最古を発見。

 安堵し、心優は駆け寄り手を繋いだ。


「もう、勝手に離れたら駄目だよ、最古君」


 ふと、最古の足元に目をやると、そこには虫の死骸が複数落ちていた。

 頭がもげているのもあり、心優は浅く息を吸う。


 いまだニコニコ笑っている最古の肩を両手で掴み、風のごとき速さで犬宮の元へと走った。


「どうした」


「死にました」


「骨を拾うのはめんどくさいから放置してもいい?」


「呪います」


「君にそんな力ないでしょ」


 心優の言葉を軽く受け流し、犬宮は拓真と共に歩き進めた。


「ま、待ってくださいよ!!」


 ※


 目的地に辿り着き、拓真は足を止める。

 心優や最古も立ち止まり、目の前に建っている不気味な一軒家を見上げた。


 犬宮も少し遅れて辿り着き、鼻をつまみ見上げる。


「やべぇな、鼻が曲がる」


 犬宮の嗅覚は一般人より優れている為、ここは地獄。

 何とか冷静を保っているが、目はいつも以上に死んでいた。


「…………ここに、怖がりなイケメンと肝が据わっているイケメンを閉じ込めたら吊り橋効果で――――」


「まだ余裕そうだね、心優。それなら、先に中を確認してきてよ」


「こ、ここは肝が据わっている犬宮さんに託します」


「他にイケメンいないけど、いいの?」


「今回は最古君で我慢します!!!」


「犯罪者になりたくないから却下で」


 目の前の建物は二階建てで、それなりに大きい。

 普通なら羨ましいと思う家だが、何年も掃除がされていないほど汚いため、早くこの場から離れたいという気持ちが膨らむばかり。


 十個以上はあるゴミ袋が庭に散乱し、生ごみなどが道路を汚している。

 臭いがここ周辺に漂い、犬宮でなくても鼻をつまんでしまう。


「本当に、ここが拓真君の家?」


「うん」


「そ、そっか…………」


 間違いであってほしいと確認したが、そんな心優の気持ちなどまったく気づかず拓真は直ぐに頷いた。


「ここで立ち止まっていても仕方がないし、中に入ろうか」


「不法侵入になりませんか?」


「子供とはいえ、俺達は案内されてここに来たんだよ。問題ないでしょ」


「そうですか……、わかりました。では、入りましょうか」


 ため息を吐き心優が中に入ろうとすると、両手を背中に隠し見上げてくる最古が視界に入る。


 ――――まさか、最古君が自分を見上げてくるなんて!!

 今までは犬宮さんを挟んでいたから嬉しいなぁ。慣れてくれたのかな。


 そんなことを思いながら、ウキウキと腰を折り心優は、最古に顔を近づかせた。


「どうしたの、最古君」


 最古の笑顔と同じくらいの笑みで問いかけると、背中に隠していた物を差し出してきた。


「ん? これはなっ――――え」


 差し出された小さな手には、無数の虫の死骸。


 中には食われていたのかと思う程見るに堪えない無残な死骸もあり、心優は驚きのあまり「ヒュッ」と喉が締まる。


 咄嗟に助けを求め、隣に立っていた犬宮の腕を引きちぎるほどの力で掴んでしまった。


「!?!? いってぇぇええ!!!!」


 犬宮の叫びが、生ごみの匂いが充満している住宅街に響き渡った。

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