第6話 手がかりと探し人

 一度、事務所に戻った犬宮達。

 家には誰もいないため、今回は特別に拓真も一緒に事務所へと戻っていた。


 犬宮が窓側にある事務机に向かい調べ物をしている間、拓真と最古はあやとりで遊んでいる。


 心優も調べ物は大の苦手なので、自分の趣味である男同士がいちゃついている本を堂々と読んでいた。



 ────パチン!!



 眼鏡をかけ調べ物をしていた犬宮が突如として、パソコンのエンターを力強く押し動かなくなる。

 部屋の中にいた三人は、エンターを叩く音に反応し顔を上げた。


「どうしたんですか、犬宮さん」


「…………目が、渋い」


「疲れ目ですか?」


「俺はまだ二十代、お兄さんだ。おじさんじゃない、老眼なんて言うな」


「誰もダイレクトにその単語を出していないじゃないですか。でも、珍しいですね。いつもは三徹とか余裕なのに」


 心優は深く考えることなく、本を閉じ犬宮の隣に移動した。


「今回は情報がガバガバだからすぐにゲット出来たんだよ。でも、色んな情報をすぐにゲット出来る分、いつもより短期間で文字を読む量が増えたんだ」


「あぁ、なるほど……?」


 なんとなく納得出来そうで、でもよくわからない返答に心優は曖昧にしか返せない。


「うん。今までは、どうやって情報を手に入れようか悩みながらだったから、一回で文字を読む量は少なかったの。だから、老眼じゃない」


 ――――だから、老眼って言ってないってば。


「あの、言い訳並べているところすいません。簡単に言えば疲れ目という事ですよね。年齢には人間誰だって負けますよ、諦めてください。はい、目薬」


 ポケットから取り出した目薬を渡すと、渋い顔を浮かべながらも犬宮は受け取り、目に指す。


 何度か瞬きをし、目薬を心優に返し眼鏡をかけ、再度両手をキーボードに置いた。


「……あの、どこまでわかったんですか?」


 心優がパソコン画面を覗き込むが、所狭しと文字が書かれている為読みたくない。


 それだけでなく、難しい漢字や言葉。

 所々文字化けまでしており、険しい顔を浮かべ直ぐに顔を逸らした。


「どこまでというか……。拓真の母親の動向、行いは全てわかった。問題は兄さんの方だけど、恐らく母親の近くにいるという推察かな」


「え、なぜそう思うんですか?」


 推察という言葉が犬宮から出てくることに引っかかりを覚え、素直に問いかけた。


「拓真の兄さんは、弟を守ろうと必死に動き回っているみたいだから」


「そんなところまで、わかるんですか……」


 どこまでハッキングしたのか、文字化けが激しい画面を見ても心優には分からない。

 そのため、「すごいなぁ」という言葉しか出ず、ポケェとしてしまう。


「後処理ようの連絡先も、拓真の家でゲットしたし、後は行動を起こすだけ」


「もう、そこまでわかったんですね。なら、少しは休んでもいいんじゃないんですか? 普段は一日の半分以上寝ているのに、調べ物を始めると途端に徹夜する程の集中力を発揮するのは、体に悪いですよ」


「今回は徹夜していないし、調べる時間も数時間、余裕だよ。調べ物は終わったわけだし、後処理の準備も完璧。あとはおもちゃの自白方法を練っておこうかな」


 もう、突っ込むのも疲れた心優は、頭を抱えながらため息。

 肩を落としつつ、腰に手を当てた。


「…………お願いですから危険な事はしないでくださいね」


「…………」


「返事をしてください!!!」


 二人の会話を耳にしながら、拓真と最古はあやとりで東京タワーを作っていた。


「――――え、いや、最古君。どんだけあやとり上手なの?!?」


 ※


 次の日、やっと全ての準備が整った犬宮が事務机に突っ伏し眠っていた。


 今は午前八時。外ではスーツ姿の人が急ぎ足ですれ違う光景。

 そんな光景を、窓から見ている最古はいつもと同じでニコニコ顔だった。


 九時になると、探偵事務所のドアが開かれ心優が出社。

 普段は一人だが、今回は拓真も一緒。


「おはよう最古君。今日も外を見ていたんだね」


「おはよう翔!!!」


 最古と拓真は年が近いのもあり、まだ三日間しか一緒にいないのだがもう名前で呼ぶ仲となっていた。


 拓真が名前を呼ぶと、最古が振り返り駆け寄ってくる。


 ――――あ、あれぇ~。私も、名前を呼んだんだよ? 最古君……。


 薄く涙の膜が目に張りつつも、心優は椅子に座って寝ている犬宮を見た。


「まだ、犬宮さんは眠っているんですね、今日は何時に起きるのでしょうか」


 白衣を肩からかけ熟睡中の犬宮を見て、起こさないように離れる。


 ――――よしっ、犬宮さんが起きるまで、楽しみにしていた新刊を読んで時間を潰そう。

 今回は、犬宮さんに似ている人が攻めの本。どSな顔がたまんないんだよなぁ。


 グヘグヘとだらしない顔を浮かべ、心優が鞄から取り出した本を読もうとソファーに座った瞬間、最古が近づき何かを渡した。


「ん? なぁに、これ」


 渡されたのは小さな紙きれ。

 何だろうと裏側を見ると、心優の顔から表情がなくなった。


 ゆっくりと時計を確認し、せっかく下ろした腰を再度上げ、犬宮へ近付いて行く。

 腰を曲げ、彼の耳に口を近づけると――……


「起きてください犬宮さぁぁぁああああああん!!!!!!!」


 部屋全体に響き渡る程の大きな声で、犬宮をたたき起こした。


 そんな心優の手には”九時になったら起こせ”という文字が書かれている紙がぐしゃっと、握られていた。


 ※


「どこに向かっているんですか?」


 乱暴な方法で起こされた犬宮は、頭痛と肩こりに悩まされながら三人の先頭を歩いていた。


 今、三人が歩いているのは、人通りの少ない路地裏。

 陽光が遮られているため薄暗く、気温も高くない。

 

 犬宮にとって、裏路地は心地の良い場所となっていた。


 前回は外に出ただけで顔を青くしていた犬宮だったが、今回は元気そうにスタスタと歩みを進めていた。


「すべてを解決できる場所だよ」


「だから、それがどこですか…………」


「拓真の探し人の場所」


「――――え、拓真君の探し人ってことは、お兄さんの所?」


 犬宮の言葉に、拓真は大きな目を輝かせ彼の隣に移動した。


「お兄ちゃん、いるの?」


「おそらくな」


 くりくりな瞳を浮かべ、拓真は「やったー!!」と大喜び。


「良かったね、拓真君」


「うん!!」


 心優が笑いかけると、なぜか犬宮が途中で足を止めた。

 横目で見ると、鼻をスンスンと動かしていた。


「どうしたんですか?」


「見つけた、探し人」


 先の道は薄暗く、近場しか見る事が出来ない。

 心優は犬宮の視線の先を目を細め、険しい顔を浮かべつつ見る。


「ん……。あ、人影が」


 眉間に皺を寄せ頑張って見ると、道の先に一つの人影を見つける事が出来た。


「どうしますか」


「そうだね…………。まぁ、声をかけよう。問題はないと思うし」


 犬宮は人影に声をかけようと、静かに近づき肩に手を置いた。


「おいっ――――っ!」


 声をかけた瞬間、人影が肩を大きく上げ振り向いたかと思うと、拳が犬宮の顔面に繰り出された。

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