12話 『マコからの頼み』
低い音と騒がしい喧騒が遠くから聞こえる。
そうぼんやりとした意識のなか、アサヒに背中を軽く叩かれてユウは闘いが終わったと気づく。
勝者は言われずとも、仲間たちの笑みが意味していた。
でも同時になぜか悲しい思いがあった。
初戦のときも準々決勝のときも、これほど熱い闘いはなかった。
同じように仲間たちと連携を取り、常に裏を読み合う激闘を繰り広げた人界第8。
ユウには、勝利に浮かれる気分にはなれなかった。
「ごめん……みんな……守れなかった」
「いいや、違うよ。マコのせいじゃない。俺たちは全員で闘って惜しくも敗れた。十二分に力を出し切ったさ。それに最後まで一緒にいられるなら、それでいいさ……」
「そうだね……よかった。みんなといて! とっても、っ、楽しかった……!」
涙しながら頭を下げるマコを慰めるカエデ。
泣きながら仲間たちに礼を言うアオイに続いて、彼らは互いに感謝を伝え合った。
共に生きてきたこと。共に闘えたことを。
「……ちょっと、いい?」
「え!? ぼ、僕……?」
空気を壊さないよう、静かに見守っていたユウだったが、顔を上げたマコに声をかけられる。
駆け寄る彼女に小走りで近づき向かい立つと、小さく折り畳まれた紙を手渡された。
「これは……?」
「……手紙。右街のクレインって場所にいるガルシャっておじいさんにこれを渡して。ずっと世話になった者からだって……」
「うん、わかった。ちゃんと届けるよ」
「お願いね……人界第4の王様さん」
「――ぅむ?」
思いもよらない頼みごとにだが、断る理由などないユウはすぐさま頷く。
最後に笑ったマコはなにを思ったか、ユウの頭を撫でた。
目を丸めるも意図を聞く間も無く、彼女は仲間の元へ。
そして、彼らが抱きしめ合って消えていく姿を、ユウは仲間と共に最後まで見届けた。
名残惜しい気持ちでいっぱいの胸の音が、やけに速いのを感じながら――。
* * *
「フォネス姉、行ってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん!」
翌日、ユウは未だ闘いと宴での疲れで眠る仲間たちへの伝言をフォネスにして、街を出る。
目的地である左街は遠い。
右街から中央街へは歩いて数分なのだが、中央街は特に広い。
横切るだけでも半日かかり、街の端から端まで歩こうものなら2日はかかる。
決勝を控えたユウにそんな長旅ができるわけもなく、中央街の『獣車』を利用した。
元いた世界にある馬車や牛車と同じようなもの。
飼い慣らされた獣に、穴を指で塞いで鳴らす笛で合図を送り荷車を仕組みだ。
「送迎お願いします」
「行く場所は?」
「左街のクレインまで」
指定された停留所にいる運転手に目的地を端的に伝え、前払いで料金を支払う。
異世界に来たときは獣車に困惑したが、今となっては慣れた。
そして、乗り込んだ荷車の振動に揺られながら、手帳サイズの詩集を読み、到着を待った。
「到着だ。用が済んだなら、戻ってきてくれ。眠っているかもしれねぇから、渡した『
「はい、ありがとうございます」
数時間後、クレインについたユウは運転手にお礼を言い、ガルシャという人物を探し始める。
ちょうどよく浜辺で駆け回る子供とそれを見守る夫婦がいたが、ユウは伸ばしかけた手を下ろす。
彼らは家族団欒の真っ只中だ。水を指すのは悪いとユウは話しかけるのをやめた。
だが、すぐ目の前で家の植物の手入れをしている女性がいた。これ幸いとユウは彼女に声をかけた。
「すみません! ガルシャさんのお宅はどこですか? マコさんからお手紙を預かってまして……」
「あら!? マコちゃんのお友達?」
「まぁ、そんなところ……です」
「ガルシャさんの家はね。このまま真っ直ぐいって突き当たりの家よ。マコちゃんに合ったらよろしく伝えておいてね!」
「はーい……」
多少嘘をついたが、おかげで場所がわかった。
別れ際の言葉に心を痛めながら、ユウはガルシャの家に着く。
呼び鈴の代わりであろう『
すると、「はいはい……」と返事をして老父が現れた。
短い髪も顎に生えた髭も白く痩せてはいるが、足腰は鍛えているのかまだ若々しく見える。
腰は曲がっていないし、細い手足にも筋肉のようなものを感じる。
想像していた人物像からはかけ離れており、少し唖然としてしまった。
我に帰ったユウはマコの手紙を取り出して、事情を説明する。
「すみません。マコさんから手紙を預かっておりまして、渡しに来ました」
「――っ、そうですか。わざわざご足労いただきありがとうございます。さ、どうぞ中へ」
わけを話すとガルシャは一度目を見開き、わかりやすく声が一段下がった。
きっとマコは負けてここに戻らないときは手紙を渡すと事前に伝えていたのだろう。
どこまでも抜け目のないが、世話になった人への礼儀を忘れない良い子だと思った。
通された居間に座り、出されたお茶に一口飲んで、ユウはマコの手紙を渡す。
「ありがとうございます」
ガルシャは礼を言ったのち、手紙に目を通し始めた。
しばらく静寂が居間を包むも、読み終えたガルシャは両目に涙を浮かべていた。
たくさんの感謝と気遣う言葉が綴られていたのだろうと、見ていなくともわかった。
「ありがとうございました。本当に……」
「いえ、その……私は頼まれただけですので……」
「きっと、あなたがこの子の対戦相手だったのでしょう?」
「え!? な、なぜそれを……」
「手紙に書いてありました。もしも話せる相手なら、頼んでこれを渡してもらうと」
「な、なるほど……」
手紙を書いているときに、手紙を渡す相手まで視野に入れていたとは、思いもよらなかった。
もはや脱帽である。
だが、ユウはすぐさまガルシャの前で両膝をついて頭を下げた。
「申し訳ありませんでした……闘いとはいえ、あなたの大切な人を奪ったのは私です。本当に、申し訳ありません……!」
「――あなたのせいではありませんよ」
「ですがッ!」
「闘って勝った。あなたがしたことはそれだけです。あの子を傷つけたわけでもなければ、殺したわけでもない。あなたは悪くない。悪い者はいません。互いに思いをかけて闘っただけですよ」
ユウは恥ずかしさに打ちのめされた。
自分は馬鹿だ。思い上がった考えで自分を悪人にして、謝って許されようとした。
許すもなにも、彼は自分に怒ってなんかいない。
怒っていたのは、許せなかったのは自分だった。
大切な人を目の当たりにして、その人からマコを奪ったなんて思い違いをして、怒っていたのは。
「だから……私はあなたに感謝します。ありがとう。あの子の願いを叶えてくれて。私に、あの子の言葉を届けてくれて」
帰りの獣車のなか、ユウは自身の手のひらを見て、物思いに耽る。
今一度、誤っていた自分の認識を改めようと思ったのだ。
――俺たちは闘士。
異世界に召喚された者が多過ぎたために、放逐されようとする者。
それに抗うために、自身の強さを証明するため、同じ召喚者を倒す者。
だが、そこに悪意や害意があるわけではない。
助かりたい。まだここにいたい。その思いを胸に闘ってきた。
「じゃあ……どうすればいいか」
決まっている。
同じくしてその思いを抱いた敵へ、最大限の敬意と、敬意ある行いを。
全力を賭して闘い、相手が去り行く姿を目を離さず見送る。
救えはしない。相手は敵だ。だからこそ、闘士として力の限りを尽くすしかない。
それがお前のできることだと、心で重ねて呟き、決意を固めた。
次も勝つ。みんなとまだ過ごすために。最後の闘いも勝って、居場所を守るんだと。
次で決まる闘い。滞在か、放逐か。
――決勝戦への覚悟を。
魔石繋ぐ異世界滞留者たちの闘い 〜過去に世界を救い、今の世界を蝕む異世界人は、闘ってでも異世界に留まり続ける〜 @unoe_daiki
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