11話 『人界第4対人界第8③』


 * * *


 つまんない。


 それが、マコ――もとい、真田さなだ 真子まこが元いた世界に抱いた悩みであり、唯一の印象だった。


 母子家庭だが、裕福だった。

 父が医者であり、色々とあって毎月お金を送ってくれていた。


 だから、ひもじい思いもせず、不自由な思いもしなかった。


 欲しいものはなんでも買えた、


 けれど、正直言って、私たちのほうが捨てられたのだとわかった。


 母親は気に入らないことがあるとすぐ声を荒らげで、私を責め立てる。


「なんで普通の女の子みたいになれないのッ!」


 普通ってなんだろう。

 同じ人なんて2つといないに、その人によって変わってくるのに、普通なんてあり得ない。


 だけど、そんなことを口にすれば母親が――、ソノヒトが怒るのは言わずとも分かった。


 だから、ソノヒトはそういう存在なのだろうと考えた。

 もう、なんでなんて疑問を抱いて苦しまずに済むように。


 私は、ソノヒトが怒るか怒らないかの境界を探す数年を過ごした。


 勉強をすれば喜ぶこと。しなければ怒鳴ること。

 

 お手伝いをすれば感謝すること。しなければ、なんでと言葉の暴力で責められること。


 急いで食べれば満足すること。食べる手が止まっていたらものを投げてくること。


 それ以外のときは身に潜めればなにもされないこと。脅かせば、顰めっ面で唸ってくること。


 ソノヒトと過ごしてきたことを並べれば、自ずとどうすればいいかわかった。


 朝は必ず起きて朝ごはんを食べて、その後は自室で物音を立てないように過ごす。

 昼は眠っていることにして自室に篭り、15時頃に扉を開けるのでその前に勉強を始める。

 晩ごはんを食べ、職場の愚痴を流しながら、小言を言われる前に自室で眠る。


 そんな毎日にただ退屈していた。

 勉強はソノヒトになにをされるのかわからない恐怖でできるようにするしかなかった。 

 食事も味なんて考えている暇もなく、趣味はソノヒトとの生きる上で不要だと切り捨てた。


 だから、退屈の毎日で異世界に召喚されたときも、悪運に見舞われたと思った。

 どこかもわからない場所に行ってとキレるだろうなと、どうすればいいかと頭を悩ませていた。


『もう、元いた世界に帰らなくていい』


 誰もいない白一色の空間で、慌てて告げられた言葉でマコはようやく心を取り戻した。


 2つ返事で承諾した世界では、まるで別人のような生活を送った。

 心優しいおじいさんとお手伝いで農作業で手伝い、似たような暮らしの少女たちと遊ぶ日々。


 自由も笑顔も忘れていた日々を取り戻すように毎日を過ごしていた、そんなときにだ――。


『異世界人が多くなっちゃって、ここから何人か追い出さなければならなくなったんだ……大丈夫! その闘いで勝ち続ければ、ここに居られるさ!』


 忘れかけていた不条理が姿を現した。

 そして、消えかけた考えが生まれた。


 ――あぁ、こいつはソウイウヤツなんだと。

 結局は、ソウイウセカイなんだと。


 どこに向かうのか、どうなってしまうのかなんて、もう考えない。


 ソウイウモノと切り離して考えた。

 嫌なことはそうして考えを放棄した。


 だから、この『繋石闘戯』は嫌なものだった。

 友達を闘いに巻き込んだものに、あれこれと考えたくなかった。


 敵を欺き、敵の隙を撃つ。


 ソウイウモノと考えを止めていたくらい、嫌だったのに――。


 * * *


 人界第4にとっても、そして人界第14にとっても初であろう延長戦。


「はぁ……ッ……ぁッ! アオイッ!」


「うん……カエデッ!」


「はいはぁー……いッ! アンちゃんッ!」


 荒く息を吐きながら、なんとか勢いを弱めないほど、勢いを増すように投げ渡してゆく人界第14。


 人界第4の闘士たちも、彼らの動きを追う視線に遅れや眩暈がおきていた。

 限界もとうに超えた肉体に鞭を打ち、最後の最後まで食らいつく両者。


 お互いにある、異世界への滞在という願いを果たすために。


「……ッ、『時化渦ラフシ・ボルテックス』ッ!」

 

 狙われたのはユウだが、当人も警戒していた。

 

「――防御ブロック上げッ!」


 もはや彼らに策を講じる余力もなく、残るは力と力とぶつかり合いしかなかった。


「……はぁッ……俺が行く……ッ! 『天泣驟雨スカイザ・レインストーム』ッ!」

 

 後のことなど考えない、全員が全ての力を攻撃へと注ぎ込んでいた。

 

 ユウは反射的に展開した防御ブロックで魔石を打ち上げ、マヒルもまた誰に言われるまでもなく、飛び上がって攻撃を放つ。


 投げつけた魔石を押し飛ばすのは細かな水滴。

 それが一点に集まり、標的へと激しく降り降り注ぐのだ。


「……ッ、防御ブロォック!」


 狙われたマコは険しい顔をするも、カエデが防御を展開した右脚を伸ばして、上へと蹴り上げた。

 

「……あぁッ! 『水想鰐ウォータル・アギト』ッ!」


 ほぼ全員が走り出すなか、最初に魔石に触れて攻撃をしたのはアオイ。


 魔石を下へと叩き、繰り出されたるは魔石を喰らう鰐に似た口。


 今一度開き、噛み砕こうと迫ったのはユウ。


「――んッ!」


「あぁ! 防御ブロックッ!」

 

 だが、直前に後ろを向いていた彼は冷静に後方へ後退り、入れ替わるようにアサヒが防御ブロック


 魔石に掌底打ちをして上へ飛ばし、再び攻撃へと転じる人界第4。


 攻撃と攻撃の応酬。

 神経はより鋭敏になり、飛び上がった時点でユウがマコを狙っていると気づいた人界第14。


 一斉にマコの方へ、次への攻撃へと動き出す姿。

 それを晒したが今。ユウの両眉に極彩色の脈が浮かび上がる。


「……まずいッ! 散――」


3属性暴撃ジディ・ヴァイオレンスッ!」


 壁を穿つ、炎、水、木の魔石による攻撃。

 炎、驟雨、花舞う暴風が一緒くたに迫る光景とマコの叫びで彼らは気づき、後方へ逃げる。


 だが、柱への避難が間に合うわけもなく、彼らは吹き飛ばされる。


攻撃撃破アタックアウト。3人一斉攻撃撃破アタックアウトにより、得点となります。なお、延長戦ですので、攻撃側は得点した人界第4となります』

 

 ――あと1点。

 それを観客の手拍子でひしひしと感じながら、円陣を組む。


 使用する魔石と手にする者を決め、攻撃を再開する人界第4。


「ヒグレッ!」


「……はぁっ、うん! 次を、アサヒ!」


「おうよ! 次――」


 パンッ!


 手の鳴る音に人界第14は驚く。

 これは、ユウが仲間たちの投げ渡しの間に入り、奇襲攻撃を仕掛けるときの合図だ。


 だが、聞いた彼らの脳裏には警戒の2文字よりも先に疑問が浮かんだ。


 なぜ、今手を叩き奇襲攻撃を仕掛けようとした?

 ユウはすでに恩恵を使っているはず。


 なら、わざわざ奇襲までして魔法を使う理由はなんだ?

 よっぽどでも無ければ、目で見て止められる魔法を、なぜ?


「……みんな、警戒は解かないでっ!」


「「おうよぉ!」」


 なにもわからないマコだったが、無策であるはずがないと前に現れ壁になる皆に呼びかける。

 

 ここでふと、新たな疑問が過った。

 初めてではない、幾度となく浮かんではわからないと、そういうものだと考えるのをやめた疑問が。


 ――なぜ、彼は5属性を同時に使えるというのに、2、3属性などと抑えるような真似をするのか。


「――下がってッ!」


「ユウ、決着をッ!」


「あぁッ! 『3属性トリ』――」


 異変に気づき叫んだマコに、仲間たちは振り返るが、目を見張り脅威である後ろを向こうとしない。


「なに、ッ!?」


「マコ、逃げてッ!」


 逆に、仲間たちがマコへと叫んでいた。

 不意に輝いた足元を見ると、そこには自身が使ってきたものに似た3色の魔法陣が重なっていて――、


「『陣撃サイン』ッ!」


 ユウの言葉とともに、白く爆ぜる視界。

 突き上げる衝撃にマコは遅れて、狙われていたのは自分だと痛感した。


 そして、確信した。


 ユウは見知った恩恵や魔法を好きに使えるだけじゃない。

 5属性の魔法を制御し、自身の恩恵を複数回使用することもできるようだ。


「……むちゃくちゃだ」


 そう、彼女は笑って他に伏せる。


『試合終了。勝者、人界第4』

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