7話 『次なる相手、人界第8』


「ぃ……もし……」


 どこかから声が聞こえる。

 聞き慣れた声だ。ふと頭に過ぎるのは元いた世界の友人。


 5人。片手で数えられるが、かけがえのない人たちの顔を思い出す。

 話もせずに置いてきた彼らがいる。なんて、考えれば罪悪感が浮かんでくる。


 毎日、理由なく自身に話しかけて、話しかけた自分に笑って言葉を返してくれた彼ら。

 だけど、今、戻りたいという意思は、別の意思に阻まれている。


 ここにいたいという理由がある。


 だからあのとき、突如現れた神の提案に頷いたんだ。


 彼らと過ごす何気ない日々を捨ててでも。

 自室で頬杖をつき、ため息混じりに漫画を読み耽っていた元いた世界を捨てたのだ。


 それは、その理由は――、


「もしもーし、ユウくーん。朝ですよぉー?」


「わぁ!? ひ、ヒグレ……ッ!? 嘘!? じゃぁ、あの声……」


「やん!」


 やけに眩しい光景が耳心地な声とともに夢と気付かされる。

 飛ぶ勢いで身体を起こすユウに衝撃が走る。おかげで朧げな視界がはっきりとしてくる。


 目の前には白茶色髪のおっとりとしたお姉さん、ヒグレがいた。

 どうやら、眠る自分の傍から顔を覗かせて声をかけていたようだ。

 

 穏やかな彼女を印象づける下がり眉を寄せて、小さく声を漏らしていた。


「あぁ! ご、ごめん……おでこぶつけちゃって」


「大丈夫よ。大した痛みじゃないわぁ。それより、随分と眠っていたけど、昨日夜更かしでもした?」


「してないけど、どうして?」


「それは良かった! だめよ、夜更かしは身体を悪くするんだから。それにユウくんはまだ成長期。伸びるものも伸びなくなるわぁ」


「いや、高校3年生ともなればもう伸びないと思うんだけど……」


「いえいえ、まだ可能性はあるわぁ! 最もらしいことは言えないけど、そう思いましょう? そうしたほうが人生楽しいでしょう?」


「……うーん、まぁ、悲観的よりかはいい、かな?」


「ね? なら早く起きて、みんなのところへ行きましょう! 2日も会ってないんだもの、みんなあなたの顔を見たいはずだわぁ!」


「わわっ!」


 小首を傾げつつ頷くユウを、ヒグレは有無も言わさず引っ張っていく。


 

 2階の自室から1階の居酒屋の大広間へ。

 みんなが降りてきたユウに笑みを浮かべ、作っていた輪に入れてくれた。


 無論、輪を作る理由など1つしかない。

 

「さて、今日集まってもらったのは他でもない。夜に行われる人界第14との『繋石闘戯』についてだ」


 再び行われる『繋石闘戯』まで1日を切った。

 その残り時間を作戦を立てて、夜まで仲間たちと闘いに備えようというのだ。


 これは前々回からアサヒが考案したのだ。次からは作戦を立てて闘いに臨もうと。


 さすがは誰もが頼れるチームの指導者だ。


「はい! 俺、敵の異名が知りたいぞ!」


 朝の気だるさなどどこへやら、元気よく手を上げ問いかけるのはマヒル。

 早朝とは思えない声量に、きっと自身の元へ早くから行こうと言ったのも彼だろう。

 

「えーっとね。次の相手は……『人界第14の魔術師』……だってさ」


 アサヒは闘いの1日前に来る案内とともに送付された資料を見て、書かれた異名を口にする。

 資料は相手の異名と相手の名前が書かれている。


 その数少ない情報を元に作戦を練るのが、『繋石闘戯』だ。


 敵陣視察とかも思いついたが、それは許されていない。

 両方がなにも知らない状態でこそ、闘いに面白さがでるのだとか。


「……うぅん。やっぱり異名だけでは、相手がなにしてくるのかわかんないっすねぇー」


 椅子を2つ使い、簡易的なベットにしてくつろぐ濃い紫のおさげ髪の小柄な少女、ヨヅキがぼやく。


 眠たげだが、普段は仲間たちによく冗談を言って笑わせるムードメーカーだ。


 しかも、『繋石闘戯』では攻撃を果敢に仕掛けるアグレッシブな一面もある。


 声をあげて盛り上げるのがマヒルなら、柔らくフレンドリーな口調で場を和ませるのがヨヅキと言ったところ。


「でも、字面からトリッキーな恩恵な気がしますねぇ。しません? これ」


「いや、わかるぞ! きっとユウ以上に多彩な闘い方をすると思う!」


「そうっすよね! わかってくれますか! マヒル! きっとフォースの力的なアレを使ってくるっすよ!」


「あぁ! うん! わかんないけど、きっとそうだ! そうだぞ! うんうん!」


「わからないのに、わかるって言われたぁー! 優しい気遣いが妙に痛いやつー!」


 学校の数少ない友人が繰り広げていたものとそっくりな会話をするマヒルとヨヅキ。

 思わず笑みをこぼすユウとアサヒだったが、話が脱線と気づいた彼が咳払いでそれとなく修正する。


「それで、作戦は相手の出方を見えるまで、恩恵の使用を待ち、パスや不規則な攻撃で相手の調子を乱して、得点をとっていこう! 異論はないか?」


「結局、そうなるっすよねぇ」


「えぇ、構わないわぁ!」


「うん、僕もそれに賛成だ」


 話をまとめたアサヒの言葉に皆が賛同。 


「よし! それじゃあ、作戦会議終わり! 自由時間だが、できれば仲間たちといる時間にしてくれ!」


「「りょうかーい!」」


 こうして作戦会議が終わり、お開きになるが、誰も仲間から離れようとはしない。

 

「……あ、そういえば、足りない日用品があったんだった」


「じゃあ、僕も行くよ」


「あ、私フォネスさんに店番頼まれてたんだったわぁ」


「え! じゃあ僕も――」


「いいえ、いつも頑張ってるんだから、今日は代わるわぁ。行っておいで」


「そう? ありがとう!」


「んじゃ! 俺はユウと一緒にいるぜ! ユウをひとりぼっちにはさせられないからなぁ!」


「私はどうしましょうか。あわわわ……ショッピングも捨てがたいし、お店の中で話すのも悪くないです……ちらっ、ちらっ」


 同行を頼んでくれと言わんばかりに目配せをするヨヅキ。


 思惑が透けて見えて、反応に困るユウとアサヒ。

 

「お! なら、こっち来てくれよ! ヨヅキもユウと俺とで話そーぜー!」


「そうね、ヨヅキちゃん。こっちにおいでー」


「はーい! ヨヅキちゃん受付締め切りましたぁー!」


 そこに知りもしないマヒルとヒグレがすぐさまヨヅキを誘い、彼女は声をあげて喜んだ。


 ユウとアサヒは安堵して、彼らと別れて中央街へと向かう。


 目的は歯磨剤しまざいの粉と塵紙。

 両方とも、左街から中央街に入ってすぐの雑貨屋にはある。


 だが、すぐに目的地に着くことはなかった。 


「おーい! アサヒ! 頼みたいことがあるんだ! いいかな?」


「あぁ、任せてくれ! なにかあったのか?」


「中央街へ運ぶ積荷が重くて積めないんだ!」


「了解!」


「アサヒさぁーん! 助けてくださぁーい!」


「はいはぁーい!」


「アサヒ! 少しお願いしたいことがあるんだ!」


「どうしました? なんでも聞きますよ!」


「アサヒ!」


「はーい!」


 数歩歩くごとに、彼を求める人の声が絶えなかったのだ。


 だが、嫌な顔一つせず、快諾するアサヒにユウも気持ちを曇ることなく、協力できた。


 手伝った人からも感謝を受けて、充実した時間を過ごせたのだ。


「ごめんなぁ……あっちこっちに引っ張って……」


「気にしないで。僕も手伝えて嬉しいよ。――でも、アサヒもすごいよ。嫌な顔せず、頼み事に向かうもの。しんどくなったりしないの?」


 頼み事と買い物を済ませ、酒場へ帰る最中、アサヒから頭を下げられる。

 ユウが問題ないと伝えても、申し訳ないという思いが表情に出ていて、彼の優しさを感じた。


 だから、ユウはアサヒに原動力の秘訣を問いかける。


「うーん、肉体的にしんどい頼みを受けることはあるけど。頼まれるってことが嬉しいからしんどいとは思わないな」


「すごいね。さすが優しいアサヒ」


「その優しさは、君のおかげでもあるんだよ」


「え?」


 彼らしい答えだが、後付された言葉にユウは疑問が浮かぶ。


「君の昨日、言っていたことだよ。みんながいたから勝利できたって。それと一緒だ。みんながいたから俺も優しくなれたし、頼み事に楽しく思えるようになれたんだ。俺は俺1人でそうなれたわけじゃない。だから、俺をそうさせたみんながすごいんだ」


「……」


 圧巻だった。

 彼の言葉がそうだとしても、自分では到底思い付かない考え方だろう。


 あのとき咄嗟に浮かんだ自信の言葉とは伝わりものがあまりにも違っていた。


「だから、こちらこそすごいよ。ユウも」


「かもね……」


 だからきっと、彼の言葉に促されて、ありきたりな言葉を口にしたのだろう。


 ちゃんとした言葉を探さず、震える心で次なる闘いに、改めて意思を固めた。


 ――絶対に勝つと。決して負けないと。


 * * *


『闘士、入場』


 感情の感じ取れない声に従い、硬い表情で仲間たちと歩き出す。


 姿鏡の如く、歩いて近づいてくるは青色の『特製防具』を来た少女。


 白く長髪だが、前髪の毛先が、赤や青、黄色や緑色に層のような色になっている特徴的な少女だ。

 彼女も見惚れるような人相に似合わぬ剣幕をしており、同じ意思であると手に取るようにわかった。


 異世界に帰りたくないという意思があると。


 だから、無駄な言葉を口にせず、目の前の巨大な四角形の戦場へ向かった。


『これより、人界第4対人界第8の準決勝を始めます』

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