6話 『人界第4の勇者』


 湧き上がる観客と、遅れて喜びに拳を握る人界第4。


「ふざっけんじゃねぇぇえッツ!」


 だが、盛り上がった雰囲気など気にも止めず、ゴウトが激昂する。

 静まり返る空気。敵どころか味方からも白い目を見られていた。


「なんで俺がこんな目に遭わなきゃならねぇんだよッ! 俺はずっとこんな雑魚たちを導いてやってきてんのにッ! こんなまぐれの勝ちで俺の居場所を奪うっていうのか!? ふざけんじゃねぇぞッ! こんなガキみたいなお遊びは辞めだッ! 実力行使で留まらせてもらうぞッ!」


 真剣勝負の決着に泥を塗る逆上。

 謂れのない誹謗中傷を並べ上げ、挙句にはユウへ標的を定めて荒事へと発展させようとした。


 だが、胸ぐらを掴もうとした腕が襟袖に触れた瞬間、光に包まれた。


 そして――、


「ま、待てッ! 待ってくれッ! まだ俺――」


 有無も言わさず、ゴウトは光に消えてしまった。


 元いた場所に戻ったのか。それとも、また別の世界に転移されたのか。


 ユウにはわからない。だけど、ここではない世界に飛ばされてしまったのは確かだ。


『――それでは、敗北した人界第1の皆さんを転移させます。お疲れ様でした』


 彼らも、悲しげな表情を浮かべて、頭上から現れた光の柱に包まれて、見えなくなってゆく。


 その光景を、ユウは黙って見つめていた。

 完全に見えなくなるその時まで――。


「さっきのって……」


「あのゴウトの……恩恵だったよな……!?」


 間違いない。この目で見た。

 ユウが全属性の魔術を振るっていたこと。


 彼の持つ恩恵とは異なる手法で。


 恩恵を使うものには、使用直前にほんの一瞬、極彩色の脈のような模様が浮かび上がる。


 闘士が魔法を使うとき同様に、各々に別の箇所に現れる模様。


 ユウには眉毛の眉尻から、ゴウトは口角から、伸びるように浮かび上がっていた。


 だからこそ、彼らは最後の攻撃に違和感を抱かずにはいられなかった。

 最後のユウに浮かんだ模様は口元で、彼らにはなぜそこに浮かんだのか訳がわからなかった。


 なぜ、彼の恩恵を使えたのかも、皆目見当もつかない。


「お、なんだなんだここにいたのかよ!」


「へ!? え、先輩……!?」


「この人は……?」


 感動と驚愕が入り乱れる2人の頭上から声が聞こえ、見上げた先で男が驚いていた。


「この人俺の仕事の先輩。それでこの『繋石闘戯』を教えてくれた人だ」

 

「やぁ、どうもどうも。しっかし、意外だったぜ。まさか、強盗シーフが勇者に負けるとは、意外だったぜ」


「強盗……? 勇者……?」


「知らないのか? お前ら。恩恵を持つ者は異名があるんだぜ? そんで、人界第1の強盗シーフのゴウトは素行は悪りぃけど、初戦からは1、2を争う強さだと思われてたんだ。だけど、今回の試合は正直肩透かしだし、何も考えずに騒いでた奴らの情報を鵜呑みにするもんじゃねぇな」


「あ、あの……ゴウトが強盗シーフなのはなんとなくわかるんですけど、なんでトモが勇者なんです? あの闘い方はどうみてもそうは思えないんですけど……」


 彼らに付けられた異名に男の友は、先輩へと疑問を投げかける。


「まぁ、この世界の勇者はここのところ、すっげぇ剣を携えて、魔王を倒す才能の塊みたいな奴を指すんだろうけど、異世界人の世界じゃそうでもないんだぜ?」


「へ? じゃあ、そっちの世界の勇者はどんなものなんですか?」


「対する敵と戦うことで経験を積んで、あらゆる力を習得し、数多の力や強い武器へと切り替え、強力な魔物や魔王に技や道具を駆使して戦う存在……かな?」


「……似てるような、似てないようなって感じですね」


「かもなぁ! てか、あの世界に勇者っていんのかよって」


 彼らは一頻り笑い、闘いや闘士のことで駄弁りながら、闘技場を後にした。


 * * *


 ――そうして、彼らもまた闘技場を後にしていた。


「えー、それでは、人界第4、準々決勝勝利を祝して! 乾杯!」


「「かんぱーい!」」


 王国の城が見える中央街――、から外れた左側にある街。

 民家が立ち並び、酒場と宿屋が1つずつあるだけの街に、普段は聞きなれない笑い声が響く。


「よお! リーダー! 俺たち人界第4の王、勇者ユウ! 随分とすんみりやってんねぇ」


「僕はほら、ここで働いているけど、まだ未成年でお酒飲めないし……」


「みんなちょっとやそっとは飲んでるっていいからちょっとくられる……」


「はいはい、未成年に大の大人がだる絡みしてんじゃないよ!」


 仲間の1人、マヒルに絡まれて困惑していたところに助け舟が来る。


 彼の名前はアサヒ。このチームの実質的なリーダーだ。


 赤髪で前髪が逆立った髪型をしている、高身長で筋肉質な青年に。


「とはいえ、俺もそう思うよ。どうしたんだ?」


「いや……勝ったっていう、実感がなくってさ……」


 ユウはコップに入っている果実のジュースを口にする。

 仕草は完全に酒のみのそれだが、気分は晴れず、高揚もしない。


 悩みがある。彼らに打ち明けられない悩みが。

 だからいつも、ありきたりな言い訳をこぼす。


「またそんな言っているのか? 君のおかげといった初戦と同じ顔してさ」


「だってあのときは、闘いに振り回されて、挙句負ける寸前まで行ったんだよ!? しかもあれは、僕というよりみんながいたからこそ掴めた勝てたんだよ……」


 もはや、思い出したくない過去だ。

『恩恵』すら使えず、彼らが奮闘するのを横目見て、何もできずにウロウロしてたときもあった。


 だけど彼らの支えがあって、『恩恵』を発動し、初勝利を掴んだんだ。


「だけど勝てた。ならいいじゃないか。俺たちは完璧なんて求めてない。ここに確かにある居場所を確約する勝利を求めてるんだ。だからお前はちゃんと勝った。俺たちの仲間の1人として、大いに役に立って勝利をもたらしてくれた。それだけは否定するなよ? ははっ! とりあえず、今日は楽しめ!」

 

 身に余る言葉を受け、ようやくユウは暖かくなる胸とともに実感する。


 また、勝てたんだ。みんなで。

 まだ、居られるんだ。みんなと。


 それからは、もうどんちゃん騒ぎだった。

 店を貸し切って、出された沢山の料理にありつき、気付けば深夜を回っていた。


 その頃にはポツポツと人が去っていき、仲間たちも1人1人眠りについてしまっていた。


 酒でカウンターに突っ伏していたり、眠気に抗えず座ったまま、眠りについているものもいた。


「……結局、ここの2人が残るんだよね」


「――そうだな。いつも通りだ」


 ユウとアサヒ。比較的、場を納める側に立つ2人がいつも一番長く起きている。


「フォネスさん。寝具、お借りしますね」


「はぁーい。どうぞぉー」


 そうしていつも通り、眠る仲間を担いで寝室まで運んでいくのだ。


 だけど、ユウには一つ、この上なく楽しい現場に、気掛かりなことがあった。


「ごめんね……フォネスねぇ。ここ最近店の手伝いできなくて……」


 彼の面倒を見てくれる彼女の店を手伝えていないことだった。


「いいんだよ。負けたらここから去らなきゃならない、負けられない闘いに臨んでいるんだよ? むしろ、できることはねぇさんに任せて、あんたはしなきゃいけないことに全力で望みなさいよ。――大切な人を守る、勇者さん?」


 だけど、彼女は気にしない。気にするどころか、表情を曇らせるユウも励ましてくれた。

 

 ユウはなんどもこのフォネスという女性に救われていた。


 髪も肌も白く、長い髪のもみあげを三つ編みにして、優しげな目元には泣きぼくろがある女性に。

  

 顔も体型も少しふっくらとした彼女に、不安をこぼすといつもこうして励ましてくれるのだ。


 異世界から現れたときも、事情を聞けば疑うこともせず、住む場所と食いぶちを与えてくれたのだ。


 今のユウがいるのは、フォネスがいたからと言っても過言ではない。


「……ありがとう。フォネス姉」


「ん! それじゃあ、ユウも早く寝るんだよ。闘いがまたすぐあるんでしょ?」


「うん、おやすみ」


「はい、おやすみ」


 ――闘い。そう、これで終わりではない。

 2日後、準々決勝で勝ち残った者たちとまた闘うことになる。

 

 だけど、ユウは拳を握り1人自室で呟き、誓う。


「絶対に負けない……俺は、人界第4の勇者なのだから……!」


 誰が、どう否定しようたって構わない。

 人界第4のみんなが決めてくれたんだ。

 この街のみんなが賛同してくれたんだ。


 なってやる。人界第4のみんなを、彼らの居場所を守れる勇者になってやると――。

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