いけおじカフェ番外

つきしろ

第1話 桜の頃に

 

「あーめんどくさーい」


 キッチンカーの中で肉に火を入れながら文句が外に出る。呼び込みをしている男が口を慎めと戒めるがキッチンカーの中で拓海はため息を吐く。


 キッチンカーの外では広い公園の中にぱらぱらと桜色が散る。春先の平日ということもあり見える姿は家族連れや学生の姿が多い。キッチンカーの中では割高なこの場所に寄る人は少ない。温かい気候の中、火の近くにいるのは熱い。


 今作っているのが客のためではなく共に働いている呼び込みの男のためだというのだから更にやる気が出ない。喫茶店のマスターはよくいつも同じテンションを維持できるものだ。


 コンビニバイトよりも給料出すから数日だけ手伝ってほしいと古い友人に言われ来た結果、数時間に何組かの客のために決まり切った調理をして後は人目を盗んで煙草を吸う以外やることがない。暇な時間が多いくらいなら安くてもいつもの仕事に行くべきだったかもしれない。


 上を見ながら歩いていく家族連れは客引きの男の言葉に気付くことなく歩いていく。


 観光する側で歩いていたほうがどれだけ面白かったことか。


 ふと呼び込みの男が大きな声を上げ、久しぶりの客かと顔を上げる。


 あ。


 拓海と客の女の声がかぶる。


 この地域では大きな花見スポットであり、地元民も遠方から来る人もこの場所で花見をしていく。だからこそ、普段会っている人間に会う可能性もある。


「なに、拓海の知り合い?」


「あー、莉乃ちゃん。絶っ対ここより他所のほうが安くて美味しいものがあるよ」


「あ、お前なんてこと言うんだ!」


 店員側のやり取りに莉乃は口元を隠して笑う。


「一つください」


 拓海を見ながら首を傾げ注文した莉乃は代金を支払いキッチンカーの横によける。


 客もなく呼び込みの男が莉乃に話しかけようとするのを留めるように莉乃の名を呼んだ。


「今日は一人?」


「はい、お仕事のお休み取って来たので。拓海さんは毎年お店出してるんですか?」


「今回手伝ってるだけ。多分来年からやらないね」


 客引きから文句が飛んでくるが拓海は目も向けず調理の手を止めない。


「はい、莉乃ちゃん。熱いから気をつけて」


「んー、美味しそうですね! ありがとうございます!!」


 渡したホットサンドを両手で大事そうに抱えた莉乃を見送る。誰と合流することもなくおそらく両手で抱えるように持ったホットサンドを齧りながら歩いている。


 手伝いがなければ一緒に散歩するのに。深くため息を吐く。客引きの男がため息を叱りつけるがため息は止まらない。


 来年は絶対に友人の手伝いはしないし、莉乃ちゃんを花見に誘おう。


 遠い予定に拓海のため息は止まらなかった。

 

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