第10話 チーム結成
ベッド脇にある小机の上でスマホのアラームが鳴っている。ベッドから手だけを出して、それを止めた。わたしは無心で、むくりと起き上がる。
さぁ、今日は……月曜日だ!
「うーすけおはよ~」
水槽にエサを入れると、うーすけがヒレをパタパタさせながら土管から出てきた。うなぎは数か月ご飯を食べなくても生きていけるらしいけど、うちのうーすけは毎日食べる。今朝はウネウネしてなんか……テンション高そう。機嫌がいいのかな。
そういえば……うなぎって縁起がいいんだっけ?
これは……いいことある!?
音と一緒に登校し、朝のHRを終えたのが8時50分。あと10分で一限目の授業が始まるけれど、同時に株式市場も始まる。
基本的に学校ではスマホの電源をオフにするので、指値した株価で株が購入できているかどうか、さらに値動きして上がっているか下がっているかは昼休みになるまで確認できず、ソワソワすることしかできない。
あー……やばい。気になりすぎる。
ちらりと時計を見る。10:25。
まだ昼休みまで2時間もあるよ……!
こんな様子で両手を握って祈ったり、頭を抱えたり、脱力したり、まったく集中できない午前中を過ごした。
そして、運命の12:30──4時限目の終わりの鐘がなる。
うぅ……! きたっ……!!
心臓がバクバク鳴り始めた。こんなに緊張するのって、高校受験の合格発表以来かも!
教室から先生が出ていくと、わたし達はさっとお弁当を持って屋上へ移動した。うちの学校は屋上がテニスコートになっていて、フェンスの壁と天井があるため誰でも入ることができる。教室ではあまり騒げないので、屋上へ行こうと事前に話していたのだ。
「じゃあ、見るよ! 見るよ!」
「お願い! 減ってませんように! 増える! 増える!」
神頼みしているのは音だ。蓮ちゃんは冷静なようだけど、ゴクリとつばを飲み込むのが見えた。
スマホの電源をONにして、ほほえみ証券にアクセスする。昨日まで何もなかった「国内株式」の欄は時価評価額が42720円となっており、評価損益は──
「わあっ!!」
画面に表示された「+720円」の文字が、燦然と輝いていた。
「プラスになってるーーー!!」
プラスってことは……!
「こ、これって儲かってるってこと?? だよね??」
「そう!」
蓮ちゃんが力強く答えてくれて、わたしは身体中の緊張が一気に解けて、脱力する。
はあああ……よかったぁぁ……!!
よかったーーー!!!
熊野神社の神様、ありがとうー!!!
「花ちゃん、更新してみて」
「ほぇ?」
蓮ちゃんの言う通り更新して画面を再表示すると、評価損益が+719円に減った。
「あれ!? 減っちゃったよ!?」
「また更新してみて」
また更新してみると、+720円に戻った。
「わ、戻った!」
「こんな風に、秒単位でどんどん値動きしていくんだよ」
「へー!!」
すごい! リアルタイムで株価が動く! これは楽しいかも……!
「プラスってことは、今ウチら達720円儲かったの?」
音が目をキラキラさせて尋ねる。
「ううん、これはまだ『今売ったら720円儲かりますよ』っていう含み益の状態で、利益が確定したわけじゃないんだよ」
「なるほど。これを売らないと儲かったことにはならないのかぁ」
「うん。そして、ゲットした42720円をさらに投資する。こうやってお金を増やしていくの」
わたしは、雪玉がどんどん転がって大きくなっていく様子を想像した。どこまで膨らんでいくんだろう……一瞬意識が桃源郷に行ってしまったが、いやいやそんなにうまくいくはずないと気を引き締める。
「それじゃ、これはいつ売るの?」
「もう少し様子を見ようと思うけど……」
蓮ちゃんが、ふと表情を暗くして、うつむく。
「蓮ちゃん?」
「これで……よかったのかな。もしここで下がっていたら、どうなってたかな」
わたしはハッと息を飲む。
「それは……」
「花ちゃんは、自分からやりたかったわけじゃないよね。私と音ちゃんに付き合って始めてくれたんだよね。私……わかってたんだけど、一緒にやれるのが嬉しくて、聞けなかった……」
蓮ちゃん……わかってたんだ。
「でも、まだ戻れる。ここで売っちゃって終わりにすれば、これ以上減ることはない。たった700円だけど、儲かって終わりにできるよ」
「…………」
「えっ、えっ、やめないよ? ねぇ、やめないよね、花?」
音が焦ってわたしと蓮ちゃんを交互に見る。
わたしは……。
蓮ちゃんの言う通り、はじめは勢い任せだった。今だって株価が下がってたら、正直、絶対後悔してる……やっぱり、やめときゃよかったって思ってる。
でも……今は、ここで「じゃあもう株はやめよう!」という言葉は……言いたくない。
なんでだろう?
わたしは自問自答しながらも、口を開く。
「うん……確かに、最初は勢いだったよ。後悔もした。でも……」
わたしはここ数日の出来事を思い出した。
「株価を調べててさ、マクドル買えるじゃんってウキウキしてたら全然買えなくて撃沈したり。株を初めて注文したときのドキドキとか……ジェットコースターに始めて乗ったみたいな感覚っていうのかな? なんだかんだ、面白かったと思うんだよね」
「……本当?」
「うん。まだ怖いは怖いけど、でも……楽しい気もする。もっと株のこと知りたいって思う!」
わたし達の言葉に、蓮ちゃんは目を潤ませる。
「花ちゃん……」
今度こそ、蓮ちゃんが本当の笑顔を見せてくれた。
「あーよかった!」
音が思いっきり安堵のため息をついて、わたしと蓮ちゃんの肩を引き寄せる。
「花がやめるって言いだしたらどうしようかと思ったよ。やっとこれから! ってトコなのにさ。でもこれで、もう覚悟決まったね!」
「う……まあね」
「だってせっかく始めたんだもん、何かキリのいい金額儲けるまでやめたくないよ」
「キリがいいって……いくらくらい?」
音はうーんと首をひねってから、「1人1万円で、3万円とか?」と言った。
「それは高望みしすぎ!」
「え~? じゃあ、1人3千円で9千円」
「それも高い!」
「えー!? じゃあ1人千円で3千円?」
「まぁ……それなら」
「って、花のハードル低すぎっしょ!」
わたしと音の会話を見ていた蓮ちゃんが、ふふふと笑い出した。
「蓮ちゃん、もっと高みを目指さないとだめかなぁ?」
「ううん、それでいいと思うの。わたし達がやるのは小さなスケールの株だから」
「つまり……ちいさなかぶ?」
ちいさなかぶ。
蓮ちゃんが転校してきた日の朝、ふとよみがえった昔の記憶。
おおきなかぶが抜けなくて、自分はだめなんだと泣いて。
でもちいさなかぶなら、と頑張ったら、なんと抜くことができて。
そのちいさなかぶが、白くてきれいで、キラキラしていた……。
「ちいさなかぶって、『おおきなかぶ』の小さい版みたい。なんかカワイイ♪」
音が楽しそうに言った。『おおきなかぶ』はロシアの民話で、ものすごく大きなかぶを、おじいさんとおばあさんと動物たちが協力して引き抜くというものだ。わたしのイメージにカチッと当てはまる気がした。
「それ、いいね。わたし達がやるのは、ちいさなかぶなんだよ。みんなで協力してさ、ちいさなかぶを抜くの」
「じゃあさいっそ、それチーム名にしちゃう?」
いいかも! 蓮ちゃんも目を輝かせながら頷いている。
「よーし。じゃあ、手だして!」
音が差し出した手のうえに、わたしと蓮ちゃんが順番に乗せた。
「『ちいさなかぶ』ここに結成! みんな、これから頑張っていこーう!」
「「「おーっ!」」」
その日、青空に向かって爽やかなやる気に燃える3人の拳が突き上げられた。
なんか、すごく楽しいことが始まる予感がするよ!
株──世間一般では、株をやる人は「億り人」を目指したりものすごい額の資産を運用したり、「おおきなかぶ」を引き抜こうと日々頑張っているのだろう。
だけど、わたし達は違う。拳くらいの大きさの「ちいさなかぶ」を、3人で一生懸命引き抜くのだ。
わたし達がこれから始めるのは、そんなちいさなかぶの物語です。
【旧Ver.】ちいさなかぶ! つばし @tsubashi84
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