第9話 楽しい街歩き

 日曜日。自由が丘駅の改札で、わたしはほほえみ証券の株アプリを開いていた。「注文照会」のページにはコニシミノルデン420円の注文が表示されており、「執行待ち」と書かれている。


「はぁ……」


 土日で心の準備ができると思ったものの……逆に、猶予が与えられたことで土曜日はドキドキしっぱなしで、疲れちゃった。これなら、いっそ昨日買えちゃったほうがよかったのでは……と思わずにはいられない。

 そんなわけで長く感じた土曜日だったけど、今日はきっとすぐに時間が過ぎるはず! なぜなら……。


「花―!」


 声がして顔をあげると、私服姿の音が走ってきていた。それを目に入れた瞬間、わたしはハッとする。


 ちょ、ちょっと待って。一瞬すごいものが見えたような……。


「おっはにゃりーっす☆」


 いつものハグを仕掛けてくる音の肩を掴んで止め、それを確認する。


「おヘソが出てんじゃん!!」


 音の私服はキャップ帽を始めとして全身スポーティな感じで雰囲気はかっこいいのだが、だぼっとしたTシャツは襟ぐりが大きく開いて高校生にしては育ちのいい胸元が見えてるし、裾が短くておヘソも見えている。さらにパンツも短くて細く伸びた足が眩しい。あ……あかーん! 布面積が少なすぎる!


「こ、高校生がこんなの着てちゃいけません!」

「今日はなるっちが来るからさ、張り切っちった☆」

「見せることを張り切るな!」


 わたしの服装指導にヘラヘラしてまったく応える気がないどころか、腰をフリフリしておヘソをこれでもかと見せてくる。は……破廉恥な奴め!


「花もたまにはおヘソ出してみたら? アガるよ~」

「そんなのできるわけないでしょっ!」


 おヘソなんて、絶対見せられない。ケーキが生きがいな帰宅部女子のお腹がどうなっているか……想像できるものならしてみるがいいっ!

 ちなみにわたしの服は全身CUで、青い小花柄のシャツに白いロングプリーツスカートというそんなお腹と足をカバーできるファッションである。


「ね、なるっちってどんな服着てくるかな~」

「え、そうだな……シンプルで落ち着いた感じ?」

「青とか似合いそー」


 なんて話していたら、改札から蓮ちゃんがやってきた。


「あ、待たせてごめんね……!」

「……!!」


 わたしと音は仰天した。その尖った肩幅に。


 ま、まさかのバブリー!?


 服自体は半そでの青いワンピースなのだけど、肩にパッドが入っていていかめしい。ウエストはキュッとしまっていて、スカートはタイト。これでファー付きの扇子を持って踊ろうものならもう完璧にテレビで見たバブル時代のそれだ。だけど不思議と、本当に不思議なことに……蓮ちゃんは着こなしていた。


「あ、あの……2人とも?」

「なるっち、その服レトロでスゲー……いいね!」

「あ、ありがとう。これお母さんの服なの。わたし服あんまり持ってなくて……お母さんが貸してくれたんだ」


 なるほど、お母さんの服なら頷ける。それにしても蓮ちゃん……いつも想像の超えていき方がすごいよ……。


「2人はすごくおしゃれ……! 音ちゃんはかっこよくて……花ちゃんはふわってしてて可愛い……!」

「蓮ちゃん、音の格好見せすぎだと思わない?」

「え、そうかな。すごく似合ってていいと思う」

「だっしょ~? 似合ってればいいんだよね!」

「そうかなー。ま、じゃあとにかく行こうか」


 そう、今日はわたしと音で蓮ちゃんに自由が丘を案内してあげるのだ。東京・自由が丘といえば、おしゃれな街と素敵なショップが建ち並ぶ人気のお出かけスポット。自由が丘に生まれてこの方17年、自由が丘マスターのわたしとしては腕が鳴ります!




 ひとつめ。

「蓮ちゃん、ここは最近できたばっかりのフルーツサンドイッチの専門店だよ! 見て、最高の萌え断でしょ!?」


 ふたつめ。

「ここは日本のモンブラン発祥のケーキ屋さんなの! あ~、モンブラン食べたい!」


 みっつめ。

「ここはね、パリマタンっていうわたしが一番大好きなケーキ屋さん! パリの朝っていう意味なんだよ。はぁ~パリ行きたい♪」


 よっつめ。

「ここは世界的に有名な紅茶屋さんの日本初の支店! パッケージがおしゃれすぎない!? ここのアフタヌーンティーセット高すぎるんだけど株がうまくいったら絶対来たいよ~!」


 いつつめ。むっつめ。ななつめ……。




「……って、ケーキばっかじゃーんっ!」


 自由が丘を半分ほど歩いたところで、音が吠えた。


「しょうがないじゃん。自由が丘はスイーツ天国なんだから」

「ねぇ、このあとはどうすんの?」

「わたしイチオシのおしゃカフェに行って、ケーキ食べる♪」

「やだ! マクドルで食べてプリクラ撮ってカラオケ行きたい」

「はー!?」


 せっかく素敵な休日なのに、カフェに行かないなんてありえないでしょ! と主張するけど、音は「チーズバーガー食べたい」と言って譲らない。


「それなら、蓮ちゃんに決めてもらおーか!」

「おうよ!」

「……えっ!」


 わたしと音の言い合いを前にオロオロしていた蓮ちゃんが、びくっと震えた。


「蓮ちゃん、どれがいい? カフェ、マクドル、プリクラ、カラオケ!」

「あ……あの……わたし……」


 4つの血走った目を向けられて、蓮ちゃんは子犬のように怯えているが気遣っていられない。さぁ、どれがいいの!?


「わたし……今日、お小遣いが500円しかないの……」


 がくっ。


「ご、500円じゃケーキセットは無理だよ!」

「ごめん、花ちゃん! 本を買いすぎちゃって金欠で……」

「んじゃ、マクドルとプリクラで決まりィ!」


 ふふ~んと上機嫌で歩き出す音を恨めしく睨みつける。

 もー、蓮ちゃんをおしゃれカフェに連れていきたかったのに!





 そんなこんなで時間は過ぎて、もう空は赤みがかっている。わたし達はさっき撮ったプリクラを眺めながら帰り道を歩いていた。


「あっはっは……この音、バケモノみたい」

「花の大口もヤバすぎー!」


 普通の笑顔で写っているのが2つと、やばい変顔のと、変なポーズのと4種類。変顔のやつはありえない顔の音とわたしに囲まれて委縮している蓮ちゃんがいて、見てるだけで自然と口角が上がっていく。

 ふと隣を見たら、蓮ちゃんもプリクラを眺めて微笑んでいた。


「蓮ちゃん、今日は楽しめた?」

「うん、すごく……」


 蓮ちゃんはすこし立ち止まって、続けた。

「……ブックスオフで2人に会ったときは、また高校生活おしまいかと思ったけど……2人のおかげで、こんなに楽しい週末になるなんて……本当にありがとう」


 蓮ちゃんの素直な言葉に、嬉しいような、照れくさいような気持ちになる。音も同じ気持ちのようで、ちょっと鼻を指で触った。


「あの時ブックスオフで会えなかったら、なるっちが実は面白いって知れなかったね!」

「そうそう、株のことも知らずに──」


……株……。


「ああっ!」


わたしが突然叫んだので、蓮ちゃんがびくっとした。


「え、何?」

「株のこと思い出しちゃったぁ。明日のこと考えるとドキドキするから、今日は考えないようにしようって思ってたのにぃ!」

「ご、ごめん! 私が連想させたから……!」

「いや、蓮ちゃんのせいじゃない!」


 音はすっかり忘れていたようで、「そういえば金曜日に注文したんだっけ」とかほざいている。忘れてたんかい!


「ね、いいこと考えた! 最後にさ、明日の成功祈願しねー?」


 祈願? 自由が丘で祈願といえば……。




 自由が丘で祈願と言えば、熊野神社である。入口の鳥居を入ると、蓮ちゃんがほっと一息つく気配がした。


「なんだか涼しいね」

「そうだね、木が多いからかな?」


 手水舎で手を清めてから、本殿のお賽銭箱に5円を入れた。二礼二拍手をして、目を閉じる。わたしは両親の教えで、最初に感謝の言葉を述べてからお願いをするようにしている。今日の感謝の言葉は、これしかない。


 蓮ちゃんという、素敵なお友達と知り合えました。ありがとうございます。

 そして、明日はコニシミノルデンの株が上がりますように……!

 なにとぞ、よろしくお願いしますっ!


 最後に一礼をして顔をあげる。なんとなく晴れやかな気持ちになったようで、音と蓮ちゃんに聞いてみた。


「なんか、スッキリした気がしない?」

「わかる!」

「うん、落ち着いて明日を迎えられそうかも……!」

「そうだね。もうあとは、なるようになれ! って感じ!」


 そして蓮ちゃんを駅まで送って、音とも別れた。


 さて明日は運命の、株式投資ライフ初日──!

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