第7話 株初心者あるある


 この日は寄り道せずに家に帰って、たまっていた宿題を終えた。


「ふぅ……」


 宿題を終えたら、今日することは……株の研究第一弾。最初に買う株の候補選び。

……だけど、その前にリラックスタイムにしよ~っと。いや、ちゃんとやる気はあるけどね? す、少し休むだけなんだから。誤解しないでよね!


 居間に行ってティーバッグの紅茶を淹れ、部屋に戻ってくる。わたしは本棚の前に立って、ずらりと並んだA4のファイルケースの背をなでた。これはわたしが丹精込めて収集&まとめているケーキカタログファイル集。毎年百貨店やケーキショップが出すケーキのカタログを、「2020年」「2021年」など年度別に分けてまとめて保存しているのです。

 わたしの好きなものは「ケーキ」だけど、食べるのはもちろん、鑑賞することは何よりも癒しの効果をもたらしてくれるのだ。


 よし。今日は……2018年クリスマスケーキカタログ! 


 わたしは「2018年」と書かれたファイルを取り出し、中にある冊子を持っていそいそと机に戻った。


 ハァ……この年のクリスマスケーキと言えば。表紙のケーキの美しすぎるデザインに一目惚れして、ぜひこれを注文してもらいたかったんだけど、お母さんに高すぎて却下され……。永遠の憧れとしてわたしの心に君臨し続けている一品なんだよね!

 白いクリームの土台に赤スグリやブルーベリー、五線譜のように固められたチョコレート、チャービルなどが奇跡的なバランスで配置されていて……。ああ、うっとりする美しさだよぅ。


 夢心地で表紙のケーキを見つめていたら、ふと、下の方に配置された「Takatoriya」のロゴが目に入った。


 そういえば……このカタログ、高鳥屋のだ。

 高鳥屋って、株あるのかな?




 居間に移動して、ノートパソコンで「高鳥屋 株」と検索してみる。すると、検索結果に「高鳥屋 2105.5」という文字とグラフが出てきた。


 これが株価……?

 2105円ってこと? へ? なんだ、こんなもんなんだ。もっと1万円とかするのかと思ってた。意外に安いじゃん!


 うーん……他には。あ、マクドルは?


「マクルドナルド、株……っと」


 マクルドナルドも同じように検索すると、4920.0と出てきた。


 ほう、1株4920円か。約5000円もするんだ。

 高鳥屋の倍するけど、でも、予算は9万円だもん。高鳥屋もマクルドも全然余裕!


「えーと、他には他には~?」


 なんか楽しくなってきて、思いついた企業を次々と調べてみる。みずは銀行は2400円。二越伊勢丹は2230円。遊園地の富士キューランド……は、出てこない。株式会社富士キューランドっていう会社がやってるみたいだけど、株式会社なのになんで株価が出てこないんだろう? 不思議だ……。


「あっ! マジカルランドは!?」


 マジカルランドは舞浜にある言わずと知れた夢と魔法の国である。「マジカルランド 株価」と検索すると、株式会社オリエンタルアイランドの株価が出てきた。うん? なんで違うところのが……と思ったけど、どうやらマジカルランドはオリエンタルアイランドっていう会社がやっているらしい。知らなかった。そして、株価は5240円。よしよし、買えるぞ~!


 買いたい会社の名前と株価を、手元のノートにメモしていく。


「高鳥屋、マクドル、オリエンタルアイランド……っと!」


 うふふ。明日、これを2人に提案しようっと!


 うきうきとオリエンタルアイランドの株価のページを見ていると、ふと、値の下に書いてある「最低売買代金 524,000 円 (手数料別)」という表記が目に留まった。


 ん……? 0の数がなんか多いぞ。見間違い……じゃないよね。

 52万4千円……? どういうこと?


「最低売買代金」で検索してみたところ、出てきた結果にわたしは戦慄した。


『株式の購入は100株単位で行われる。実際に株式を購入する際には、表示されている株価に100を掛けた金額が必要となる』


 ……え。


 えーっ!! そんな!!


 株って100株からしか買えないの!?

 そしたらオリエンタルアイランドの株を買うのって50万円も必要なの!?

 じゃ、じゃあ高鳥屋は21万でマクルドナルドも49万円だったってこと!?

 うそーっ!!


「じゃ、じゃあ、任千堂は?」


 任千堂……7150円。つまり70万! 撃沈!


「ひぃぃぃ……え、えーと、ほかには……!」


 わたしは他に知ってる企業はないかと部屋を見回す。すると、この間スカートを買ったCUの紙袋が目に入った。そうだ、CUは!?


 CUの株価を検索してみるも、ヒットしない。調べてみると、クイックリテイリングという会社のブランドだということがわかった。


 へぇ、CUとユルクロって同じ会社のブランドなんだ。知らなかったな。

 株価は……1株34,530!? つまり最低売買代金は300万円ってコト!?

 どっひゃー!!(気絶)


 10万円以下で買える株なんて、あるの……!?


 絶望に打ちひしがれていた時、スマホが震えた。音からのメールだ。「株なに買うか決めた? ウチ、マクルドナルドがいい!」……って。


 音、同じ勘違いしてるよーっ!




 翌朝の教室。わたしと音は地縛霊のごとく悲壮感を漂わせ、蓮ちゃんの前に立っていた。


「なるっち……ウチ、株の世界舐めてた……」

「やっぱり、お金持ちしかできない遊びなんだ……」


 泣きながら蓮ちゃんに「マクドルが50万もするなんて!」「任千堂は60万だよ!?」「CUなんか300万だから!」と訴える。蓮ちゃんは「そうなんだよね」と苦笑しながらも、「でも、大丈夫だよ」と言った。


「え、大丈夫って、何が?」

「10万円以下の株は1000社以上もあるの」

「1000社以上!?」


 そんなにあるの!?


「うん。『10万円以下 株』とかって検索すると出てくるんだけど……例えば出前家は330円、ライサップ、カラオケの鉄也、ヤマタ電機……あと日本電話はNTTCのことで、株価は165円」

「おぉ、全部有名な会社じゃん!」

「それに、ホントに10万円以下だね!」


 びっくりした。ちゃんと探せば、そんなにあるなんて!


「身近にある商品とか、街で見かけたお店とか、どこの会社が作ってるのかな、って調べてみたら意外にいい会社を見つけられたこともあるよ」

「なるほど……!」


 真っ暗闇だった心に、希望が差し込んでくるのを感じる。


「音、わたし達、調査が足りなかったね」

「だね! なるっち。ウチらもうちょっと頑張って探すわ!」

「う、うん……!」


 口座開設が終わるまでに、よさげな会社を見つけなきゃ!


 やる気を胸を燃やしていたわたしは、蓮ちゃんの心配そうにこちらを見つめる視線に気がつかなかった。

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