第6話 波乱の経過報告
「おっはにゃりーっす☆」
今朝もまた、駅で抱きつき魔の被害に遭うところから始まった。
「うーん、今日もバニラのいい匂い♪」
「やめてよ、恥ずかしいなー」
音は実は甘えん坊で、小学生の頃から抱きつく癖があってそれが高校生になっても続いている。いつになったら卒業するんだろう? ったく。
「ね、株のことどうだった!?」
「それがさ、両親はノリノリで。昨日もう申し込みを済ませちゃったんだよ」
「マジで!?」
そうなのだ。お父さんは「釘は熱いうちに打たないと!」とか言って、その日に申し込みをすませてしまった。もうちょっとゆっくりでいいんだよ!? と言いたいけど好意を無駄にできず、申し込みする姿を見守ることしかできなかったの……ふぐぅ。
「すっげー、花のパパって! めっちゃ話のわかる人じゃん!」
「ま、まぁ、それはそうだよね……」
わたしとしては、もう少し躊躇してくれても良かったんだけどと苦笑気味に頷く。すると音は珍しく神妙な顔をして、呟くように言った。
「ウチは親には言えないな。株とか嫌いみたいだから」
「え、そうなの……?」
「うん。未成年口座が親の許可がないと作れないなら、ウチは成人するまで無理だよ。だから……花、チャンスをくれてあんがとね」
そう言った微笑みは寂しげで、音のこんな表情を見るのは初めてだった。わたしが答える前に、いつもの調子を取り戻して「さ、早く学校行って、なるっちに教えてあげよう!」とわたしの手を引っ張っていく。
電車に揺られながら、わたしはうっすら考えた。お父さんとお母さんが、株のことを受け入れて、応援してくれたことはもしかして幸運なことなのかも……と。
学校に着くと、蓮ちゃんは廊下にある生徒用ロッカーの前にいた。
「あ、蓮ちゃん! おはよう!」
わたしが声をかけると、蓮ちゃんの肩がビクッと震え、こちらを振り返る。その表情は固く絶望に満ちた表情で、明らかに様子がおかしい。そしてわたし達に向かって「……ごめんなさい!」と頭を下げると、ピュンと教室に逃げ込んでしまった。それはもう、天敵からスミを吐いて逃げるイカのように、素早く。
「…………」
呆然とそれを見送ってから、音に「ど、どういうこと?」と尋ねた。音は「あっ!」と声をあげる。何やら思い当たることがあったらしい。
「これ、TickTockで見たことある! ネクラ独特の『よくしゃべり その日の晩から 自己嫌悪』ってやつだよ」
そ、それ身に覚えがあるやつー! 陰キャの生態解説の標語になっていたとは。「ケーキが好き」って言ったら「どこのケーキが好き?」って聞かれたから50行分くらい語っちゃって後からドン引きされていたであろうことに気が付いた時の眠れぬ夜を思い出した。やめろ、傷が開く。
「まぁ、ウチに任せておきな」
音はウィンクを決めて教室の扉を開く。任せるって何を? 陽キャに陰キャの不幸を癒せるのか? お前に蓮ちゃんが救えるか!?
教室に入ると、蓮ちゃんは隅っこで壁と向き合っていた。どう見ても挙動不審で、周りのクラスメイト達がヒソヒソと話しながら怪しい目で見ている。
音はまっすぐ蓮ちゃんに近づき、肩にポンと手を置いた。
「なるっち?」
「……ごめんなさい!」
蓮ちゃんは振り向いて、再び謝罪の言葉を口にする。
「昨日会ったばっかりなのに、図々しく自分のことばかり語って……しかも一緒に株をしてくれるなんて、気まで遣わせてしまって……!」
蓮ちゃんは本当に後悔しているみたいで、顔中のパーツをぎゅっと絞って打ち震えている。こりゃだめだ。わたしが助けないと、と思って口を開きかけたその時──
──ドン!
音が蓮ちゃんに壁ドンしていた。
「こっちはやる気まんまんで、もう口座の申し込みだってしたんだよ。いまさら逃げようったってそうはいかないぜ、子猫ちゃん」
音は、わざとらしいイケメン風ボイスで蓮ちゃんに迫っていた。
な、何してんのこいつ??
恥ずかしがり屋の蓮ちゃんに、そんな急に近づいたら逆効果になるに決まってるっつーの!
わたしは慌てて2人の間に割って入る。
「蓮ちゃん大丈夫!?」
──が、蓮ちゃんは顔を真っ赤にさせてめちゃめちゃときめいてる顔をしていた。
アリなんかーい!!
いや、多分壁ドンではなく株の話が嬉しかったんだと思うけど……。そうであってくれ。こんなキモい音にときめかないでね!
「なるっち、わかった? わかったら、もう謝るのはやめだよ!」
「……!! ……!!」
音が今度は言い聞かせるように優しく諭す。蓮ちゃんがこくこくと高速で頷くのを見て満足気に微笑み、音は壁から手を離した。
「んっふふー、1回やってみたかったんだよねー、壁ドン♪」
はぁ……音の奴、少女漫画の影響を受けてるな。ま、結果オーライみたいだからよかったけど。
「そ、そういうわけなの、蓮ちゃん。だから全然気にしないで」
「……私、勝手に思い込んで、恥ずかしい……」
「あはは……そういうこともあるよ」
わたし達の様子を見て、周りで距離を取っていたクラスメイト達が寄ってきてくれた。
「ねぇ、いつの間に鳴戸さんと仲良くなったの?」
昨日鳴戸さんに話しかけていた女の子のうちの1人、中川さんだ。
「あ、昨日たまたまが丘で会ってさ。蓮ちゃんってすごく恥ずかしがり屋さんなんだけど、話してみると、頭良くて色んなこと知ってるし、特に……」
株のことを言いかけて、わたしはハッとした。
あ、株のことはすごく気にしてたし、まだ皆には言わない方がいいかも……!?
「なるっちは株やっ──ムギュ!」
一瞬黙り込んだわたしの後を引き継ぐように、音が「株」と言いかけたのを咄嗟に口をつまんで黙らせた。
「にゃ、にゃにしゅ……」
「あと……笑うと可愛いの。笑顔が……可愛い!」
話をそらそうとして、笑顔が可愛いことを2回言っちゃった。まぁいいか! 実際可愛いし! みんな! 蓮ちゃんってちょっと(だいぶ)変わってるけど、可愛いんです。よろしくね!!
「そ、そうなんだ。鳴戸さん、昨日はいきなり囲んじゃってごめんね」
「あ……ぜんぜん、いいの! 嬉しかった……んだけど、うまく話せなくて」
蓮ちゃんは照れながらも一生懸命話していて、微笑ましい。
「ゆっくり慣れていこうね、蓮ちゃん!」
「うん、改めてよろしくね、鳴戸さん」
「はい……! よろしくお願いします……!」
そう言って蓮ちゃんは中川さんにペコリと頭を下げた。音が「って、アルバイトの新人かよ!」と突っ込んで、わたし達はいっせいに笑いだす。
ほっ。蓮ちゃんのぼっち回避作戦、成功みたいです。
その日から、お昼休みはわたしと音と蓮ちゃんの3人で過ごすことになった。机をくっつけて、お弁当を取り出す。わたしと音はお弁当箱、蓮ちゃんは菓子パン2つだった。
「花ちゃん、音ちゃん、さっきはありがとう……」
「ん、何が?」
「えっと……みんなと仲良くなれるように、取り持ってくれたし……あと、株のことも言わないでくれたよね」
「あ、うん。一応ね」
さっきわたしにほっぺをつままれた音が、むくれて口を尖らせる。
「別に言ったってよくねー? 好きなもの好きで何が悪いの?」
「図太い音とは違うんだよ!」
わたしや蓮ちゃんのように繊細なオタクは、自分が好きなものをバカにされたり、嫌味を言われたらショックで傷ついてしまうものだ。音みたいに「ああん? うっせーな」とは言えないのだ。蓮ちゃんの心を代弁するように音を𠮟りつけていたけど、蓮ちゃんはくい、とわたしの袖を引っ張った。
「え?」
「……でも、音ちゃんの言う通りだと思うの。私も胸を張って好きって言えるように、なりたい……」
「蓮ちゃん……」
「今はまだ怖いから、もう少しみんなと仲良くなれるまで、待ってもらえるかな。その時になったら、自分からみんなに打ち明けられるよう、頑張るから……!」
蓮ちゃんの表情は頼りないけれど、目にはかすかに光が灯っている。
「オッケー☆」
「蓮ちゃん、がんば!」
「うん、ありがとう」
萎れた花が水をもらって少し元気になったような、そんな変化。わたしが思ったよりも、蓮ちゃんって立ち直りが早いのかもしれない。
「ねぇ蓮ちゃん、わたし達はまず何をすればいい?」
わたしはおかずをつつきながら蓮ちゃんに質問してみる。
ともかく株を始めることになっちゃったし、口座が開設されるまでの間できるだけ準備をしておきたいけれど……何をすればいいのかサッパリだ。
蓮ちゃんはぱっと顔を明るくして、「うーん、えっと……」と考え始めた。
「そうだね……じゃあ、最初に買う株はどの会社がいいか、それぞれ調べて持ち寄るのはどうかな」
最初に買う株……!? しょっぱなからめちゃめちゃ重要そうじゃない!?
「音、何か候補ある?」
音は株をやりたがってたから、何か心当たりがあるかも? と思って聞いてみたけど、音は同じようにぽかんとしている。しばらくして、愕然とした様子でわなわな震え始めた。
「やべぇ! 全然ない! 思いつかーん!」
「そ、そっか……」
そりゃそうだよね。昨日まで自分が株式投資するなんて一切考えなかったもん……!
考えてみたら、会社って無限にありすぎりない? 私のお弁当箱も、蓮ちゃんが食べてる菓子パンも、音が飲んでるミルクティーも、この学校そのものも、外を走ってる車も、どれもこれもどこかの会社が携わっている。この膨大な数の中から、どうやって決めたらいいんだろう……?
「蓮ちゃん、どうやって調べたらいいかな?」
「ネットで好きな企業を検索してみたらいいと思うよ。〇〇会社、株価、とかで」
「好きな企業、かぁ……」
好きな企業、好きな企業……。
って、なんだ!? 好きなケーキ屋さんはあるけどケーキ屋さんは会社じゃない……よね? うちみたいな個人経営だし……。
蓮ちゃーん!
好きな企業と言われて、ぱっと思いつく高校生は少ない気がします……!
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