第4話 理性VS欲望
突然放たれた剛速球に反応できず、わたしと音は5秒ほど固まった。
「……あっ、ごめんなさい! つい嬉しくて、話しすぎちゃって……」
「いやいや、いいのいいの! 本当に株が好きなんだね!」
「株を通して社会と繋がるってのエモいわ~」
「音!? まさかの話をしっかり理解している!?」
ここに来て音が超絶理解力を披露するとは。そういえば音は現代文が得意だったっけ……。音が「はいはーい!」と元気よく手を挙げた。
「なるっちはなんで株に興味持ったの?」
「えっとね……」
蓮ちゃんはやや照れながらも話し始めた。もともと読書と勉強以外に趣味がなかったこと。友達付き合いもうまくなく、『ガチ勉』というあだ名で呼ばれてたこと。そんなある日──。
「公共の教科書を読んで、『株ってどうやるんだろう?』って興味を持ったんだ」
そういえば、わたしも高1の頃に授業で習ったっけ。教科書に投資についての記載が載るのは確かわたし達の代が初めてだとか先生が言っていたような。でも、サッと説明されて終わったから、正直あまり覚えていない。蓮ちゃんみたいに、しっかり教科書が身になってる学生がいるなんて……もしわたしが教科書を作っている人だったら、感無量だろうな。日本のどこかにいる教科書を作ってる人! あなたの仕事、この子の人生を変えてますよ!
「それで調べたら、株式投資を疑似体験できるアプリを見つけて。……すごくハマっちゃった」
「へぇ~、そんなのがあるんだ」
「うん。色んな銘柄の情報収集をして、この株は当たるとか下がるとか予想をして株を買うでしょ。それから株が値動きして……やっぱり、狙った通りに利益が出ると嬉しくて。それからは会社について調べたり、株の本を読んだり株漬けなの」
「もしかして、昼はそのアプリ見てたとか?」
音の発言で、お昼の蓮ちゃんの笑顔を思い出した。
「あ……そうなんだ。買った株の利益が膨らんでたから、嬉しくて」
なるほど、そういうことだったのか……。
わたしは手をモミモミさせながら尋ねる。
「ち、ちなみに利益って全部でどのくらい……?」
「ちょこっとだよ、半年で9千円ていど」
9千円! いや全然よくない? 9千円あればケーキが何個買えてカフェにも何回行けることか。
身を乗り出して聞いていた音がさらに質問を続ける。
「でもさ、疑似体験ってことは、利益が出ても実際のお金じゃないんだよね?」
「そうなの。私としてはやっぱり、本当の株をしてみたい! ……ということで、春休みに短気のアルバイトをして3万円貯めたんだ」
「おぉ!?」
「これで本当の株を始めてみようと思っているの……!」
うちの高校はアルバイト禁止だけど、蓮ちゃんの高校はOKだったのか、それとも内緒でやったのか。蓮ちゃんのメガネの奥の瞳が、ギラギラと闘志に燃えている!
いや、というか。
「「株って3万円でできるの!?」」
わたしと音の声がかぶった。だって、株ってお金持ちの大人しかできないものだと思ってたもん! もっと百万とか何千万とか、そういうレベルの。
「もちろんできるよ。元手にするお金はいくらでもいいの。大人は何百万とか、何千万とか投資して『億り人』を目指したりするけど……わたしはそんなのは全然無理だもん」
うん、無理。余裕で無理です。
「ただ3万円だと、利益も数百円くらいにしかならないけど。その分損失も少ないから、初心者は小さなお金から始めたほうがいいって言われてる」
「なるほど……そういう仕組みなんだ」
すると隣の音が蓮ちゃんの両手を自分の手でぎゅっと包み込んで、熱い眼差しで言った。
「なるっち! それならウチも一緒に始めたい!」
えっ!?
「お年玉貯金が4万円あんだ。ウチも同じ3万円で始めるよ」
「音ちゃん……本当……!?」
音の発言を受けて、蓮ちゃんの顔がみるみるうちに赤くなった。会話の内容を聞いていなかったら、告白したのかと思ってしまう光景だ。蓮ちゃん、よかったね……! わたしはなぜか友達の片思いを応援していたような気分になって、おめでとうと心のなかで拍手を贈った。すると、音がくるりと顔をこちらに向ける。
「花もやろう!」
……え。
えーっ! わたし!? わたしですか!?
音は蓮ちゃんから手を離して、自分の頭をポリポリかく。
「いやぁ、だって花は数学が得意じゃん? 花の方が飲み込み早そうだから、一緒に勉強してくれると心強いなーって」
「え、えー……!」
「稼いだお金でケーキいっぱい食べよーよ!」
ケーキ……! その殺し文句には弱いっ。
蓮ちゃんが「花ちゃんはケーキが好きなの?」と聞いて、音が「うん。ケーキオタク。カタログ集めたりしてるんだよ」など答えている。
「花ちゃん、よかったら今度見せてね……!」
「う、うん! それはもちろんだけど……」
「ね、やる気になってきたんじゃない?」
音がニコニコとわたしを見ている……が、わたしの中は大討論会開催中だ。
どうしよう!? 一応、貯金はある。それも高校生にしては恐らく多いほうの、15万円。実家のおにぎり屋を手伝ったらお小遣いをもらえるので、中学生の頃からコツコツ貯めてきてお年玉貯金も合わせて気が付いたらそんな額になっていた。3万円なら出せなくはない。
でも……!
今まではすごいなーって話を聞いてるだけだったけど、自分でやるとなったら……無理じゃない!? 無理無理! 今までふっつーに暮らしてきた平凡な女子高生が突然株を始めるなんて、恐れ多いよ!
でも……。
お金、増えるのかな? なんというか両親からアルバイト代をもらうのはちょっと気兼ねしていたし、音の言う通り、株で稼げるようになったらそれはカッコいいよねぇ……。500円でも稼げたらケーキ代になるし、うまくいったら日頃のケーキ代を株で賄えるようになったりしてして……!?
でも……! 株なんて絶対難しい……。
でも……! お金ホシイ……ケーキ、タベタイ……。
でも……でも……。
わたしの心は理性の欲望の合間で揺れに揺れた。そして最後には──
ケーキ、イッパイ、タベタインジャー!
荒野で爆発と共に5人の欲望戦士たちが駆け出した。
「はーな? どうよどうよ?」
音の問いかけにハッとして、コホンと咳払いをする。
「……やるよ」
「おぉっ、やりぃ!」
「でも、1人じゃできないから! みんなと協力してならその……いいけど!」
「協力……あ、いいこと考えた!」
音がパチンと器用に指を鳴らす。
「3人で3万円ずつ出し合うっつーのはどう? 3万円を1人ずつが運用するより、9万円を3人でやったほうが多く稼げるし、話し合ってできて安心じゃね?」
「ほぉ……それいいかも」
わたし1人じゃ絶対ビビッて進まなそうだし、みんなと一緒なら真剣に取り組むことができそうだ。
蓮ちゃんは? と見ると、がっちり組んだ両手を掲げて、神に祈りをささげていた。パアア……とそこだけ光が差し込んでいるし、白い鳩の幻覚も見える。
「神よ……私は今お迎えされても構いません」
「蓮ちゃん!? お迎えは駄目だよ!?」
音がアッハハハと笑ってテーブルをばしばし叩く。わたしもなんだかおかしくなってきて、音にもたれかかって笑った。
あとで考えると、この時のわたしは一種の高揚感に包まれていたと思う。蓮ちゃんが転校してきて、意外な趣味を知って、笑顔も見せてくれて。音の秘められた野望も知り、新しい挑戦へのスタート! 平凡だった日常で、そんな刺激的なことが始まったら身を任せてしまうのは仕方ないよね?
だから、頭の奥で鳴っている警鐘の音は無意識に聞かぬフリをしていた──。
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