六十一言目 柚木原さんと入場前

 当日、朝の6時。私と柚木原さんは近所のコンビニで朝ご飯を買っていた。取り敢えず菓子パンと幾つかの飲むゼリー、飲み物をかごに入れた私に対して、柚木原さんは躊躇いなくカツサンドとエナドリ数本を放り込み、ついでにホットスナックも幾つか追加する。


「太るよ、柚木原さん」

「完璧美少女の辞書にそんな言葉はないよ。っていうかむしろ咲楽の方が最近お肉ついてきたでしょ?」

「なんで知ってるのさ」

「あはは、そんなの見れば分かるよ。咲楽、2kgも増えちゃったんだもんね?おしりも胸も太ももも……」

「……分かった、止めよう」


 そして私達は朝ご飯を口に入れながら、少し早足で学校の方へ急ぐ。割と周りの冬ヶ丘生もそんな感じ。分実生徒なんかは「ヤバイヤバイ!!」「富士野先輩待たせちまう!!」とトースト咥えて全力疾走。二人共男子なのに。とは言っても私達も集合時間まであと30分。遅れると申し訳ないということで私達はもうちょっとだけスピードを上げた。


◇◇◇


「おはようございます」

「おはよう」


 完璧美少女モードの柚木原さんと教室に入ると、中では十人十色のキャラクター慌ただしく準備に勤しんでいた。尋ねると、今の時間はC組が女子更衣室らしい。私と柚木原さんは荷物を開いた。


「咲楽、鏡ある?」

「あ、ないや。誰かから借りる?」

「良いよ、お互いにやろ」


 そして取り敢えずネットで髪をまとめ、私は前に富士野さん達に教わったみたいなやり方でファウンデーションを塗り、そしてメイクを乗せていく。最初はカラコンもちょっと怖さがあったけど、柚木原さんが入れやすいカラコンを見つけてくれたおかげで慣れてきた。そして私達は仕立部お手製のミクテト衣装の執事服アレンジに身を包む。


「わ、凄いね、柚木原さん」

「うん。この高級感は流石の仕立部だね。5000円なら安い買い物」


 そう言ってくるっと回った柚木原さん。ベストタイプの肩出し執事服に大きなブルーグリーンのツインテールが揺れる。何より本体の顔が良いからか恐ろしいくらいの完成度。「初音ミクだー」と声を掛けると「ミクダヨー」と柚木原さんは手を振った。ちなみに私の衣装は重音テトSVの方のアレンジ。「タトゥー見せれないなー」と思ってたらその部分だけ開けれる匠の配慮。手慣れてるとしか言いようがない。

 そして着替え終わった私達は文化祭実行委員長の富士野さんに代わってクラスの代表を務める、アヤナミレイ姿の更科さんに声を掛ける。


「更科さん、私達何か手伝えることってある?」

「今んところはクラスは上手く回ってるから……馨子の手伝い行ってあげてくんない?文実相当忙しいらしいし」


 そんなことを言いながら廊下の外に目をやった更科さん。何かあるんだろうかとその目線の先に同じく目をやると、「間に合わねえ!!」「うっせ急げ!!」と廊下を全力疾走するタオル一枚のDr.レイシオとダサTアベンチュリン。朝トースト咥えてた生徒だろうなぁ。


「……ね、ヤバそうっしょ?」

「うん。手伝ってくる」

「はい。猫の手も借りたい状況みたいですしね」


 そう言って完璧初音ミクモードの柚木原さんは笑った。

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