咲楽と非日常な学園

「ね、咲楽。宿儺がジャージでわたあめ作ってる」

「ほんとだ。今年の屋台部門はジャンプ統一とは聞いてたけど」


 右を向いても左を向いてもコスプレ集団。なんなら上とか下を見てもたまにコスプレ集団。噂ではYouTube shortなんかで「日本一コミケに近い文化祭」とか呼ばれているとかいないとか。まあ準備期間はメイクとかウィッグ、あと一部の女装勢がシリコンバストを着けるとか、それくらいにとどめておいて、衣装は汚さないように本番まで取っておく、みたいなのも半分くらいはいる。ぶっちゃけどっちでも見てて面白いんだけど。


「あ、柚木原さん。仕立部から連絡来たよ。受け取れるって」

「そっか。そろそろ予約の時間か」


 時計を見ると11時手前。ここから仕立部が使ってる大教室までは大体10分そこら。私達はちょっと急ぎ足で大教室の方まで向かった。ちなみに仕立部というのは文字通りに服とかを仕立てるのを至上命題としてる部活動で、ある意味でこの学校の文化祭をコスプレまみれにした大きな要因。昔は調理部と同じ括りで「家庭科部」として活動してたらしいけど、それぞれ部員数が増えてった結果独立したらしい。今では冬ヶ丘の人気部活動の一角である。


「……んんっ……すいません、衣装を取りに来たんですけど」


 声を作って特設の受付に声を掛けると、パソコンに向かっていたカードキャプターさくらが顔を上げた。


「はい!予約番号の方お願いします!」

「FF478と479です」

「……はい!確認取れました!ミクテトの男装執事服ですね!料金はもう頂いてるのでそのまま持ってっちゃって下さい!氷室君、478と479です!」

「っす」


 そう言って見慣れた人影が衣装の入ったビニールバッグを持ってこちらへ歩いてくる。私は目が合った彼に「お疲れ様」と声を掛けた。


「……あ、もしかして彩花さんっすか?」

「そうそう。お疲れ様、椿樹くん。でも、なんで仕立部に?」

「友達の手伝いっす。「1年はコスプレ禁止だしせめてこれくらいやろうぜ」って」

「なるほど」


 そういえば、規則で1年生だけはコスプレが禁止だと定められていた。理由は確か「1年がやるとまだ雰囲気が分からないからマジで何かあった時大変」みたいな。要は1年の間は空気感を学んで2年からはっちゃけていいというルールなのだ。


「残念。椿樹君のバーヴァン・シー、似合ってたのにね」

「あ、知ってるんすね」

「うん。咲……氷室さんに見せてもらったから」

「そうなんすか。……ぶっちゃけ恥ずかったっすけど、でも楽しかったっす。ところで姉さんは何してます?」

「ふふっ、椿樹君の目の前にいるよ?」


 そう言って笑うと、椿樹君はキョロキョロと周りを見渡し、そしてツインドリルの咲楽を見つけて目を丸くした。


「……凄いっすね」

「そんな驚かなくてもいいでしょ?椿樹」

「……いや、ビックリするよ。しかもタトゥーまで入れて……父さん達良いって言ったの?」

「これシールだよ」

「あ、そっか……」


 そして椿君は少し恥ずかしそうに「来年は俺もこうなるのか……」と頭を掻く。


「じゃあ、そろそろ行くよ。じゃあね、椿樹」

「うん。彩花さんもお疲れ様っす」

「ううん。私は全然」


 そして椿樹君に別れを告げ、教室に戻りながら私は咲楽と仕様書を確認する。


「わ、柚木原さん。ちゃんとノースリーブで袖だけ別だよ」

「ホントだ。ノースリーブのシャツにベスト、それに袖って感じなんだ。ちゃんとタトゥー見える」


 まだ始まってもいないのに、冬ヶ丘高校はどこもかしこも浮かれ模様だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る