五十八言目 富士野さんとお父さん

「はーい!水汲んできたよー!」

「あ、ありがと。富士野さん」

「やー、さっきはマジごめんね……ウチなんかイカれてたわ……」

「まあNTRはね……」


 純愛不足で発狂してたものの、なんとか正気を取り戻した富士野さん。私達は改めて花火の準備を始めた。


「っていうかさ、一つ言いたいんだけど……」

「うん、何となく分かるよ」

「……花火、多くね?」


 そう。多いのである。女子高生三人でやるにはかなり余る物量。ちょっと張り切って、残り少なかったとはいえスーパーに余ってたのを買い占めてきた私もそれなりの要因だろう。でも、間違いなくその理由は柚木原さんが買ってきたやつだ。もう少し真面目に考えれば、ああいうタイプの花火は複数の家族が集まった時にサプライズ的に用意されてると盛り上がるやつであって、決してノリで集まった女子高生の手に負えるものではない。


「これウチらじゃ確定で余るくない?」

「うん。余らないほうがおかしいよね」

「どうする?花火って取っとくもんでも無いっしょ。っていうかウチのは元々余りもんだし」

「まあ、消費しときたいよね。っていうか柚木原さんは?」

「コンビニじゃね?おやつ買うとか言ってたし」

「長期戦を見越してるじゃん」


 私は花火パックを開封しながら言った。マジで柚木原さんの買ってきたやつ、中に想像の1.5倍くらい入ってる。馬鹿の量だ。


「こうして見ると、本当に三人じゃもったいない量だね。富士野さん、誰か呼べたりしない?」

「普通に今日のウチはアテとか無いよ!」

「でも手持ち花火だけで150本越えてるよ?流石に私達じゃ消費しきれないって」

「二人共、なんの話?」


 割と膨らんだレジ袋を両手に戻ってきた柚木原さんに「これ三人じゃ無理じゃない?」と今の話を伝えると、彼女は少し考えて「奥の手、一応あるよ」と答えた。


◇◇◇


「「今日は夕飯いらない」なんて言うからどこへ行くのかと思えば……なるほど、こういうことだったんだな」

「いやあ、花火か。ずいぶんと久々だね」


 三十分ほどして、クーラーボックスを担いだお父さんと柚木原さんのお父さんが姿を現した。柚木原さんの「奥の手」、それこそすなわち、暇な父親を連れてくること。それも「多分来れるでしょ。男の子ってこういうのが好きだし」と適当な感じで。「富士野さんのお父さんも来るの?」と問いかけると、「うん、来れるって!」と富士野さんは明るく答えた。


「さてと、あまり君達の邪魔をする訳にもいかないしね。遊び切れなさそうな分を少し分けてもらったら我々は勝手に遊ばせてもらうよ」

「安心して下さい遥斗さん。バッチリ冷えたの持って来てますから。花火を肴に一杯やりましょう」

「それも乙ですね。こっちもよく燻せた生ハムありますよ」

「それは良い」


 そしてお父さん達は少し離れた場所に折りたたみ椅子を拡げ、簡易テーブルみたいなのにビール缶とタッパーを並べている。もうすっかり飲み仲間らしい。そしてそんな中でもう一人、中折れ帽を被った細身な男の人が姿を現した。


「えっと、馨子がこの辺に……」

「あ、パパ!こっちこっち!」

「ああ、そっちですか」


 富士野さんに「パパ」と呼ばれた、少しラフにワイシャツを着こなす彼はゆったりとした足取りでこっちに向かってくる。そして私と柚木原さんを認識すると、中折れ帽を取って挨拶した。


「初めまして。娘がお世話になっていると聞いています。私は富士野春秋と言います」


 お父さんほどじゃないけど、柚木原さんのお父さんよりは背が高いくらいの富士野さんのお父さん。彼は「お友達のお父様方もいらっしゃると聞いたんだが……」と辺りを見渡す。そして離れたところにお父さんを見つけると、彼は少し驚いたような顔をした。


「……もしかして、丘中出身ですか?」

「ええ。そうですが……って、まさかお前、春秋か?「暗号倶楽部」の」

「やはり昴君でしたか。覚えててくれたんですね、「暗号倶楽部」」

「当たり前だろ。あれな、お前の暗号で担任の悪口言いまくったやつな。あれは傑作だった」


 どうやら、お父さんの中学時代の同級生だったらしい。そして少し観察していると、柚木原さんのお父さんも「もしかして春秋かい?」と富士野さんのお父さんに声を掛ける。どうやらそこも知人関係らしい。そして花火をしに来たはずのお父さん達はそんなもの知ったこっちゃねえと言わんばかりにビールを開け、乾杯した。午後7時半のことだった。


「ね、どういうことか分かる?柚木原さん」

「いや分かんない。馨子は?」

「知らん知らん。急に打ち解けてんの意味分からん」

「じゃあ聞いてみるよ」


 私はお父さん達の方へ駆け寄り、少しお酒の入ったお父さんに尋ねた。


「お父さん、富士野さんのお父さんと知り合い?」

「ああ。中学時代の同級生でな。2、3年で同じクラスだったんだが学年で一番出来るやつだった。何が凄いって、中学で人工言語作ってたんだよ。「暗号倶楽部」って仲間集めてな。それがもうよく出来てるもんだから大流行。それで教師の悪口とか言いまくって禁止にされたんだ。いやあ、あれは楽しかった」

「なるほど。それで、柚木原さんのお父さんは……」

「そうだね、僕と春秋は大学のサークルで一緒だったんだ。と言っても学部は違うからたまに会うくらいだったけどね。残ってるとは聞いたけど、まさか教授までなってるとは」


 要は互いにとっての知人という一番気まずくないタイプの新規メンバーというわけだ。早速お父さん達は椅子に座りながら適当に手持ち花火に火を点け、ビールを飲みながら話に花を咲かせている。柚木原さんは「ね、なんかさ。あっちの方がエモくない?」と私に尋ねた。「そうだね」と相槌を打った。


「なんかさ、女子高生よりも40代のおじさん達の方が楽しそうなのってなんなんだろうね」

「お酒入ってるからじゃね?」

「でもあの調子だとお酒のノリで恋バナ始めるよ。数十年前の続き的な」

「え、ヤバ。聞いてこようかな」

「純愛ジャンキー出てるよ富士野さん」


 取り敢えずおじさんに憧れるよりも目の前の花火を消費しようということで、私は虫除け機能付きのろうそくに火を点けた。

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