馨子と純愛

「うぇーい!」

「うぇいうぇーい」

「うぇーい」


 今日は馨子に誘われて私と馨子と咲楽で花火をやることに。「咲楽以外にも友達が出来た」と報告すると、咲楽はかなり驚いた後に心底安心したような表情を見せた。正直言うとちょっと嫉妬してほしかったのは事実だけど、まあどっちにしろ可愛いのでオッケーということで。


「富士野さん、結構持ってきたね」

「そーそー!家に余ってた分だけじゃ足りなそうだからちょっと買い足したー!」

「私も近所のスーパー行ったんだけどさ、この季節だともう売り切れててあんまり残ってなかったんだよね。取り敢えずありったけ買ってきたんだけど」

「まあ夏休みの土日だしねー。んで柚木原さんは……」

「ずいぶんおっきいの持ってきたね……!」


 にわかに目を輝かせる2人に「すごいでしょ」と私は巾着みたいになってる花火入りのバッグをぶんぶん振り回す。手持ちというよりは打ち上げとか設置するタイプのが詰まってるやつ。


「こういうのはスーパーじゃなくてホームセンターで買うんだよ。昔から父さんに駄々こねてたから詳しいんだ」

「あんまり誇らしい話じゃないけどこういう花火ってすごい興奮するし別に良いや」

「咲楽ってなんやかんやでめちゃめちゃ柚木原さんに甘ない?」

「っていうか、なんで馨子いきなり「花火やらん?」とか言い出したの?」


 尋ねると、馨子は少し切なそうな、しんみりとした顔で口を開いた。ヤバい、地雷踏んだ。そう直感した。


「昨日ね、隣町で花火やってたらしくてさ」

「あ、そうだね。音聞こえたもん」

「そう。そんでウチのインスタでも何人か遊び行っててさ。彼氏と」

「なんかオチ読めた」

「うん、私も読めたかも」

「……そんで昨日は九時半に終わったんだよ、花火大会。でもさ、何故か。何故かだよ?普段は深夜まで適当にちらほら更新が続くのに、その日はピッタリ更新止まって、そしたら今朝、「昨日は彼氏と花火大会♡楽しかった〜♡」みたいな投稿が結構あってね」


 ああ、やっぱり。「柚木原さんが言えることじゃないよ」なんて咲楽には言われそうだけど、私は馨子をヤバい奴だと思う。だって、次に言う事とかどうせ……。


「……「何、純愛を繁殖に堕落させてんの?」って」


 ほら。ここまで来るとエフィリズムのそれ。正直闌と同じくらい


「あーあ!!結局繁殖か!!結局繁殖なんだよ、行き着く先!!「男女の関係♡」なんて誤魔化してるけどあれ「ケダモノの番」じゃん!!愛は理性に勝って然るべきだけど、本能は理性で抑え込んでよ!!純愛と性欲を履き違えんなっての!!利己的遺伝子説様々過ぎ!!」

「過激だね、柚木原さん」

「うん。生徒会でもやってけるよ」

「でも入ったら死にそうだよ」

「それもそっか。っていうか馨子、なんでトップカーストいるの?あいつら遊ぶでしょ?」

「違うの!!玉石混交!!ああいうところのイケイケな感じの子に時々すっごく初心な子が混ざってて!!そういう子が好きな相手について思い悩んだりどうにか振り向いてもらおうとすんのってめちゃめちゃ栄養価高いの!!」

「うわキモ」

「結構ブーメランだよ柚木原さん」


 そしてクロコのスチルみたいな体勢で「そうだよ結局純愛なんて理想論!!私なんてアイデアリストで過ぎないんだっての!!」と嘆く馨子。私は一つ気になって、聞いた。


「ね、馨子のバイブルってさ」

「んなのハッピーシュガーライフに決まってんじゃん!!」

「やっぱり?」

「純真無垢!!天衣無縫!!十全十美!!完璧!!あれまで、今までウチが読んでた「それ」は恋愛なんてものじゃなかったの!!」

「わっ」

「分かる?!!分かるよね柚木原さん!!人は愛のために生きて愛のために死ねるんだよ!!」


 狂気的な笑みを浮かべ、その青い目を最大限に見開いた馨子。彼女はその勢いのままにその細い体で河川敷の草むらに私を押し倒した。咲楽は「わっ、わぁっ……大丈夫かな……」と僅かに頬を赤らめながら手で口を隠す。どうやら開発は順調らしい、じゃなくて。明らかに様子が変。自暴自棄というか、荒んでるというか、錯乱状態というか。まさか、と思って私は尋ねた。


「……NTRにでもあった?」


 馨子は、一瞬我に返ったような顔をする。図星だ。「私インスタ触ると指腐るから代わりに」と咲楽に調べてもらうと、案の定それっぽい投稿が出てきたらしい。いつも馨子と一緒にいるギャルの内、おっぱいがでかい方。更科渚子だった。


「……なぎちゃん」

「更科さん?」

「なぎちゃんねとられたぁ〜〜!!」


 そして情緒不安定な馨子はその場で声を上げて泣き出す。どうやら本当にショックだった、というかさっきの話が渚子のことだったらしい。しかしこういうときに強いのが咲楽。「なら聞いてみよっか」と咲楽は馨子のスマホで素早く渚子にLINEを送った。


「咲楽、なんて送ったの?」

「ううん、普通。「昨日夜連絡取れなかったけどなんかあったん?」って……あ、来た」


 そして咲楽はその返信を確認すると、「わ」と少し驚いたような声を上げた。でも、マジでNTRか?と思って尋ねると、咲楽は首を横に振る。


「良かったね、富士野さん」


 そう言って咲楽が差し出したスマホの画面を確認すると、馨子はぱあっとその顔を最高に明るくした。なんでも、昨晩そこで連絡が途絶えたのは彼氏が突然倒れて救急搬送されたかららしく、渚子はそれに同行して朝まで彼氏に付き添っていたんだとか。今朝の投稿も彼氏が倒れたのを隠そうとしてのことだったらしい。NTRによって極限までマイナスに陥っていた馨子のメンタルは究極とも言えるような純愛パワーによって完全復活。「っっっっっぱ3次元最高っ!!」と海賊王にでもなるのかというくらい拳を天に突き上げている。


「……じゃあ、花火やる?」

「やるー!!」


 どうも、私の周りには変人が多い。

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