十七言目 柚木原さんと髪
柚木原さんは髪が長い。ギリギリ腰に掛かるか掛からないかくらいでふわりさらさらの、女子ならば誰もが一度は憧れる、ハーフアップに編み込んだ茶髪のロングヘア。綺麗だなぁ、と私はときたまこっそり眺めていた。
「柚木原さんの髪ってすごい綺麗だよね」
「……?告白?」
「違うよ?」
「なーんだ」と彼女は少し残念そうに答える。手元にはもはやどうしてそんなの選んじゃったんだと問いかけたくなる感じの知育菓子。「良い子のハンバーガー屋さん」みたいな感じのアレである。「ハンバーガー専門のパン屋さん、ハンベーカー」と手際よく準備するそこには学校の自販機で買ってきたらしい天然水のペットボトルも一緒に並んでいて、超のつく甘党の柚木原さんには中々珍しい光景だった。
「それで、髪の話?」
「うん。柚木原さんって何のシャンプー使ってるの?」
「覚えてない」
「……え?じゃあトリートメントは?」
「分かんない」
「……コンディショナーは?」
「知らない」
知育菓子を作りながら答える柚木原さん。私は渇いた笑いしか出てこなかった。そして少し前の、柚木原さん家に泊まった時や御殿場の温泉を思い出す。確かに柚木原さんは長さの割には髪を洗う時間が短かった気がする、というか短かった。間違いない。「もしかして……」と私は柚木原さんに尋ねた。
「柚木原さんの髪セットしてるのって……?」
「あ、そう。いっつも私がご飯食べてる最中に母さんがやってる」
「じゃあ柚木原さんが髪伸ばしてるのって……」
「うーん、強いて言うなら……切るタイミングを逃し続けてる、かな」
「長くても地毛コスプレ認めてくれないとこたまにあるし、ウィッグは被りにくいし」と柚木原さんは天上の愚痴を吐く。ああ、正気の沙汰じゃない。世の中の乙女たちがどれだけ美髪を維持するために努力していると思っているのだろうか。これだから完璧美少女は、と私は少しだけ妬ましく思いながら水筒のお茶を飲む。柚木原さんはハンバーガーの生地を練りながら「でも」と笑った。
「大丈夫、しばらく切る予定ないから」
「そうなの?」
「うん。だって咲楽、私の髪好きなんでしょ?」
少しビクッとした。
「えっと、なんで……?」
「だって、時々私の髪じっと見てるじゃん。だから好きなのかなって」
「ええっと、それは、その……そうじゃなくて……」
「……じゃあ、咲楽は私の髪嫌い?」
少し顔を近づけて、柚木原さんは私に問い掛ける。顔面パワーと声の暴力で殴りかかってくる柚木原さん。「別にそんなわけじゃ……」と私が負けるまで1秒もなかった。
「じゃあこの点は両思いだね、私と咲楽」
「……?どういうこと?」
「だって私も咲楽の髪好きだもん。ふわっとしたツヤツヤの黒髪、それが短めウルフカット!私大好物なんだ」
そう言ってぱあっと完璧美少女フェイスで笑う柚木原さん。こうなってしまったら私にはもう勝ち目がない。かくして私は柚木原さんには秘密にしてた性癖……髪フェチをバラすことになった。
「わー、ミクちゃんのえっちな画像いっぱいあるー」
「違くて、そういう人の髪の毛の描き方好きなだけで……」
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