柚木原家の人々

 朝11時前。親からは昼過ぎに帰ると連絡があったから、それまでに私は咲楽を帰さないといけない。帰っちゃうのか。……やだなぁ。


「……あー、さっぱりした」

「ごめんね、柚木原さん。シャワーまで借りちゃって」

「ううん、全然」


 ちょっとえっちな目で見ていたのは内緒。あー咲楽の髪の毛すべすべで気持ちよかったなぁ……肌もちもちだったなぁ……。ドライヤーで乾かしたものの、咲楽の綺麗な黒髪はまだほんのりと湿ったまんま。「ちゃんと乾かしてあげなきゃ」とささやく天使と「濡れてるのめっちゃえっちだからほっとこうよ」というそそのかす悪魔が私の周りに浮いている。私は「流石に帰さないとでしょ」と悪魔の側に立って天使を追い払った。


「大丈夫?荷物全部持った?」

「うん。……っていうかどうせ歩いて10分も掛からないし取りに来れば良くない?」

「確かにそうだったわ」

「でしょ?……じゃあ、ばいばい。柚木原さん」

「うん、また月曜」

「ただいま!!」


 玄関で咲楽を見送ろうとしたその時、ガチャンと音を立てて扉が勢いよく開かれる。咲楽は目を丸くし、私は「あ、やっべ」と僅かに冷や汗をかいた。


「あ、どうも……」

「あら!あなたが咲楽ちゃんね?!彩花がいっつも話してる!」

「こら、彩音。グイグイ行きすぎだ。戸惑ってるだろう。……妻がすまないね。僕は柚木原遥斗。彩花の父親だ。いつも娘が世話になってると聞いているよ」

「あ、いえ。こちらこそ柚木原さんには仲良くしてもらっていて……」

「なるほど。君さえ良ければこれからも彩花を……どうした?顔が赤いぞ?」

「……別に、なんでも」


 父さんめ余計なことを言いやがって……。別に咲楽とはそういうのじゃないし……。


「……えっと、失礼しました。柚木原さん、ばいばい」

「うん、また来てよ」

「次は私がいるときにねー!!」

「母さん」


 結局、咲楽の帰りを3人で見送った。


◇◇◇


「なになに彩花!!あんなに可愛い子家に連れ込んじゃって!!もうすっかり隅に置けないんだから!!」


 帰って来るなり荷物をそのへんに放り投げて母さんは私をからかってくる。元々かなりの人気読者モデルだった母さんは大学の同級生だった父さんに一目惚れして猛アタック。その結果見事父さんを勝ち取った強い女である。ちなみに高校では男女問わずに色恋沙汰が耐えなかったという。


「こらこら、彩花も困ってるだろう。そのへんで止めておきなさい」

「そんなこと言ったって、そういう話に全く縁のなかった自慢の美人娘にやっと青春が来たのよ?!気にならない訳ないじゃない!!」

「それは……確かにそうかも知れないが……」


 父さんは長く童貞だった影響かそういう話に強くない。何せ一念発起しての大学デビューで真っ先に読モの彼女を手に入れた男だ。そういう浮ついた話に縁があるタイプではない。


「ああもうどうしましょう今日は赤飯かしら!!」

「やめてって言ってるじゃん母さん……」


 初恋っていうのは、やっぱり大変だ。

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