五言目 柚木原さん家
柚木原さんはお金持ちだ。門から玄関まで10mくらいあるし、高級車とかカッコいいバイクなんかが庭先に並んでいる。
「ほら、上がって上がって」
「おじゃましまーす……」
案内されるままに彼女の後を付いていき、私は玄関で靴を脱ぐ。柚木原さんの家は豪邸と言うよりはモデルルームみたいなオシャレさ、いわば「モダン」といった感じだろうか。
そしてそんなモダンなおしゃれさに似合わない感じで「つーかーれーたー!」と柚木原さんはドタドタと階段を駆け上がる。靴はちゃんと揃えているし手洗いうがいもちゃんと済ませていたが、どっちも若干雑だった。「咲楽早くー!」と私を急かす声がした。
「ここが表向きの私の部屋ね」
「……え表向き?」
「うん。表向き」
「その言葉部屋紹介で使う人初めて見た」
「私が咲楽の初めてかぁ」
「言い方」
「咲楽は初めてが私じゃ不満?」
「ノーコメントで」
「そっかぁ」と柚木原さんは少し不満げに呟くと、その辺に通学カバンを投げ捨てる。彼女の部屋は普段の彼女、いや、完璧美少女の柚木原さんではなく、くだらない方の柚木原さんからは想像できない程に整った、まさしく完璧美少女の部屋。シンプルながら質の良い家具、秩序に包まれた学習机、クローゼットに整列したセンスの良い洋服の数々。
もしかして、完璧美少女の方が本当の柚木原さんなんじゃないか、そう疑ったところで私は彼女の言っていた「表向き」の意味を理解した。
「……本当の部屋、ある?」
「あったりー」
彼女は軽く答えると、レジ袋だけ持って部屋の隅へ歩いていく。私もその後をついて行った。
「ねぇ咲楽、今日親帰ってこないんだけど……」
「もはやセクハラだよ」
そんなことを言いながら、柚木原さんは部屋の隅の少し小さい鍵付き扉を開ける。鍵とパスワードによる二重ロックを解除すると、彼女は「いーよー」と手招きした。
「……お」
「ふふっ、ようこそ。私の部屋へ」
扉の奥は、彼女の手によって魔改造された物置程度の四畳半。ディスプレイ、ゲーミングPC、スイッチ、プレステ5が勢揃い。散らばった漫画も含めて如何にもオタクの理想といった感じの部屋に、やっぱり本当の彼女はくだらない方なんだなと安心した。
「咲楽、実はこんなの買ってきてるんだけどさ」
そう言って柚木原さんはレジ袋の中から特盛りのペヤングやらポテサラやらカニカマやらを取り出す。どうやら彼女の親がいない発言は半分くらい本気だったらしい。明日は……土曜だっけ。
私は「ちょっと待って」と真の柚木原さんの部屋を出て、母親に電話を掛けた」
「……あ、もしもし?お母さん?」
「どうしたの?お友達と寄り道?」
「そうそう。それで今日友達の家泊まってくるから」
「あら、どの子?」
「柚木原さん」
「柚木原さん……あ、あの良い子ね。柚木原さんの評判は私も聞いてるもの。安心したわ。この年で娘に男が出来たのかと……」
「やめてよ、しばらくそんな予定ないし」
「じゃあ、そういうことだから」と私が電話を切ると、真の入口の方から「どうだった?」と目を輝かせてこちらを見ている柚木原さんに気がつく。私が指で丸を作ると、彼女は「やったー!」と万歳した。
「スマブラもマリカーも桃鉄もカービィもマリオも何でも……今日は寝かせないからね?」
「だから言い方……まあ良いけどさ」
早速堅あげポテトを開けている柚木原さんの隣に座り、私はプロコンを受け取る。ソフトはスマブラ。ガチャガチャとキーコンを作っている私の隣で彼女はバリバリとポテチを頬張りながら「ぼっちのゲーテ、ピン曲」みたいなことを言っている。
そして準備をすること数分。
「できたよ」
「お、やろうやろう」
彼女はポテチのカスがついた指を一舐めし、ウェットティッシュで拭き取るとプロコンを構える。かくして私と柚木原さん、もといハンドルネーム「SKURA」と「メジロシブリン」の徹夜スマブラが幕を開けたのだ。
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