四言目 放課後の柚木原さん

 柚木原さんは帰宅部だ。入学当初から彼女の才能目当てであちこちの運動部、文化部、挙げ句の果には生徒会なんかが彼女を引き入れようと水面下で争奪戦を繰り広げているらしい。けれども、入学から1年経った今でも彼女は帰宅部を貫いている。


「起立、気をつけ、礼!」

「はーい、お疲れ様ー。寄り道とかするんじゃないわよー」


 色めき立つ生徒達に一声掛け、先生は教室から出ていく。部活に行こうとする生徒、このあとの遊び場を決めているグループなんかの騒がしい声に教室が包まれる中で、柚木原さんはトントンと私の肩を叩いた。


「妖怪のVOCALOID、三ツ目ミク」

「……」


 私が「今のイマイチだったな……」みたいな反応をすると、柚木原さんは「今のイマイチだったかぁ……」みたいな感じで学習する。けれど何処かにメモしたりとかそういうことをしてるのは見たことないから、毎回適当に思いついたことを言ってるんだろうな、みたいな確信があった。


「……あ、路線変更したゲスの極み乙女、テクノ極み乙女」

「プっ……」


 私が吹き出したのを見て彼女は満足そうにし、「帰ろ」と言った。私は口元を抑えながら頷いた。


◇◇◇


 柚木原さんは本当はおしゃべりだ。周りにいる人が少ないほど、彼女はよく喋るようになる。だから、彼女は帰り道でもわざと人気のない道を通ろうとする。「危なくない?」と聞いたことはあるが、「私結構強いし」と柚木原さんは笑っていた。実際強いのは知っているから何も言えなかった。


「もっと、この穴を愛してよ、だっせ」

(あ、ラビットホール終わった)


 今日はいつもよりも人気がなく、それで余程機嫌が良いのか、鼻歌どころか歌詞付きで一曲歌い終えた柚木原さん。「歌まで上手いんだもんなぁ」なんて考えていると、彼女は「コンビニ寄って良い?」と私に尋ねる。


「ん〜」


 財布を覗く。月始めでつい先日補給されたばかりのそこには野口英世六人と樋口一葉一人が仲良く並んでいる。「良いよ」と答えると、彼女は「やった」と小さくガッツポーズした。


「それでさ、多分美少女ゲーに外患誘致罪が適応されそうなのってミカが初だと思うんだけど……」

「でもトリニティってあくまで学校だから適応されないんじゃない?」

「あ、確かに……っていうか咲楽は待ってても良かったのに」

「ううん、私もおやつ買おうと思って」

「おっけー」


 「私もおやつ買ってこ」なんて言いながら、彼女が真っ先に向かったのはプリペイドカード売り場。そういえば、今推しがピックアップされてる、みたいなことを言っていた気がする。アンチアップルの彼女はグーグルの1万5000のやつを幾つも迷いなく手にとって「親にバレたら怒られるからなぁ」と笑う。じゃあ課金するなよ、というツッコミは心の奥にしまっておいた。


◇◇◇


「……幾ら使ったの?柚木原さん」

「えっと……4万くらい?」

「ブルジョワジーだね」

「マジ?ちょっとフランス革命起こしてくる」


 パンパンに膨らんだレジ袋を持って、私達はコンビニを出た。そんなに買うつもりは無かったのに、柚木原さんの散財に釣られてついつい野口を一人消し飛ばしてしまった。ちなみに柚木原さんは両手にパンパンのレジ袋である。今どきうまい棒を30本単位で売ってる店もまとめ買いしてる人も久々に見た気がする。

 そしてまた人混みの少ない道を「パクツイって10年くらい間あったらバレなそうだよね」みたいなことを話しながら帰路に着く私達。その途中で「あ」と何かを思いついたように柚木原さんは声を出した。


「ねえ、咲楽。私の家こない?」

「柚木原さん家?」

「うん。今日親いないし」


 「その言葉は彼氏に取っときなよ」と言うと、「私少子化に貢献する純潔乙女だから」とからかうように彼女は笑う。断る理由もないし、というわけで私は彼女の家についていくことにした。相変わらず、その道中では「世界史教師のAdo、清時代」みたいなことをずっと言っていた。

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