三言目 休み時間の柚木原さん
柚木原さんは品行方正だ。他の子みたいに休み時間大はしゃぎすることもなく、自分の席で静かに電子書籍を読んでいる。教室の1番後ろの席で、換気のために開けられた窓から吹き込む風がふんわりとその髪をなびかせる様子は絵画さながらだった。
「柚木原さんって何読んでるんだろ……」
「どうせ難しい小説とかじゃない?マジでウチらと次元が違う感じの子だし」
そんなクラスメイトの疑問にお答えすると、彼女が今読んでいるのはでんじゃらすじーさんである。ついでに、ふと行間を味わうかの如くタブレットで口を隠して目を閉じているのは持ち込み禁止のスナック菓子を食べているから。けれど、それを知ってるのも私だけ。「よく隠すなぁ」と思いながら見ていると、彼女は「食べる?」とこっそりポテトチップスの袋を差し出した。まあ、断る理由もないか、と私は1枚摘んで口に放り込む。ガッツリとニンニクが効いたそれに「柚木原さん、すごいの食べてるね」と言うと、彼女は「美味しいでしょ?中々売ってないから買いだめしてるんだ」と笑った。
◇◇◇
お昼休みになると、柚木原さんは私に声を掛けてくる。
「咲楽、屋上行こ」
「いいよ」
お弁当を持って、私達は階段を登って屋上に向かう。その道中でも柚木原さんは「釘バットよりも螺子バッドの方が強そうだよね」とか「私達が英語に苦しめられてるのはご先祖さまがバベルの塔とか作ってたせい」なんてくだらないことを言っている。誰もいないから、少し声が大きい。
「柚木原さんは苦しめられてないじゃん」
「まあそうなんだけどさ。あと、こういう時に「そんなことないよぉ〜」とか言われると死ぬほどムカつくよね」
「結構分かるかも」
そしていつものように閉まっている屋上の扉にたどり着くと、彼女は髪を留めているヘアピンを外し、そして鍵穴に突っ込んでカチャカチャと弄り始める。ほんの10秒もしない内にガチャッと少し大きい音がして、鍵が開いた。何度見ても鮮やかな手際だった。
◇◇◇
「いただきまーす」
「いただきます」
フェンスに寄りかかって、私達はお弁当を広げた。私は伸ばした脚の太ももの上に、そして彼女は胡座をかいたその上に。今日の私のお弁当は豚の角煮。うちの母親特製の甘めの味が白いご飯によく合う。私のお弁当箱を覗き込んだ柚木原さんは「めっちゃ美味そうじゃん」と呟いた。
「ねえ咲楽、一個頂戴。私のも一個あげるからさ」
「交換?良いよ。ちなみに柚木原さんのは?」
「私?これ」
「好きなだけ持ってって」と言いながら彼女が見せた二段のお弁当箱にはパンパンに詰められたトンカツとこれまたぎっしりと詰め込まれた白米。運動部の男子レベルの漢らしいお弁当に私は「相変わらずだね」と笑った。
「……あ、甘めだ。私甘めの角煮好きなんだよね」
「それなら良かった。あと、柚木原さん家のトンカツってめちゃくちゃ分厚いよね」
「当然。肉と人望と男の胸板は厚い方が良いもん」
「私は細マッチョとかの方が好きかなぁ」
「嘘、筋肉好きじゃない人とか初めて見た。人類はみんな豪鬼好きだと……」
「主語大きすぎ」
どうでも良いことを話しながら快晴の下で食べるご飯というのは案外美味しいもので、ゲーム、ツイッター、アニメ、競馬と絶え間なく移り変わる彼女の話は知らない話でも何故か面白い。相変わらず「カインとアベルの話から分かる通り神様はアンチヴィーガン」みたいなことも言ってるけど。
「それでさぁ、馬場差考えたらアモアイよりイクイのJCの方が強いって言ってるのに──」
食べ終えたお弁当を片付け、彼女の力説に耳を傾けていると、屋上の入口の方からガチャッと鳴った扉を開く音。「真面目かよ」と彼女は少し不機嫌そうに呟いた。よくもまあ普段はこの素を隠せているものだなぁと感心さえ覚えた。
「こら!こんなところで何して──」
「ごめんなさい、鍵開いてたから少し気になってしまって……」
「なんだ、柚木原さんだったか。確かに気になるのも分かるが、そういうのを見つけたらすぐ伝えるように」
「はーい」
そう言って引き返していく隣のクラスの担任。圧倒的な完璧美少女力で追い返した柚木原さんに、私は思わず「演技派だ」と呟く。「すごいでしょ」と彼女は笑った。
「休み時間ってあとどれくらい?」
「20分くらいかな。戻るの?」
「戻るわけないじゃん。教室よりこっちの方が居心地良いし」
「そっか」
胡座をかいて目を瞑り、風を感じるように左右に小さく彼女は揺れている。そして、彼女は目を開くと「あ」と小さく呟いた。
「ゴリラ・ゴリラ・ゴリラって実質三次方程式だよね」
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