二言目 授業中の柚木原さん
柚木原さんは勉強が出来る。一応この辺ではそれなりの進学校であるこの学校の定期テストでも毎回学年で1番だし、普通じゃ全然歯が立たない問題だってぱっぱと慣れた手つきで解いてしまう。今だってそう。私がとても日本語で書かれているとは思えない文章に頭を抱えている隣では既に200文字の記述を埋め終えた柚木原さんが問題冊子の余白にらくがきをして遊んでいた。
15分程経って、制限時間終了を告げるタイマーが鳴った。そして間髪入れず、柚木原さんは「みてみて」と親を呼ぶ無邪気な子どものようにトントンと私の肩を叩く。
「メキシコの孫悟空」
「ブフっ……」
「オラ!オラ孫悟空」というセリフと共に描かれた、ポンチョをまとった妙に上手いドラゴンボールの孫悟空のイラスト。才能の不法投棄という言葉が頭に浮かんだ。彼女は私が吹き出すのを見ると満足そうにし、そして先生の指示通りに解答用紙を前に回した。
◇◇◇
前の黒板には、先生がチョークで解説を記している。周りは、それを懸命にノートに写している。いや、その文章のコピー具合は最早「移す」と言っても良いかもしれない。けれど、その一生懸命さにも当然理由がある。学力というのは復習していたり間違い直しをしている時が1番伸びるというのは古今東西よく語られている話だ。
しかし、今の私はそれどころではなかった。
「えっちなオカルト、淫棒論」
「……」
「ハゲたデカルト、テカルト」
「っ……」
「皇帝の詐欺、朕朕詐欺」
「ブっ……!」
隣の柚木原さんからの執拗な妨害で、私は堪えるのに必死なのである。当然の如く満点の彼女は、先生が黒板の方を向きっぱなしで振り返らないのを良いことにずっと私の耳元で囁いている。私のノートを取る手が震えているのを見て楽しげに笑う彼女。柚木原さんはちゃっかりとノートをまとめているのが何とも言えない。
「ごめ……フっ……柚木原さん……ちょっとだけ静かに……」
「……分かった」
どうやら分かってくれたらしい柚木原さんは大人しく乗り出していた身を戻す。これで一安心、そう思ったのもつかの間。何か怪しい雰囲気を感じた私がふと柚木原さんの方を見ると、カバンを漁っている彼女と目が合った。柚木原さんはぱぁっと笑って何かを取り出した。
「じゃじゃーん」
「用意周到……」
彼女が少し得意気に取り出したのは、百均で売っているようなホワイトボードとマーカー。「これで裏紙要らずだね」みたいな顔をして何かを書き込んでいる彼女に私ははぁ、と小さく溜め息を吐いた。少しノートを進めると、彼女はまたトントンと軽く私の肩を叩いた。
「強風オールバックでトライアングル鳴らしてる鳥」
「上手くない?」
「私お絵描き好きなんだ」
本当、柚木原さん何でも出来るな……なんて考えながらふと時計に目をやると、あと20秒もしない内に授業が終わる。彼女もそれを察知したのか、持っていたはずのホワイトボードは既にカバンにしまわれていて、スッと背筋を伸ばして前を向いている。私は消され始めた黒板と割とまだ真っ白なノートを見比べて「あ」と小さく呟く。
「以上で解説は終わり。あとは各自復習すること」
「起立!気をつけ!礼!」
そして先生が教室を出ていくと同時に鳴るチャイム。隣の柚木原さんは教科書を机の中にしまうともう一回、少し申し訳なさそうに私の肩をトントンと叩く。
「……咲楽、これ。……ごめんね」
「あ、ありがと」
そう言って彼女が差し出したのは授業ノート。カラフルな蛍光ペンなんかでまとめられた、分かりやすい彼女お手製のノートだ。申し訳ない感じで、彼女はいつも見せてくれる。
「じゃあ、私トイレ行ってくるから」
少し早足で教室を出ていく彼女の背を見送り、私は小さく溜め息を吐いた。
「……謝るくらいなら止めたら良いのに……」
そんなことを言いながら、「まあ、止めないんだろうな」と何処か悪くない感じで私は彼女のノートを開いた。「プププランドのミステリー、ホシのカービィ」と書かれた切れ端が挟まっていた。
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