第6話第六夜

「来たな…おじゃま虫」


黒井夜見は眼の前の天使なる人物に苦々しい表情を浮かべる。


「おじゃま虫…ですって!それは貴女でしょ!?

いつも私の仕事を邪魔して!

何が目的ですの!?」


天使なる人物も憤慨したような表情を浮かべて黒井夜見と向き合っている。


「標は私のものだ。誰にも手出しはさせない」


「そうはいきませんの!ちゃんと元の場所に戻してあげてください!」


「標よ。元の場所に戻りたいか?

自分に興味のない両親の元へ…

自分を虐げる学校へ…

全員が迫害してくるような街へ…」


黒井夜見の言葉に僕は首を左右に振る。


絶対に戻りたくない。

僕は今ここで夜見と過ごしている方が幸せになれるはずなのだ。


そんな事を直感的に思っていた。


「未成年者ですよ!?親御さんの元へ返さないといけません!

それに貴女と一緒にいると…

悪い影響を受ける…」


「悪い影響?標は私のだからな。

部下や他の駒とはわけが違うのよ」


「貴女にとって?どういうことですか?

何を企んでいます?」


「何も企んでなどいない。私だって時には恋愛をしたい時がある」


「それが…まさか…そこの少年だと!?」


「そういうこと」


「あり得ない!貴女が今まで恋愛をした経験など無いでしょう!?

何を企んでいるか話してください!」


「本当に何も企んでなどいない。初めての恋愛がしたいんだ。

これが最初で最後だとしてもな」


「どうして…そこまで彼に思い入れがあるんですか?」


「それをお前に伝える必要はない」


「そうですが…しかしながら…彼は未成年者で…」


「ネグレクトの親の下に返すのが正解だっていうのか?」


「………それは…」


「お前だって薄々感じているんだろ?


この街に逃げてくるような若者は、やっと居場所を見つけたんだ。

それをお前らが無理矢理に送還して…

その後の彼ら彼女らがどうなったかも知らないだろ?


お前たちはこの街に来る若者に事情を聞きもせずに返すだけ。

どうしてここに逃げてきたのか。

どうして帰りたくないのか。

そんな事情も聞きもせずに無理矢理に返す…


帰った彼ら彼女らがどんな運命を辿るか教えてやろうか?

この街に来ることを禁止された彼ら彼女らは絶望の果に…」



「それ以上は言わないでくださいまし!私だって知っていますわ。

彼ら彼女らがその後どの様な目にあっているのか…


それでもこの街は危険過ぎる。

子供が生きていくには危険すぎるのです。

その様な目に合う前に…

私達は返しているだけなのです…!」


先程までの勢いを失っている天使なる人物を見た黒井夜見は悪魔的に美しい表情を浮かべる。


「だから…本当は分かっているんだろ?

私の保護下に置いておけば危険はない。

それをお前だって理解している。

そうだろ?」


「それは…」


「お前も堕ちて来い。私の下で力を貸してくれ。

正義の心を持っているお前なら私の信念を理解できるはずだ」


「でも…」


「どちらが本物の正義か。頭の良いお前なら理解できるだろ?」


「………」


天使なる人物は完全に沈黙するとそのまま俯いてしまう。

暫くの間、無言の状態が続いていた。

しかしながらバッと顔を上げた天使なる人物は意を決したように


「私に堕天しろと言うのですか…」


黒井夜見はその言葉に静かに頷いていた。

それを確認した天使なる人物はゴクリとつばを飲み込む。

そして…


「私の名前は白井聖しらいひじり。元天使です!」


こうして元天使こと堕天した白井聖が仲間に加わるのであった。




黒井夜見は彼女を歓迎すると僕にしたようにこの家のルールを説明していた。

彼女はそれに了承すると僕らには新たな同居人が増えた。


「それで?貴女達の活動は?」


白井聖は早速何かに取り掛かりたいとでも言うようにやる気の満ちた表情を浮かべている。

しかしながら黒井夜見はそれに苦笑のような表情を浮かべる。


「私はこの街の抑止力よ。直接何かをする機会は少ない。

少ないに越したことはないし街の様子を時々見に行く程度。

私が顔を出せば街の人間だって逃げてきた若者に手を出すことはない。

それに実際に手を出すのは部下たちだけ。

私の役目は抑止よ」


「なるほど…では私と彼の役目は?」


「標は私の。恋愛対象としていつまでも傍にいて欲しいだけ。

聖は…そうね…遊び相手?」


「なんのよ!」


「ん?私達は夜に生きている。

朝までの時間を過ごす仲間が欲しかったのよ…」


「なんて表情するのよ…悪魔の貴女が寂しかったとでも言うつもり?」


白井聖の言葉に夜見は悟ったような笑みで応える。

彼女はそれを何とも言えない表情で受け取っていた。


「分かったわよ。これから夜を一緒に過ごす仲間になればいいのね?」


「あぁ。そうなってくれたら助かるよ。

複数人プレイのゲームの幅も広がるからね」


「ゲーム?」


「そう。私と標は夜の間ゲームをして過ごすことが多いから」


「そう…なんだか思ったより悪じゃないのね…」


「ずっとそう言っているわよ」


「そうね…」


そこで彼女らは視線を逸らすと軽く俯いていた。


「とにかく今日もゲームをして夜に生きましょう」


僕の呑気な言葉を受け取った彼女らは微笑んで頷くと僕らは本日も朝になるまでゲームをして過ごすのであった。



本日より新たな同居人が増えた。

僕ら三人の夜はこれから始まろうとしていた。



いざ、次の夜へ!

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