第4話第四夜

黒井夜見との同棲が決まった日のことだった。

廃ビルに戻ってきた僕と夜見は大広間のリビングで軽い決まりごとのような話をしていた。


「私の部屋には何があっても入らないこと。

覗くこともノックをすることもドアノブに触れることも…

何もかも禁止。

とにかく私の部屋には関わらないで。

許可を出すまで絶対にこれだけは守って?

良いわね?」


夜見は僕に真剣な表情で忠告するようにして言葉を口にする。


「これが守れない場合は…」


夜見は明らかに怖い表情を浮かべて目を細めて僕を射抜くような視線を送ってくる。

それが理解できたので続きの言葉を耳にする前に大きく何度も頷いた。


「そう。分かってくれて嬉しいわ。じゃあ標の部屋に案内するわね」


夜見の後に続いて僕は歩き出す。

彼女は今まで使われずに放置されていた部屋に僕を案内する。


「ここが標の部屋になるから。

今はまだ何も無いから…とりあえず今日はリビングのソファで寝て」


「わかりました。他に決まり事はありますか?」


「うーん。部下たちが時々顔を出すけど。ビビる必要ないからね。

私のだって言って聞かせるから」


「それで…あの怖そうな人達がどうにかなるんですか?」


「当然でしょ?私の命令に逆らうような馬鹿はいないわよ」


「夜見さんって…何者ですか?」


「何者だと思う?」


夜見は挑戦的で悪魔的に美しい笑みを浮かべると僕に問いかける。


「えっと…何でしょう…」


言葉に詰まった僕に夜見は誂うような笑みを浮かべていた。

何処か嬉しそうに見える表情に僕の心は完全に奪われかけていた。

自らを自制するように…

完全に心を奪われないように僕は自らに言って聞かせていた。

それは何故か。

僕がまだ黒井夜見という人間を完全に理解していないからだ。

では何故そんな人物と同棲しようと思ったのか。

それは一重に家に帰りたくない。

そして学校になんてもう行きたくない。

何よりも僕を迫害するような拒絶するようなあの街に戻りたくないのだ。

僕は藁にも縋るような気持ちで黒井夜見の提案に乗っかったのだ。


「それじゃあ夜はこれからってことで。何しようか?」


夜見からの質問に僕はリビングを見渡していた。

最新型のゲーム機やパソコンが複数存在している。

他にも娯楽的な遊具などがいくつも存在していた。


「ここって…皆さんのたまり場でもあるんですか?」


「ん?そんなことないよ。私が一人で暇を潰すように買った物ばかりだよ」


「そうなんですね。一人で…寂しくないですか?」


「そうだね。きっと寂しかったんだと思う。

でも今はもうそんな感情忘れたよ」


「どうしてですか…?」


「それは…が出来たからだよ。

もうあの頃の感情は忘れたよ。

全部標に出会ったことで上書きされたね」


「そう…ですか…光栄です…」


そんな気の利かない言葉しか出てこない自分を少しだけ呪った。

だが僕の引きつった表情を確認したであろう夜見は薄く微笑むだけだった。


「ゲームでもしようか?」


「ですね。良い時間潰しになります」


「何が良い?標が選んでよ」


そうして僕は棚に並んでいるゲームソフトを一つずつ確認していく。

夜見と二人で遊ぶには何が最適か。

そんな事を考えながら僕は今までで一番悩んだことだろう。


「これなんてどうでしょう…」


僕が取り出したのは複数人でプレイするパーティゲームだった。

夜見はそのソフトを目にすると嬉しそうに微笑む。


「良いね。一人でパーティゲームをするのも虚しかったから…

遊んだこと無いんだ。楽しみだよ」


「そうですか…じゃあこれを選んで正解でしたかね…」


「うん。大正解だよ。早速遊ぼう」


そうして僕と夜見は深夜から早朝までパーティゲームをして過ごすのであった。



早朝になり日が昇りだした頃。


「そろそろ休もうか。今日の夜も充実した一日だったね」


「そうですね。夕方頃に起きますね」


「あぁ。私もその頃に起きよう」


「はい。ではおやすみなさい」


「あぁ。おやすみ。それと約束は覚えているね?」


「はい。絶対に何があっても守ります」


「そうか。それなら良い。おやすみ」


夜見は自室に戻っていき僕はソファで横になった。

目を瞑って本日から代わりゆく日常を肌で感じながら…

深い眠りにつくのであった。







…………………。


眠っている間に僕の耳はの声を拾っている。

何処の国の言葉かもわからない複雑な言語が耳を伝い脳内へと流れてくるようだった。


(夢だろうか?)


そんなありきたりな言葉が心と脳内に駆け巡る。

しかしながら何処か恐怖の様な感情が全身に駆け巡る。

身体が硬直したようにまるで動けない。

全身の自由を奪われたような錯覚がした。


(金縛りってやつか?)


そうは思っても眠りの世界にいる僕は目を覚まさない。

ただ金縛りにあっている事実だけが理解できていた。


(目は開けられるとか…指は動かせるとかって聞いたことあるんだけどな…)


呑気にもそんな感想を抱いている自分が可笑しくて仕方がなかった。

どうしてもっと深い恐怖を覚えないのか。

身の危険を感じない自分が変で可笑しかった。


そうこうしていると何かしらの生命体が僕の唇にキスをしているようだと思った。

口の中から魂を吸い取るような…

そんなイメージを僕は勝手に想像していた。

食われてしまう…

このまま魂を奪われてしまう。

そんな事を思っていたが…

僕は別にそれでも構わない。

諦めではなく何者かの為になり糧にでもなるのであれば…

僕は自分の身ぐらい喜んで差し出すだろう。

そう思うほどに僕は自らを大切に思っていないのかもしれない。

自分が好きじゃない。

何処でも上手く馴染めずに逃げてばかりの自分をどうすれば好きになれるというのだろうか。

このまま何者かに喰われてしまうのも悪くないだろう。


そんな事を思っていると…。

金縛りは収まり魂が吸われる様な錯覚も完全に消える。


そしてそこから僕は夕方まで何事もなく眠っているのであった。




「おはよう。良く眠れた?」


目覚めると対面のソファで夜見は僕の姿を眺めていた。


「はい。心地よい眠りでした」


「そう。変わったことはなかった?」


「特に…無いですね」


「そうなんだ。私と同棲していけそう?」


「もちろんです」


「そっか。じゃあ今日からもよろしくね」


「はい。こちらこそ」


夜見は僕を愛おしそうに眺めていたが…

その視線は愛情から来るものだっただろうか。

それとも…愛玩動物を見るような視線だっただろうか。

もしくは…食料を見るような興奮した眼差しだっただろうか。

そんな有りもしない妄想で頭がいっぱいだった僕は洗面所で顔を洗い夜見が用意してくれた歯ブラシで歯を磨く。

完全に目を覚ますと本日も僕らの夜はやってきたのであった。


「早速、標の部屋に必要なものを買いに行くよ」


そうして本日、僕と夜見は大型家具店に向かう予定が決まるのであった。



いざ、今夜へ!

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