第4話 カットーーッ!!
キィーーン! キン! ガン! ガキィィッ!
山道に金属音が幾度も響き渡る。ユーシアが目の前の骸骨に向かって剣を振るっている音だ。
しかしユーシアが繰り出す剣を、魔王四天王シカークの持つ小枝がことごとく弾いてしまう。シカークの魔力が込められているのだろう、その枝は不気味な紫の光を放っている。
ドウッ!
ナージが魔法を放ってユーシアの援護を試みるが、放たれた巨大な光球は小枝によって音もなく真っ二つに割かれてしまう。
「思った通りだ……」
シカークが笑う。いや笑ったように見えたというべきか、彼の顔は骸骨で唇も頬も存在しないのだから。
「勇者といえど未熟な今なら、こんな木の枝一本であしらえる。
魔王様を倒せるほどの力を秘めた聖剣とて、まだ真の力を使いこなせぬ今なら恐るるに足らん!」
シカークが左腕を振るうと、黒い衝撃波が発生してユーシアとナージを襲う。
「グワッ!」
「キャアアァァァッ」
ユーシアとナージは勢いよく数メートル吹っ飛ばされて、木の幹に叩きつけられた。
「こいつは凄い、信じられない技術だ……」
フラフラと立ち上がったユーシアが、血で濡れた口元を腕で拭う。ダメージは深刻なようで足がふらついているが、まだなんとか動けるようだ。
「か、関心してる場合? ヤバいわよこいつ!!」
続いてナージも立ち上がった。彼女もまた、辛うじて戦えるものの、満身創痍といった体だ。
「ああ、ヤバいな。こんな絶妙な力加減、狙ってもそう簡単にできるもんじゃない!」
「え?」
「いいか、今あいつは、俺達をギリギリ戦えるダメージを与えるように調節したんだ。気絶させるでもなく、動けなくするでもなく、五体満足のままなんとか戦えるギリギリのダメージにだ。
しかもそれを一回の攻撃だけで、偶然でこんな真似ができる訳がない!」
「つまりそれは、あたし達をいたぶるつもりってこと?」
「違う! ピンチの演出だ!
ギリギリ戦える状態にダメージに抑える事で、なんとか俺達に絶望的に見える戦いを続けさせ、盛り上げる気なんだ! さぁ、次の攻撃がくるぞ!」
「止めだぁっ!!!」
シカークが再び腕を振るい、先ほどより大きな衝撃波を放つ。ユーシア達は再度吹っ飛ばされて、地面を転がった。
鎧が剥げ、服もはだけ、ユーシアの結わえた髪も解ける。ナージなどは、その豊満な胸が敗れた服から一部覗いている。だが、まだギリギリ乳首までは見えていない。
シカークはゆっくりと歩を進め、二人に近づく。
「ほう、思ったよりしぶといな。流石は勇者といったところか……」
骸骨の纏うローブが、谷から吹き上げる風によってバタバタとはためく。
「いや、凄いなコイツは、想像以上だ……」
ユーシアが剣を支えにして何とか立ち上がる。
「止めと言いつつ、絶妙なダメージ加減でバトルシーンを継続させてる! しかも読者へのサービスシーンまで作り上げるとは、恐れ入った!」
「あ、あたしは冗談じゃないんだけど、こんな恥ずかしい目に遭うのは!」
愚痴をこぼしながら、ナージがユーシアに続いてフラフラと立ち上がった。
「だが、倫理規定には違反していない! この破け具合なら、例えアニメ化したとしてもギリギリ謎の光で隠されないレベルだ!」
ユーシアが目を皿のようにしてナージの胸元を確認し感嘆の声を上げるが、ナージはそんな彼女を睨みつけている。
「だから、そういう問題じゃないんだってば!
で、そんなことより、どーするのよユーシア? 逆立ちしたって勝てそうにないんだけど」
「まぁ、焦るなよナージ、こういう時は大抵……」
ユーシアがそれを言い終わる前に、二筋の光の矢がシカークを襲う。
ドドンッ!
激しい音と共に光の矢はシカークの顔に当たり破裂した。
「ご無事ですか勇者殿!」
その声と共にユーシアに駆け寄ったのは、神官戦士ゴートだった。
「おお、なるほど、あんたが助けに来てくれるとは……」
ユーシアは、思わぬ救援の到来に顔をほころばせたが……。
「ふふふ、まだ仲間が潜んでおったか」
シカークは顔を爆破されたというのに、何らダメージを負っている様子がなかった。
「勇者殿の命を狙う物が山に向かったと聞き、無理を承知ではせ参じましたが……、なるほど、これは腹をくくらねばなりませぬな」
ゴートは続けて魔法を放つべく、ユーシア達の前に立つと両腕をシカークに向かって突き出した。
「無駄だ! 貴様程度の魔法など、この私に傷一つ付けられぬわ!」
シカークは物凄い速度で突進するが、台詞を吐き終わるまでの間を置いたので一瞬タイミングが遅かった。
「サンライトボール!!」
ゴートの両手から眩い光が放たれる。周囲の木々も、山もゴート放った光で白く染まる……、それは目潰しの魔法であった。
「グオ……」
さしものシカークも手で顔を覆い、一瞬動きを止める。
「うわっ!」
「眩しい!!」
ユーシアとナージも眼が眩んで、腕で顔を覆ている。
「勇者殿ご無礼!」
ゴートはこの一瞬の隙を突いて、ユーシアとナージを崖下の川に向かって突き落とした。
「まてゴート! 水落ちは逃走経路として鉄板だが、俺は高所恐怖症なんだぁぁぁっ!」
突き落とされたユーシアの醜い悲鳴が谷に響く。
「文句はヴァルハラにて伺いましょう勇者殿。もっとも、それは数十年は先の事となりましょうが……」
ユーシア達が川に落ちるのを見下ろしながら、ゴートは満足げに微笑んでいた。
「おのれザコが!」
ドドドドオオオオォォォォン
続いて勇敢な神官戦士の姿は爆炎の中へと消え、谷全体を揺らすように轟音が響き割った……。
* * *
「気が付いたユーシア?」
ナージの隣のベッドでユーシアが目を覚ますと、そこは知らない建物の中だった。ユーシア達が寝かされていた豪華な部屋は、宗教色の強い美術品が並んでいることから教会の中であると推測できる。
「ナージここは?」
「分からないわ、あたしも目が覚めたばかりなの……ゴートさんのおかげで、なんとか助かったわね、あたし達」
ゴートの最期を思い出したのか、ナージは目に涙を浮かべている。
「ああ、そうだな、あいつのおかげだな……しかし」
が、ユーシアの顔は悲しんでいるふうではなく、どこか複雑だ。
「あれでいいのかね、ゴートさんの扱いは……」
「え?」
「だってさ、典型的なお涙頂戴のパターンじゃないか。
そら直接命を助けられた俺達としては、ゴートさんに感謝感激だよ。でも読者にとってゴートさんって、一話前に出てきたぽっと出のキャラに過ぎないんだ。あの人が死んだところで、最後の散りざまのカッコよさだけは印象に残るけど、それもすぐに消えちまう。
だいたい、メインキャラクターには据えにくい親父キャラを手っ取り早く退場させて、見せ場に変える手法って、なんかその場限りの悲劇的演出のためにキャラを使い捨てにしてるみたいで、気分が悪いんだよ俺は」
「いや、そこは素直に感動しておけばいいんじゃない?」
「感動っていってもなぁ……。俺達はすぐに冒険を再開して、ゴートさんの事なんてなかったようにストーリーが展開していく事になるんだぜ、これから。
再びゴートさんを思い出す事があるとしても、シカークとの再戦前後に一度きりだろうよ」
「そうね、普通だったら遺族にゴートさんの死を知らせて、そこで在りし日の故人の偲んで涙するものだものね」
「たった一~二話しか登場しなかった、それも一話限りの演出を盛り上げるためだけに死んだキャラの過去を振り返っても、この小説にとってプラスにならないからなぁ……、報われないよなゴートさんもさ。
……ところでユーシア、川から俺達を助けたのは誰だと思う?」
「え?」
「いや、俺達を助けた奴が次の仲間になる可能性もあるのかなと思ってさ。
ここは教会のようだし、例えば神官戦士だったゴートさんの娘とかが仲間になりそうな展開じゃないか?」
「ああ、確かにお父さんの因縁ができたし、登場するには絶好の機会よね。
でも、ちょっとタイミングが良すぎるというか、話のテンポが早すぎて不自然じゃないかしら?」
「それに気づく読者をメインターゲット層に据えていないと思うよ、ライトノベル業界は。TVの大人向け番組とかでも、実は中学生に分かる程度の難しさに調節して作るそうだし、何もそれは特別な事じゃない。本当に頭のいい人なんて、殆どの娯楽メディアがその対象外にしている筈だよ多分」
「それって、読んでる人を滅茶苦茶馬鹿にしてるって事になるんじゃないの?」
ガチャ!
その時、突然ドアが開き一人の見覚えのあるふくよかな……いやむしろ、ふくよかすぎる少女が入って来た。
「勇者よ、盗賊から助けてもらった恩はこれで返したぞよ! 先日の無礼は特別に許してやるから、これからはこのプーリー=ギューン伯爵令嬢に仕えるのじゃ!」
相変わらず無駄に豪華なドレスをはためかせ、プーリーは二人の前で胸を張ってみせた……いや、腹を突き出してみせたのかもしれない。
『チェンジで!』
二人は同時に叫んでベッドから飛び起きると、呆気にとられるプーリーの脇をすり抜けて部屋の外に向かって全力疾走をしていた。
* * *
「ギューン伯爵家が教会と癒着していたなんて、知らなかったよ。せっかく期待してたのに……。
もしかするとゴートさんもギューン家の食客だったのかもな。あの人、装備が結構良かったし……」
街道を歩きながら、ユーシアがボヤく。
「で、これからどうするの? 今のあたし達じゃ敵わない相手がもう出て来ちゃったわよ」
ナージは、新調した鎧と服にまだ馴染めないらしく、自分の体のあちこちを確認しながら歩いている。
「ま、俺がパワーアップするってのが定番だけど、納得はいかないなぁ。
最初からチート能力を授かることで、そういう面倒なイベントをすっ飛ばして無双するストーリーじゃなかったのかよ? 時間が掛かる割に、そこまで盛り上がるパートじゃないだろあんなシーンは。
だいたい修行とか、真なる力に目覚めるための試練とか、俺が苦労をするだけの話じゃないか!」
「でも、そういうシーンもないとワンパターンになっちゃうんじゃない? 適度なタイミングでパワーアップイベントはあって然るべきだと思うけど? 苦労や努力もせずに力を手に入れる事を蛇蝎の様に嫌う人もいるしさ」
「強敵が現れてその都度パワーアップってのも、使い古されたパターンだけどな。
それに、苦労や努力してない奴は何も手に入れるなっていう奴に限って、無駄に苦労や努力をしょいこむんだ。世の中、苦労せずに儲けた例なんて沢山あるんだぜ。別にいいじゃねぇか、自分にだってそういう事が起きるかもしれないんだし。
ああ、しかも四天王か……、多少の紆余曲折はあるにせよ、順に倒していくストーリー展開になるんだろうな」
「そうね、それが定番よね」
「じゃあ、もうカットしちまおうぜ、もっと展開が進むまで」
「ええええ?! これからって盛り上がるって時にカット?! バトルシーンこそ、こういう作品の見せ場じゃないの?」
「いやいや、次から次へと新しい敵キャラクターを登場させて、その度にバトルシーンを何度も何度も飽きずに繰り返す描写なんて、この作品ではイチイチやってられないよ。何十年も前から少年誌が手を変え品を変えて擦り続けてきたパターンじゃないか、そんなの!
カットだカット、大幅カットだ……、という訳で読者のみなさーーん、ストーリーが進展したら、また会いましょう。
またねー! バイバイ! 四話はこれで終わりだよーーん!」
ユーシアはそのまま強引に、撮影していたカメラを止めてしまった。
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