第5話 パワーインフレ
黒騎士の魔剣と、白い鎧を纏ったユーシアの聖剣が音もなく交差する。すれ違うように剣を交えた二人は、互いに背を向けたまま剣を構えて静かに立ち尽くしていたが、先に膝を折ったのはユーシアの方であった。
「ふふ、勇者ユーシアか……魔王様の片腕、十魔族最強を誇るこのラスマエンを倒すとは……見事……」
が、次の瞬間、胸を裂かれた黒騎士がうつ伏せにゆっくりと倒れていく。そして、彼の大きな身体が崩れると共に、その後ろに佇んでいた巨大な城の姿が露わとなる。
そう、あれこそがユーシア達の目指していた魔王マーロウの居城であった。
「ユーシア、大丈夫?」
ナージがユーシアに駆け寄り、その腕の傷を魔法で治療している。
「ありがとう、このくらい大丈夫だよナージ。
それにしても、長かったなここまで来るのは……」
ユーシアは感慨深く城を見上げた。
「魔王四天王を倒したと思ったら、裏四天王。裏四天王を倒したと思ったら、魔王親衛隊十魔族だものね。
いったい、どんだけ手駒を隠してるのよ。ユーシアの言う通り大幅カットしといて正解ったわ」
治療を終えたナージが腰に手を当て、ユーシアに続くようにして魔王の城を見上げた。夕日に染まるその城は、まだ遠くにあるというのに立ち上る不気味な波動がここまで伝わってきている。
「どう考えても、連載延長のために強引に追加した敵キャラだよなぁ。
それにしても、奴等が登場する度に”裏四天王こそは四天王の影に隠れて活動する真の実力者! 四天王は所詮表向きの顔に過ぎなかった”だとか、”魔王の勅命でしか動かないという、あの魔王親衛隊が遂に動き出したのか!”とか、どう考えても後付け設定を誤魔化すための言い訳じゃないか。聞いてて恥ずかしくなったよ俺は」
「でも、みんな倒したんだし、あと少しでこの無駄に長かった旅も終りね」
「そうだな、今日はもう疲れたし、この近くでキャンプする事にしよう」
二人は近くの崖に手頃な洞窟があるのを発見すると、夜営の準備にとりかかった。
* * *
「結局、二人だけでここまできちまったなぁ……」
毛布にくるまって横になったユーシアが呟く。周囲は既に暗く、洞窟内の焚火のみが彼女の顔を照らしている。
「何言ってんのよ、仲間になりたいって人は一杯いたのに、全部断ったのはユーシアじゃない。ユーシアの望んでいた通りパーティに加えても見栄えのする美男子が沢山集まってたのに、なんで仲間にしなかったの?」
隣で寝ていたナージが、ユーシアの方に顔を向けた。
「だってさ、あいつらの俺を見る目が怖かったんだもん。目がマジ過ぎてシャレになんねーよ」
「なぜかユーシアだけ異常なまでにモテてたもんねーー。あたしだって美貌にはちょっと自信あったのに、あれにはショックだったわ」
ナージは拗ねたように、ユーシアの金髪を指で弄る。
「いや、ナージの方が美人だよ。俺がモテたのは、単に主人公補正ってやつさ」
「なによそれ、ずっるーい!」
「何がずるいもんか、俺は元男なんだぜ。中身おっさんなのに、男と付き合ってられるかよ!」
「それなら、なんでナターシャさんは仲間にしなかったの? 凄い美女だったし、転生前は男だったユーシアなら、百合展開は望むところだったんじゃなかったの?」
「あの人Sなんだよ。攻めはともかく受けは無理だって、俺には」
「あたしはむしろ見てみたかったけどな、それ」
「だったら、おまえがやってみるか?」
「え?」
「いや、恋愛要素なしのままで終わるのも味気ないし、おまえが俺の恋人になってしまえば話が早いじゃないか」
「馬鹿いってんじゃないわよ! あたしはノーマルなの! 女同士なんて絶対嫌だからね!」
「俺だって元男なんだし、そこら辺はまからんかな?」
「無理だって言ってるでしょ! 手を出したら本気で殴るからね! もーー」
ナージは自分のカバンを開くと、一冊の本を取り出した。
「溜まってるなら、これ貸してあげる」
「……」
ユーシアに差し出されたそれは、ちょっと過激なBL本であった。
* * *
朝日と共に、一夜を過ごした洞窟から出たユーシアは、大きく背伸びをする。
「さあ! やるぞーー! 魔王を倒すぞーー!」
一方、彼女に続いて洞窟から出てきたナージは、まだ眠そうに目を擦っていた。
「やけに張り切ってるじゃない、ユーシア。一体なにがあったの?」
「前に、転生の時に出会った女神様の事を話したろ。あの時、魔王を倒したら一つだけ願いを叶えてくれると、女神様が約束をしてくれてたんだよ。
今まで何を願うかも思いつかなかったので忘れていたが、昨日やっと叶える望みを思いついたんだ!」
「へぇーー、いいなぁ。何を願うつもりなの?」
「前世の記憶を消して貰うんだ!」
「えええええっ! それって、ユーシアのアイデンティティじゃなかったの?」
「昨夜ナージに貸して貰ったBL本を読んでたら、なんか興奮してきちゃったんだよ俺。前世だったらBLになんて全く興味なかったのにさ。
どうやら、俺自身も気づかぬうちに心の中まで、女性化が進行していたらしい。だからもういっそ邪魔な前世の記憶を消し去って、身も心も女になった方が余程幸せに暮らせると悟ったのさ」
「本当にいいの、それで? ユーシアにとっては、一種の記憶喪失になるようなものだと思うけど」
「もともと前世の記憶なんてない方が自然なんだし、ブラック企業でこき使われた記憶なんて、もう思い出したくもないさ。
それに完全な女になれば、ナージのBL本も気兼ねなく楽しめそうだしな」
「それ、止めといた方がいいわよ」
「え?」
「オナ禁がいいって話があるけど、あれってオナそのものよりも、おかずに使うブツの刺激が強すぎるのが悪いらしいのよ。他にも、甘過ぎるものとか刺激が強すぎるものは体に悪影響があると言われてるわ。
あたしもBL本を持ってるけど、余程ストレスが溜まっている時にしか使わないわよ」
「あーー、それ前世の俺に聞かせてやりたかったぁ。どうりで、あんなに冴えない人生だった訳だよ……」
「前世でどんだけやってたのよ?」
「ま、いいさ、今更そんな事は! どうせ魔王を倒したら、もう前世の事を忘れられるんだから!」
ナージは諦めたかのように肩をすぼめながら、ユーシアは元気に腕を振りながら魔王の城に向かって歩き出した。
* * *
「でっけー城だな、なんだこれ?」
不気味な魔王の居城を見上げて、ユーシアがすっとんきょうな声を上げた。
「ラスボスの城だから一筋縄ではいかないわよね、どんな仕掛けがあるのかしら?」
ナージは腕組みをして首を捻る。
「ああ……それ、だいたいのパターン分かるぜ。一部屋一部屋に番人がいてそれを順に倒して魔王の元に向かうとか、俺達二人を分断して、個々に強敵と戦わせるとか、だいたいそんな感じだな」
「なによそれ、裏四天王や、十魔族の時とやってる事が同じじゃないの!」
「RPGだったらラスダンならではの複雑な迷宮を攻略したり、手強いギミックを解く楽しみもあるけど、小説や漫画じゃそうでもしないと盛り上がらないからね。
けれど今の俺には、敵の望む通りにワンパターンな戦いをこれ以上続ける気はないさ」
ユーシアは、ひときわ高い城の塔を指さした。その塔からは強烈な邪気が発せられ、周囲の空気を歪めていた。
「たぶん、あそこが魔王の部屋だよな……」
ユーシアは黙って掌を、そこに向ける。
「ちょっとユーシア、何をする気?」
「この城を壊して、魔王を引きずり出すんだよ。
今の俺は、四天王編、裏四天王編、十魔族編で何度もパワーアップを繰り返して、大陸の一つや二つ軽く壊せるだけの力があるからな。城の一つや二つどうって事ないよ」
「あたしでさえ、今は島くらいなら粉々にできるもんね」
「典型的な、パワーインフレって奴さ。無計画に次々と強敵を出すものだから、こういう事になる。
もう散々読者からもパワーインフレは詰まらないって言われてんのに、まったく懲りてないよな。
そもそも強い奴が偉い、力さえあればなんでも思いのままって考え方が、石器時代から止まってるんだよ。
転生前の世界じゃ、その発想のまま歴史を積み重ねてきていたけど、いくら科学が発展して力が増したって戦争が絶えず、解決もせず、逆に増大し過ぎた科学力で破滅寸前になってたんだぜ。そのうえ娯楽作品までも”もっと強い力で解決してやろう”って話ばかりなんだから、呆れるよ」
「でも、いいの? 魔王の城そのものを崩壊させるなんて反則だと思うけど?」
「いいの! 俺は一刻も早く前世の記憶を消して女になりたいんだから!」
ズドォッ!
ユーシアの掌から放たれた火球が、一瞬で城の塔を蒸発させてしまった。しかし、塔から放たれていた邪気は、少しも衰えてはいなかった。
「まさか、このわしを城から引きずりだそうとは、思いもよらなかったぞ勇者よ」
顎に豊かな髭を蓄え、恰幅の良い身体を法衣で多い、ヤギの角を額から生やした魔王マーロウは、巨大な漆黒のオーラに身を包んで塔のそびえていた空から舞い降りてきた。
が、それを迎え撃つユーシアは、がっかりしたように肩を落とし、まるでやる気が感じられない。
「なんだよ、魔王との決戦なんてないと思ってたのに。
この小説のパクリ元……じゃなかった、インスパイア元になったフリーゲームなんて、勇者が到着する前に魔王が死んでたってのに!」
「いいじゃない、そんな手抜き展開より、ちゃんとあたし達の手で決着が付けられた方がスッキリするし」
「そうは言うが、今更これ以上バトルシーンを増やしたって、面白くなりようがないよ。もう殆どやり尽くしてネタが枯渇しているんだから。
面倒だし、とっとと終わらせてやる! くらえ先手必勝で最終奥義スーパーウルトラセクシーグレートデリシャスワンダフルスラッシュエーーンド!」
天にかざしたユーシアの聖剣が光り輝き、その光が巨大な剣を形造る。ユーシアはそのまま光の剣を魔王に向かって振り下ろした。
「ふふ……」
ジュオォ……
魔王の体は、その光に呑まれたように一瞬見えたが、片手でその光の剣を受け止めていた。
「この威力、この闇の大陸もろともわしを吹き飛ばすつもりであったか、油断のならぬ」
魔王の掌から黒い炎が立ち昇ると、剣から発せられた聖なる光は霧散し、後には曇天が広がるばかりであった。
「今の確か、不用意に使うと”この世界の形を変えかねない”って言われてたユーシアの奥義だったよね?
あれで倒せないって、どれだけ強さを盛ってるのよ、この魔王は!」
ナージの背には、嫌な汗がにじみ始めていた。
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