第3話 新しい仲間

 洞窟の入り口が輝き魔法陣が浮かび上がったかと思えば、そこに2人の女騎士が光と共に転送されてくる。


「最近では、ゲームに出てくるような便利魔法まで実装されてるから、小説での冒険も便利になったよな」


 ユーシアは、腰に手を当てて空を見上げた。天気はいいし日はまだ高く、このまま旅を続けても問題はなさそうだ。


「ユーシアくらいのものよ、そんな魔法を使えるのは」


 紫の長髪を揺らし、ナージは髪に付いた埃を払っている。ユーシアの金髪も洞窟に潜っている間に少々汚れてしまっているのだが、ガサツな彼女は気にしていない。


「まー、確かにテレポートの魔法があったとしても、なんらかの制限がかかってる事が多いよな。

 誰彼構わず使えたら、いろいろと物語を作るうえで都合が悪くなるし」


「で、ユーシアが旅を急ぐ理由って何?」


「俺をこの世界に転生させた女神様は、俺を勇者にしてやるとは言ったけど、”俺一人が”勇者だとは言ってなかったんだよ」


「それって、ユーシア以外にも勇者がいるってこと?」


「最近では転生者同士でバトルロイヤルさせるような作品もあるし、うかうかしてらんねーんだよ」


「ユーシア以外の勇者なんて、あたしにはどんな人か想像もつかないけど……」


「いくらでも想像がつくだろ、そんなん。

 悪役令嬢に転生して運命をひっくり返すのに翻弄されてる奴とか、強い能力を持ちながら周囲からは評価されず追放の憂き目にあってる奴とか……、特に”追放ざまぁ系”は強敵だな」


「なんで? そもそも能力があるのに周囲から評価されないって、周囲が不自然なまでに人を見る目がないか、本人になんらかの問題があったかの二通りしかないじゃない。

 そんな無茶な設定の勇者なんて読者から呆れられるだけだろうし、恐れる必要なんてないと思うけど」


「前回も少し言ったけど、現代社会の闇に呑まれて劣等感を抱いている読者には”ざまぁ系”が一番効く。なにせ彼等は劣等感に苛まれているせいで”自分は不当に扱われている”と常に感じているからな。

 まさにそのシチュエーションをひっくり返す”ざまぁ系”の主人公は、人気が出るんだ。得られるカタルシスも大きいしな」


「でも、この話の主人公はユーシアなんでしょう?」


「人気が追い抜かれた主人公が脇役に食われる、なーんて事だってあるんだぜ。それに俺なんて、そこまで個性的でもないしな」


「転生前はおっさんだったのに?」


「元おっさんっなんて設定は、あんまストーリーに生かせるものじゃないんだよ」


「そうかしら? 転生前の知識や経験を活かした活躍とか、いろいろできそうだけど?」


「ブラック企業勤めの経験がファンタジー世界で何の役に立つっていうんだよ? そりゃ、苦労は必ず報われて欲しいと願っている読者としては、そういう展開を待ち望んでいるんだろうけど、そんなの考えるのも面倒だし、無理して作ったってネタが長続きする見込みもない。

 ときおり、おっさん知識や、おっさん視点が出てきて読者を喜ばせるくらいのものだよ、俺みたいなキャラクターって。

 だいたい、大人になれば人間は成長するもんだと思ってる人が多いけど、それが間違いなんだ。三つ子の魂百までって言葉があるけど、大人になったって中身はそんなに変わらないよ。だから転生して若返ったところで、そこいらにいる普通の若者と大差ないのさ」


「えええっ?! 大人になったら落ち着きが出るとか、思慮深くなるとか、いろいろあるんじゃないの?」


「老衰で思うように暴れられなくなって、その結果仕方なく大人しくなってるだけさ。大人になっても勉強を続けてれば知識も増えるが、それがイコール思慮深いって事にもならない。

 いい歳こいて、博打から抜け出せない親父もいれば、エッチ大好きなヒヒ爺だっている。

 ちょっとした態度が気に入らないからと、会社でだって学校同様に虐めも発生すれば、セクハラする上司だっているし、歳をくってもオタク趣味が続く奴もいる。出世争いだって、あいつが嫌いだから蹴落とそうとか、そんな話がザラにあるんだぞ。

 そんな連中が若返ってどうなるか想像してみろよ、ほぼなんも変わらねーから。

 それにもう一つ急がなきゃならない大きな理由として、作品のテンポの問題もあるんだ」


「テンポ?」


「だいたいの娯楽作品っていうのは、読者にカタルシスを短いスパンで効率的に与えるのを良しとするんだ。あえて言うなれば、カタルシスを数珠繋ぎにするような展開が理想だな。

 だから物語のテンポを上げて、読者が飽きる前に次のカタルシスを用意しなきゃならないんだ。使いにくい元オッサンって設定に拘るくらいなら、いっそ物語のテンポを早くして、カタルシスをより大量に与えるようにした方がいい。その方が、俺の主人公としての地位だって安泰になるしな」


「でもそれって、安っぽい展開にならない? 物語を深掘りする前に、起承転結を強制的に進ませるようなお話になっちゃうんだから」


「そういう作品が売れるんだから、仕方ないって事になってるみたいだよ。長年同じような作品ばかりが大量生産されてるのに、よく飽きないもんだとは思うけどな。ぶっちゃけ俺は飽き飽きしてるし。

 まぁ、今時のライトノベルなんて使い捨ての娯楽作品って感じだから、食品に例えるなら、いわゆるジャンクフードみたいな商品を目指しているんじゃないかな? 質よりもより過激で刺激的な味をウリにする、みたいな」


「お金のために作品の質を落として、ひたすら刺激的にするってこと? なんか、それこそライトノベルに出てくるガメツイ小悪党みたいな思考ね」


「皮肉なもんだよな、金に眼が眩んだ悪党を退治してカタルシスを得る物語そのものが、金儲けのために使い捨てにされてるんだから。

 さ、物語のテンポのためだ、すぐに次の目的地に出発しようぜ」


 ユーシアはサキュバスの住んでいた洞窟に背を向けて、さっさと歩き出した。



         *      *      *



 スケイプの村は、西の国との境にある村だ。とはいえ、西に抜けるには険しい渓谷を通らばならないため貿易の拠点とはならず、すっかり寂れてしまっている。

 が、あえてユーシアが次に目指した目的地はここだった。


「やっぱ村だよな、田舎育ちの俺達には」


 ユーシアは、額に手を当てて村を一望する。夕日に染まる少し大きな教会がある以外、特に何もない村ではあるが、ユーシアには逆にそれが好ましかった。


「前回で懲りたもんね、町は。この村には宿屋はないみたいだし、今夜は村長さんの家にでも泊めてもらいましょう」


 ナージは村の門番をしていた若者から、村長の家を聞き出しユーシアと共に村の中心に向かって歩き出した。


「これはこれは勇者様、お待ち申し上げておりました」


 出会ったばかりの村長はユーシア達の姿を見ても驚きもせず、まるで最初からここに来ることが分かっていたかのような口ぶりだった。


「待っていた? 俺達がここに来ることを誰から聞いたんだ?」


 ユーシアが首を傾げていると、村長の家の奥から一人の髭の男が現れた。歳の頃は30過ぎといったところだろうか、重鎧に身を包み、大きなメイスを腰に下げている。


「私は神官戦士のゴート。サーイッショの町で勇者様のお供に加えてもらうつもりでしたが一足遅れてまい、仕方なくこの村に先回りして待っていたという訳です。

 これから先の旅には、私の神聖魔法も必要となる筈。是非とも仲間に加えてくだされ」


「うーーん」


 ユーシアは少し考え込んでいたが、明日ゴートの強さを試して判断するという事にして、その場を切り上げてしまった。



         *      *      *



「いい話だと思うけど、ユーシアはあのゴートさんを仲間にしたくないの?」


 村長宅のベッドの上で長い髪をとかしながら、ナージが尋ねる。ユーシアは隣のベッドで髪を解いてうつ伏せに寝転んでいた。

 二人共鎧を外し、服も脱いで、今は下着姿である。ユーシアの豊満なその胸が、ベッドに押し付けられて液体のように形を変えている。


「いや、だってさ、親父キャラだぜ。折角TSまでしてむさ苦しい絵面を避けてるっているってのに、おっさんを仲間にしたら読者が離れるだけだろ。

 次のパーティメンバーも若い女性がベターだし、妥協したとしても若い男だな。

 現実的に考えたらいくら年齢の偏りが不自然だったとしても、勇者パーティは若い美男美女オンリーが無難だ」


「分からないわよ、ゴートさんにも並々ならぬ過去があって、読者を惹きつけられるだけの材料になったりとか……」


「その過去を語るのに何話かかるんだよ? その間に読者が離れちまう。

 言ったろ、こういうお手軽にカタルシスを得るための作品は、テンポが命なんだよ」


「じゃあ、なんでわざわざ実力を測るテストなんてするの?」


「その場で断る言い訳が思いつかなかっただけだよ。

 たぶんあの人、ナージと同じくらいの強さだとは思うんだけど、ぶっ飛ばして諦めさせるしかないよなぁ、やっぱ。

 ……そういやナージは、俺の前で裸になっても平気だよな」


「昔は一緒にお風呂にも入ってたし、今更隠してもしょうがないでしょ」


「小さい頃は、俺が元おっさんだって言っても信じてくれなかったからなナージは。今では俺のメタ話にすら付き合えるようになったけど」


「そういえばユーシアって、自分の体を見て興奮したりするの?」


「以前はそんな事もあったかな。今は、ちょっと複雑な気分になるよ、なまじスタイルがいいだけにさ」


 ユーシアは大きなあくびをすると、枕に顔を埋めてしまった。



         *      *      *



 ドゴンッ!


 鈍い音と共に、ユーシアの拳を受けたゴートが数メートル先の岩に叩きつけられる。彼の自慢の鎧は、腹の部分が拳型に凹んでいる。


「ま、参りました……」


 ゴートの唇は、僅かに血が滲んでいる。


「すまないなゴートさん。その程度の実力では旅に連れてく訳にはいかないよ。

 けれど落ち込まないでくれ。あなたの実力もかなりのものだし、この国を護る事のにその力を役立ててくれ」


 ユーシアはゴートを助け起こし、そのままスケイプの村を後にした。


「最初っから断るつもりだった癖に、やけに綺麗にまとめたわね」


「ああ、でも思ったより強かったよ、あのおっさん。もしかしたら何かの伏線にでもするつもりだったのかな、あのゴートってキャラは?」


 ユーシアとナージは、国境の山道を登る。

 そこは、馬車も通れないような狭い道、しかも踏み外せば谷底に落ちる険しい魔所でもあった。


「見て見て、下の方に川が流れてるわよ」


「見なくても音でわかるってば、高所恐怖症なんだよ俺」


 谷を覗いてはしゃぐナージと違い、ユーシアは細い道の山側をおそるおそる歩いている。谷の方には、一切目を向けようともしない。


ザワザワザワザワ……


 急に風が周囲の木々を揺らし始め、さっきまで晴れていた空がにわかに曇り出す。


「待っていたぞ勇者よ」


 やれやれ今回は良く待っている奴が居るものだと思いながら、ユーシアが声の主を見上げると、それは宙を舞うローブを纏った骸骨だった。

 その目には赤い光が灯っており、不気味な骸骨のモンスターはユーシア達の前にふわりと静かに降り立った。


「我が名は魔王様の四天王が長、シカーク!

 貴様等をここで始末する!」


 ユーシアが剣を抜いて身構えると、何を思ったかシカークは近くの木の枝を折り、それをまるで小さな杖の様に手に持って構えた。

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