第10話 ウロボロス小林くんその後

 自称ウロボロス小林くんのその後であるが、拘置所で俺は召喚者だと喚いていた…と思いきや、帰りたい帰りたいと泣いていたそうな。

 「泣くくらいなら召喚されなければ…って、あれも自分の意思関係ないんだっけ」

 さすがにサルヴァトリーチェも若干可哀想になってきた。ただ、エルデンを悪く言ったのは未だに許せん。

 拘置所に様子を見に行くとエルデンに言うと、念の為ついて行くと言ってくれた。

 「ところでウロボロスって何?」

 元小学校教諭で物知りなエルデンに聞いてみた。

 「ああ、ギリシア神話に出てくる動物だよ。自分のしっぽ咥えて丸くなってる蛇」

 「自分のしっぽ」

 「そう」

 「何で」

 「俺も知らないけど」

 サルヴァトリーチェは、自分のしっぽ追って丸くなって駆け回る仔犬とか仔猫を思い出した。あれか…

 「ともかく行こうか」

 エルデンは苦笑いしながら言った。多分彼も同じ連想してるんだろうな、とサルヴァトリーチェは思った。

 王族の百合の花の紋章をつけた馬車で拘置所に向かった。

 「きゃー、陛下ー!」

 「こっちご覧になったわ!」

 「手を振ってくださった…私、明日死ぬかもしれない」

 相変わらずアイドル並みの人気である。私、引き立て役じゃん…

 「実際に見ると、プリンセスも可愛い方ね」

 「ホントホント、雑誌で見た時はフツーと思ったけど可愛い」

 多分メイクとティアラのせいだよ、とサルヴァトリーチェがシラケていると、エルデンが言った。

 「ほら、手を振ってくれているよ、振り返してあげて…そんな仏頂面しないでさ」

 「はーい」

 「そんな返事しないの」

 ロイヤルスマイルを意識しながら手を振り返すと、キャーッと歓声が湧いた。

 「プリンセス・サルヴィ様が手を振ってくださったわ!」

 「気さくな方、素敵!」

 エルデンが横目で見ながら笑っている。

 「ほらね」

 「ほらねって…いや、意外な反応で」

 「一番簡単なノブレス・オブリージュ」

 「そなの?」

 「手を振り返すだけで幸せな気分にしてあげられる、そもそも国民が支払ってくれている税金で生かしてもらってることも、忘れちゃいけないんだよ」

 「なるほど…」

 それからサルヴァトリーチェは、できるだけスマイルサービスをするようにした。思えば公式のお出かけで二人揃って出るのは初めてだ。

 (なんか、正式な婚約者みたいだな…)


 さて。

 ペガサス無断借用及びサルヴァトリーチェへの傷害罪で捕まった肝心の召喚者ウロボロス小林くんは、着いた時には泣いてもいなかったし、若干太っていた。監獄のご飯が美味しいらしい。

 「あっ、あの時の女…」

 小林くんは、ティアラに豪華なドレスのサルヴァトリーチェを見て、目を回しそうになっていた。

 「見たか中坊。私はプリンセスだ」

 胸を張ったが、やや貧弱な胸を披露するだけに留まることにすぐさま気が付き、普通の姿勢に戻ったサルヴァトリーチェであった。そして…

 「あのー、悪魔です」

 エルデンはそんな間抜けな自己紹介をした。

 「馬鹿ですか、陛下」

 トリニタスから容赦ないツッコミが飛ぶ。

 「陛下…えっこの人が? 嘘だろ悪魔ってこんなイケメンじゃないだろ!」

 小林くんは認めないようだ。

 「あのねえ…そうそう簡単に会えない国王陛下がわざわざ呼び出されて来てるのよ。少しはありがたいと思わないわけ。あんた天皇陛下が急にいらしたらどうすんのよ」

 「えっ、そういうレベル?」

 「そういうレベル」

 「やべえ」

 ようやく理解できたようだ。面倒くさい。

 「とにかく、私が求めているのはこの正当なるミスティカルナの国王陛下、エルデン・エルディナールへの謝罪ね。私を蹴り倒したことはともかく、エルデンに対する暴言は許しません、私が」

 「あ、そうか。ごめん」

 「心がこもってない!」

 サルヴァトリーチェは容赦がない。

 「まあまあ、サルヴィ…そこまで言わなくても」

 エルデンは苦笑しているが、実際に小林くんと対峙したのはサルヴァトリーチェなのだ。このエルデンに対してぶっ殺すなどと…

 「ごめんなさい」

 「まだまだ! ホントに悪かったと思ってないでしょ!」

 またエルデンは苦笑した。

 「サルヴィ、何言っても無駄だよ。この年頃の子に一番効くものわからないか?」

 「何よそれ」

 「反省文」

 明らかに小林くんの表情が変わった。

 「あー、それいいかもね。トリニタス、なんか書くものない?」

 「はあ」

 ぱっとA4くらいの紙と鉛筆を出した。…持ってるんだ。

 「うっそ、魔法…?」

 小林くんはビビった。

 「そうよ。ミスティカルナの宝石には精霊が入ってて、人型になって外にでてくんのよ」

 「聞いてない」

 小林くんは更にビビった。

 「この世界の常識すら知らないなら、転生者スクール行きね。あと反省文。トリニタス、その紙に6gr幅の線引いて」

 ちなみに1gr≒1mmである。だいたい大学ノートの罫線にあたる。

 「はい」

 トリニタスはみっちり線を浮かび上がらせた。

 「この紙に行飛ばしなしで反省文ね。よろしく」

 ようやくサルヴァトリーチェの気が済んだが、小林くんは青い顔をしていた。

 「ところで、魔法も武芸も知らない小林くんが、今の所平和なミスティカルナで俺を殺して何がしたかったわけ?」

 エルデンが興味津々で聞いている。

 「実は政治は民衆議会がやってて、俺はノータッチだから殺しても意味ないんだけどな。ただし書類仕事や式典や儀式や外交や医学研究に追われてるから、結構忙しいぜ?」

 エルデンは単純に興味で聞いているだけなのだが、小林くんにダメージを与えたようだった。

 「そんな王様…いやだ…」

 「これが現実の国王なんだけど、一日くらい代わってもらっていい? 俺、土日祝日・年末年始・春休み夏休み冬休みないんだけどさ」

 更なるダメージが小林くんに与えられた。

 「すみませんでした、もうしわけありません、ごめんなさいもうしません…」

 小林くんはペコペコし出した。

 「あれ、勇者じゃなかったの、この子」

 エルデンが困ったようにトリニタスを振り返った。

 「話では、異世界召喚された勇者でチート能力あって悪の国王を一撃で倒すって」

 「ごめんなさい!」


 そして小林くんは、ごめんなさい、すみませんを永遠に書いた反省文を提出し、転生者スクールへと連れていかれたらしい。

 「うーん…最近の子の語彙力の無さは壊滅的だな…ちゃんと初等教育から国語をしっかり勉強させなければいけないと思うんだが…」

 元教師のエルデンは汚い字の反省文を眺めながら、ため息をついた。

 いや、そこがツッコミどころかい。とサルヴァトリーチェは思った。

 「しかし…転生した我々は戻れるはずはないけど、小林くんはきっと戻れるんだろうな…」

 エルデンはそう言った。

 「…エルデン、戻れるなら戻りたいの?」

 「ん? いいや、戻れても戻らないよ」

 そして微笑んだ。

 「全世界を背負ってるかもしれないのに、戻れるわけがないだろう」

 「全世界…?」

 どういう話だろう。覚醒後のサルヴァトリーチェに今いちばんみっちり教えているのが、防御魔法なのだが…防御…?

 「何か、危険なことしようとしてる?」

 「どうだろうね。受け取り方によるよ」

 はぐらかされた。

 エルデンらしくない。

 「…嫌だよ、危険なことするなら私も一緒に連れていかないと、絶対に許さない」

 エルデンは困った顔をしたが、しばらく考えた末、わかった、と言った。

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