第三章
第8話 vs厨二病少年
ある日、サルヴァトリーチェは散歩に出ていた。…というより、侍従のクリスタリアンに手引きされて、新規オープンのコンセプトカフェへお忍びで行こうとしていた、が正解だ。
こういう時にクリスタリアンは非常に頼りになる侍従だ。身軽だから、護衛の隙を見計らっては素早く気配を確かめ、先導するとちょいちょいとサルヴァトリーチェを呼ぶ。その繰り返しで城外に出る。
別にこっそり抜け出さなくても堂々とカフェくらい行けるのだが、女官がつき、貸切になった店内でお上品に食べるパフェは非常によろしくない。気兼ねなく友達とワイワイ分け合って食べるのが楽しいのだ。
王都には友達はいないが、クリスタリアンならまあまあ、友達として合格点をやってもいい。最初はかなり反抗されたが、弟ができたようなもんだと思って平常心で接していたら、いつの間にかなつかれた。
そもそも新聞のチラシなどは王宮に配達されるわけもなく、そのカフェの新規オープンのチラシも、街に偵察に出したクリスタリアンの持って帰ったものである。
「やーっと出られたぁ! さすが万能石、ありがとうクリスタリアン」
「へへん、すげーだろ。もっと褒めてもいいんだぜ」
クリスタリアンは得意げに胸をそらす。
「よっ、万能選手クリスタリアン! 頼りにしてるぜ!」
「ふふん」
そんなふうにおだてつつ王都の市街地に向かおうとした。
「まずは乗合馬車ゲットしなきゃね…お、都合よくあそこに通るは…」
サルヴァトリーチェが片手を上げようとしたその時。
「ここが王都かぁ…あのー、王宮どこですか?」
「は?」
サルヴァトリーチェは目を疑った。
クリスタリアンが身構えた。
「なんだ、てめえ」
「学生服って…何あんた、コスプレ…なわけないなぁここはミスティカルナ…」
サルヴァトリーチェは目を瞬かせた。
「え、あの、なんで学生服わかるんすか」
(聞こえてたか…まあいい、どうせ私は記憶オンリーの転生者で有名人だ)
「私のことはどうでもいいのよ。あんたさ、転生…じゃないな、なんて言うんだっけ」
「俺、異世界召喚されたんっす。すごくね?」
「召喚? 待った、ミスティカルナに転生者は山ほどいるけど、召喚って何」
「知らないんっすか」
「知らんよ。どう違うの」
「俺もわかんないっす」
「自分でわからんことを言ってどうする…あんた、見た目日本人っぽいけど学年は」
「中二っす」
(厨二だ…リアル厨二)
サルヴァトリーチェは目眩がした。ちなみに、さえないちゃん先生との記憶すり合わせで、サルヴァトリーチェは二十三歳で転生したことがわかっている。だから初っ端からエルデンと問題なくコミュニケーションが取れていたのだということもわかった。
「で、あんた何で王宮に用が」
「王様に会いたいっす! 召喚者なら会えるっすよね?」
「は?」
何を考えてるんだ、こいつは。
サルヴァトリーチェは、普通のミスティカルナ人とは異なり、エルデンと同じく「奇跡の三つのラピスロクス」を持っていたから世間の注目を集め、王宮にまで招待されたのであり(ついでに婚約までした)普通はエルデンには簡単に会えない。
多分、時期が来て婚約解消になったら、もうエルデンとは二度と会えなくなるんだな…と、そんな事を考えて今から寂しいくらいなのに、この中坊は何を呑気なことを。
「あのなぁ、あんたさ…とにかく、あんた名前は。私はサルヴァトリーチェ」
「サルですか?」
「猿じゃないってば。サルヴァトリーチェ。とにかくあんた、自分から名前くらい名乗りなさいよ」
「漆黒のウロボロスだ」
格好つけて言い放った中二の少年だが、胸に『小林』と書かれた名札がついていた。
「まあいい、小林くんね。えっとね…いや、その前に気になる。国王陛下のフルネーム言えるの?」
「知らないっす」
「は」
嫌な予感は当たった。
「名前すら知らないのに、なんで会いたいとか」
「俺、オートなんとかっていう国に召喚されて、そこの人に聞いたんすよ。この国の王様は悪魔だって」
「悪魔?」
何を言いやがる。
「で、ミスなんとかっていうこの国に来て」
「どうやって。オートクラシアとミスティカルナには正式な国交はないのよ」
「船に乗せてくれたっす」
難民船だな。
しかしオートクラシアからの難民船は、ほとんどがオートクラシア側で捕縛され、強制収容所送りになると聞いている。
悪運が強かったんだな、この子…
「で、着いたら首輪ついたカッコいいペガサスがいたんで、ここまで乗ってきたんっす」
「ちょっと、それ誰かの所有物のペガサスじゃないの!」
「えっ持ち主いるんすか?」
「当たり前でしょ、あんた犬や猫でも首輪つきは飼い犬や飼い猫でしょうが!」
「別に…見つからなかったからいいじゃん」
「堂々と犯罪犯しといていいじゃん、じゃないのよ。おとなしく転生者スクール行きなさい!」
転生者スクールとは、転生者が多いミスティカルナで、ざっとミスティカルナの日常会話や生活などを教えてくれる施設だ。どこの文明から来てもわかりやすい絵や写真入りの教材が用意されている。転生者が転生したばかりの時はとにかくパニックに陥りがちだから、メンタルケアの専門家もいる。転生者にとっては至れり尽くせりの施設だ。
「俺は転生者じゃねーっつってんだろ!」
小林くんはキレた。
「知識すらスッカラカンでエルデン陛下に会おうなんて千年早いのよ!」
「何を、俺は世界のために召喚されたんだ! チート能力があるんだ!」
「ないぞ、そんなん」
気がつくと、クリスタリアンが自称ウロボロスの小林くんの背中をペタペタ触っていた。
「何だよお前!」
小林くんのキレの矛先がクリスタリアンに向いた。
「ラピスロクスもない。お前な、そもそもここにいる女性が誰だと思ってるんだ?」
クリスタリアンすら呆れるんだから、相当だろう…サルヴァトリーチェがお忍びで出かけるたびに、ラピスロクスのシンデレラ、プリンセス・サルヴィ様御用達〇〇が雑誌に載るくらいなのだ。
(そして、それが原因でお忍びがバレてエルデンとトリニタスに叱られるまでがセットではある)
「そんなん知らねーよ! はやく悪魔に会わせろ、ぶっ殺してやるからよ!」
ダメだこの子…厨二病云々以前に、人間として問題があるわ…
もう無理だ。
「クリスタリアン、パフェは今日は諦めるわ…帰ろう、ごめんね」
「仕方ねぇなあ。次回はパンケーキ食いたい」
「あー、パンケーキもいいかも…」
「死ね、このクソ女!」
「うあっ!」
背を向けて帰りかけたサルヴァトリーチェが、自称ウロボロス小林くんに背中に蹴りを入れられた。蹴られた痛みとショックで息が止まってしまった。
王宮を取り囲む柵に何とかしがみついて振り向くと、クリスタリアンが…
でなく、いつの間にか外に出てきたアイレーネーが。
「サルヴァトリーチェ様に何するのよ、このクソガキ!」
スッパァァァァンとキレのいい平手打ちが、小林くんのほっぺたにモロにキマッた。
うそ、アイレーネーつっよ…
いつもは頭の中で、自動翻訳みたいな能力をさずけてくれるだけで、恥ずかしがって滅多に外に出てこないアイレーネーが。
クリスタリアンもポカンとアイレーネーを見つめて、言った。
「ラリマーのおばさん、すげえ…」
もちろん小林くんは、しおしおと衛兵隊に連行されてしまった。
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