第7話 この世界の歴史

 サルヴァトリーチェは、明日の予習のために教科書を準備していたが、ふと生物歴史学のテキストを手に取って、開いた。


 三万年前…

 ミスティカルナ、オートクラシア、リームスルサランドの三国は浮島だった。

 理由はわからない。わからないが、その状態で命は育まれてきた。隣の浮島へは、現代でもミスティカルナで利用されているペガサスの原種などで移動した。文化程度も同程度で、言語もほぼ同じだった。また、三国とも気候が良く、作物もよく育った。当時は魔法生物はいたが、人間が魔法を使う文化はなかった。これをミスティカルナの教科書では『超古代文明』と区分している。

 ドラゴンやサーペントといった魔法生物は、今はほぼ絶滅状態にある。なぜかというと、三万年前にこの大地に落ちてきた大隕石が引き起こした『三百年間の冬』のせいだ。彼らは体を温めるために魔力を使ったが、冬は終わらない。そのうちにほとんどが力尽き、凍りついた。

 そしてその隕石は三つの浮島を衝突させ合い、海に落下させた。その時の大津波の被害も甚大だった。そしてその衝突で、ゾルガルージュ山脈という巨大山脈が生まれ、三国が区切られるに至ったのだった。


 (これは、初等教育の教科書から変わらない記述だ)

 サルヴァトリーチェは思った。

 別に明日、歴史があるわけではないが、サルヴァトリーチェはそのまま読み進めた。

 

 …隕石は死の冬だけでなく、それまで地にあった四大元素に加わる第五元素『エーテル』と呼ばれる物質ももたらした。それは隕石の起こした波動により、偏在化した。南から北に向かい、いちばん薄い、というよりほぼないのがオートクラシア、次にミスティカルナに存在し、最も濃いのがリームスルサランドだが、リームスルサランドは極寒の地で、生きていけない。リームスルサランドにいた人々は温暖な環境を求めて、次々にミスティカルナに移り住んだ。南のオートクラシアからも移民はいたが、まだ生命維持ができる程度だったため、リームスルサランドほど多くはない。

 なので現在のミスティカルナには、リームスルサランド系統の人々をルーツにする青色系統の髪色の人と、黒髪や茶色のオートクラシア系統の人、そして赤や金髪の純粋なミスティカルナの人と分かれてはいるが、かつてあった人種差別はなくなり、というより意味をなさなくなり、文化程度も同じである。魔法エネルギーこそ平等に存在したものの、地方により資源が違うので、助け合わなければ文明の再興ができなかったからだ。


 (これも知ってる。ただ、青色系統の髪の人がリームスルサランド系の人とかは知らなかった。単に遺伝とか、生まれつきだと思ってた)

 サルヴァトリーチェ自身は、サラサラの少し赤みがかった薄茶色だが、太陽の光を反射するとなぜか金色に見えるという、あまり見かけないタイプの髪で、みんなに羨ましがられた。チャームポイントなど意識したことはないが、この髪の毛だけは好きだ。

 ただ、これは純粋なミスティカルナ人の証らしいということも書かれており、ふーむと唸った。

 髪の色で差別なんて考えたこともなかった。

 サルヴァトリーチェは、続けて読んだ。

 

 …エーテルが存在するようになって急激にミスティカルナ人には身体に変化が起こり、ラピスロクスができた。オートクラシア人にはない。ラピスロクスにより人体で魔力を発生させることができるようになり、それを貯めて使うようになったのは前述の通りだ。ただし、神話の神々が使っていたような大がかりなものではなく、せいぜいものを浮かせたり、動かしたりの物理的作業を補足するようなものでしかない。いわゆる高等魔法と言われるものは、エーテルが非常に濃いリームスルサランドなら可能かもしれないが、気候が厳しすぎるために人間も家畜も住むことが出来ず、物理的に無理である。


 (でも、エルデンは高等魔法を使った…)

 エルデンが使ったようないかにも魔法使い的な高等魔法は、これを読む限りは、はっきり言って異常なのだ。

 オートクラシアからの難民だったという母親から生まれたそうだが、遺影を見ると彼女は赤に近い茶色の髪なので、オートクラシア人とはわからなかったそうだ。そして、エーテルが存在しない地において『魔女』と呼ばれていたという過去…おそらくその『魔女』の血がエルデンに遺伝したと考えられるが…


 エーテルなくして魔法は存在し得ない、と言うのがミスティカルナの学者たちの定説だ。だが、前王妃は魔女だった。では、魔力のもととは一体何なのか。


 (エルデンは、エーテル以外の何かを使って、魔法を発動させてる?)

 サルヴァトリーチェは、今度エルデンに会ったら聞いてみようか…と思ったが、やたらに聞いていいことではないと思い直した。

 そもそもエルデンの両親は戦争で亡くなっている。当時六歳くらいだったサルヴァトリーチェも、黒い服を着せられて、雑誌でよく見ていた優しそうなおじさんと綺麗な女のひとが死んだと言われて、なんだか悲しかったのを覚えている。

 優しいエルデンの古傷をえぐるようなことはしたくなかった。ただ、三つのラピスロクスの件。 

 エルデンは人前でやたらに高等魔法は使わないから、エルデンの魔力について詳しく知るのは宝石の侍従たちくらいで、それにサルヴァトリーチェが加わった程度だ。

 潜在的にサルヴァトリーチェも高等魔法が使えるのか、それとも別に意味があるのか…

 わからなくなってきて、サルヴァトリーチェは眠ることにした。明日は苦手な数学だ…宿題はまたエルデンに教えてもらおう、あの人理系だし。前世で先生だったから、教え方上手いし…眠…

 

 …本当の魔力は、エーテルの力だけではない何かが関わる。それを知っているのは、実はエルデン・エルディナールただ一人だった。

 母の遺書でそれが何かを知ったエルデンだが、その手紙は、末尾に書かれていた遺言通り灰にしたからだ。

 それに、地球からの佐伯大地教諭の記憶転生により、エルデンは大人の理性も手に入れた。だから、母の手紙の内容は簡単に口外してはならないことを、わずか十二歳で理解したのだった。


 まだ、サルヴァトリーチェにすら明かしていない。真の魔法を発動させるものは…エーテルや、ラピスロクスの宝石たちではない。

 では、何なのだろうか…

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