第4話 侍従たちとの出会い

 さっきの謁見の間の続きである。

 エルデンは心の中で頷いた。

 (やはり十年か…)

 サルヴァトリーチェは心の中で呟いた。

 (なんなのこの会話…)

 エルデンは思った。

 (侍従たち以外は俺の転生記憶に関しては知らない…何とか個人的な話が出来る状況にしたい)

 サルヴァトリーチェは思った。

 (まさかこの人も記憶転生してんの? 確かめたいけど…うわ、なんか知らないおじさんおばさんいっぱい居るし無理ぽ…)

 エルデンとサルヴァトリーチェの間に、謎の数十秒の沈黙が流れた。長い沈黙のように感じられた。

 その間に、エルデンは言い訳を考えついた。

 「ラピスロクスを三つ持つ乙女こそ、我が花嫁に相応しいと思い、遠い所を呼び立ててしまった。ご苦労であった」

 「は?」

 サルヴァトリーチェだけでなく、広間にいたものたち全員が『?』マークだらけになった。

 「私が今まで結婚せずにいたのは、ラピスロクスの乙女を探していたからなのだ。しかし、ついに見つかった…」

 そう言いながら、エルデンは『頼む、話を合わせてくれ』というサインをサルヴァトリーチェに送った。なんだかよくわからないが、こちらとしても、国王陛下の謎の平成二十六年が非常に気になる。サルヴァトリーチェはエルデンのサインを読み取り、恭しく礼をした。

 「身に過ぎたる光栄でございます」

 今度は広間中に『聞いてない』という無言の空気が流れた。

 「では、せっかくだ。遠路はるばるの疲れを癒すがよい。…トリニタス、内々の茶会の準備をせよ」

 「はあ、かしこまりました」

 はっきり言って、トリニタスの表情は呆れ返っていた。この人たちは、知識欲のためなら何でもする気だな、と。

 「あの、陛下」

 恐る恐ると言った感じで、おじさんの一人が言った。

 「何か」

 「恐れながら、いつの間にご婚約のお話を…?」

 「ははは…善は急げと言うであろう。そなたたちが知らぬうちに話を進めていたのだ。そもそも、私の母上も庶民であった。問題はなかろう?」

 「はっ、恐れ入り…」

 (なんか知らないけど、このイケメンいいのかな、私なんかと結婚するとか言い出して)

 サルヴァトリーチェは思った。

 (まあ、オーケー出した私も大概だけど)

 「では、サルヴァトリーチェ嬢。この者たちの後へ。…レニアン、ソラーメン」

 「はあい」

 メイド服姿のそっくりな顔の女の子二人が、どこからともなく姿を現した。黄色の服と、水色の服の十歳くらいの子たちだ。

 「サルヴァトリーチェ嬢の案内をせよ」

 そして、エルデンはマントを翻し退出してしまった。…隣にいたトリニタスも一緒に。

 「お嬢様、こちらへどうぞ!」

 どちらがレニアンでどちらがソラーメンかわからないが、両方から可愛らしい笑顔で手を引かれて、サルヴァトリーチェも退出することになってしまった。

 後には、鳩が豆鉄砲を食らった顔のおじさんおばさん達が残されたのだった。


 「はっきり申し上げて、陛下は馬鹿です」

 お茶を用意させた部屋に向かう途中、トリニタスは百回くらいエルデンに馬鹿馬鹿言い続けた。

 「もう馬鹿は一生分聞いた。勘弁してくれ…これ、俺だけじゃなくあの子のアイデンティティにも関わると思うんだよな」

 「他にも理由とか言い方があったでしょう。この馬鹿」

 「でもあの子も状況を理解してくれたし」

 「そういう問題じゃないんですよ、馬鹿陛下」

 引き続き馬鹿馬鹿言われつつ、お茶を用意させた部屋のドアを開けた。

 そしてエルデンは開口一番、

 「ごめんなさいっ!」

 「あ、どうも」

 サルヴァトリーチェは、出されたサブレがあまりに美味しいので、二枚目に手を出そうとしているところだった。ちなみにブライト夫人お手製の絶品サブレだった。

 「あの…サルヴァトリーチェさんだっけ、俺とっさにアレしか思いつかなくて…」

 「ああ、別にいいですよ。今は彼氏いませんし、こういう展開はラブコメでありがちじゃないですか。多分陛下、周りから結婚をせっつかれてて困ってたんでしょう?」

 サルヴァトリーチェはやっぱりドライだった。

 「いや、それもあるけど…あ、陛下じゃなくてエルデンでいい」

 「じゃあエルデンさん」

 「さん、要らない。あとサルヴァトリーチェは長いから愛称教えて」

 「サルヴィです」

 「改めまして、ただのエルデンです」

 ただの、に力を込めた。

 「じゃあ私は、ただのサルヴィです」

 真似をした。

 (何この子…ノリいいな…)

 (このイケメン、割と面白いな)

 ようやくまともな第一印象を得た。

 「まあ…ちょっと状況ややこしくしてしまって改めてごめんなさいなんだけど、記憶転生ってしたんだよね、サルヴィ」

 「エルデンさん…じゃなくてエルデンも」

 「そうそう、俺はどうも、約十一年かそこらってところで。だから最初にサルヴィに和暦聞いちゃったんだよな」

 (めっちゃフランクな人だなこのイケメン。割と良いイケメンの人かな?)

 サルヴァトリーチェは若干イケメンに偏見があった。イケメンには良いイケメンと悪いイケメンしかいないという持論だ。中間のイケメンの存在は考えたことがない。

 いや、それよりも記憶転生の話だ。

 「サルヴィは最近なんだよな?」

 「二ヶ月前ですかね…頭に怪我して」

 「めちゃくちゃ混乱しただろう」

 「したした。しました。…えっと、十一年前だとエルデンは何歳…?」

 「十二歳…両親が死んだ直後だったから、どうすればいいかと思ったよ」

 「うわ、十二歳は可哀想過ぎ…」

 「しかも、俺の立場はこれだろ? 誰にも言えなくて苦しくて…やっと言えたー!」

 エルデンは清々しそうに笑った。

 (ふむ、どうもこの人は良いイケメンらしい)

 サルヴァトリーチェの中で、エルデンは良いイケメン判定が下された。エルデンはそんなことは知る由もないが、ふと気づいたように言った。

 「そういえばサルヴィ、ラピスロクスが空っぽだって聞いたけど…不便じゃなかった?」

 「不便って…」

 「あ、そうか…侍従つきの宝石は、普通はないもんな。じゃあまず、俺のから紹介する。この銀髪はトリニタス、天然モアサナイトだ。あと…セレニウスはまた中庭で寝てるみたいだから置いといて、そいつはアメジスト。もうひとつはアクアマリンのフェリシア」

 急に、天使のような可愛い女の子が現れた。

 「フェリシアです! 陛下おめでとうございます!」

 「えっ」

 エルデンがキョトンとした。

 「私、断言します。この方、当たりです!」

 「はあ、私が当たり…とは」

 サルヴァトリーチェも、フェリシアが何を言っているのかよくわからない。

 「ああ、気にしないでくれ…フェリシアはおっちょこちょいで天然なんだ。もういいから、フェリシア」

 「はあい」

 ニコニコしながら、アクアマリンのフェリシアは消えた。

 「これが宝石に宿る精の人格化したやつで、侍従っていうんだけど…ラピスロクスが空っぽなのは気の毒だから、俺の宝石箱の中身で良ければ、持って行ってよ」

 (めっちゃ良いイケメンだ)

 サルヴァトリーチェの中で、エルデンの株がかなり上がった。

 「ありがとう、助かります」

 サルヴァトリーチェが笑って言うと、エルデンもニッコリした。

 そして、エルデンの手元に煌びやかな箱がポンと現れた。それから言った。

 「何か欲しい力はある?」

 うーん、とサルヴァトリーチェは考え込んだ。こういう時、どういう力を望めば…そういえば『三つの願い』っていう話あったな、たしか怖いやつ。

 「…オートクラシアのラジオ、何言ってるかわからないから、わかるようになりたいかな」

 あっはっはっ…とエルデンは笑った。

 「あの国のラジオ、結構ミスティカルナにも電波入ってくるけど、あの国は独裁政権だから、すごいこと言ってるよ」

 「オートクラシア語、わかるんですか」

 「一応ね。俺は外交官でもあるから」

 そうだ。この人国王だった。

 フレンドリー過ぎて、素で忘れ去っていた。

 「じゃあ、これかな。ラリマーだけど」

 エルデンが石を選び出すと、スッと綺麗な大人の女性が出てきた。

 「アイレーネーだ。通訳の力とか、暗号解読の役に立つと思う」

 「わあ…ありがとう。よろしくね!」

 ラリマーはキラキラした石ではないが、柔らかい水色と波紋のような模様が美しい。アイレーネーははにかむように微笑んで、消えた。

 「個人的には、これは持っていて欲しい気がしてる。ブラッドストーンのピエシスだ。こいつも無口だけど、根は良い奴だから」

 と、エルデンは言った。

 「ブラッドストーンって…よくお医者さんがラピスロクスに入れてるけど、侍従なんて見たことない」

 「特定の条件を満たしたブラッドストーンは、侍従になるんだよ」

 スッと小柄で眼鏡の青年が現れた。ペコリと頭を下げると、またすぐに消えてしまった。

 「…あれ、私嫌われた?」

 「恥ずかしがりなんだ。腕は確かな医者で、ちょっとした病気、たとえば鼻風邪とか偏頭痛を治す万能薬が作れるよ。って、おいこら!」

 いきなり宝石箱の隙間から、何かが飛び出した。

 「まったく…暗いとこに長いこと閉じ込めやがって…」

 黒髪の少年だった。見るからにすばしっこそうな、身軽な体つきだ。

 「しょうがないな…こいつは、ハーキマーダイヤモンドのクリスタリアン。反抗的なんだが、侍従だから。本気で逆らえるわけじゃない」

 ダイヤモンドはわかるけど、ハーキマーってなんだろう…

 「ダイヤモンドだなんて、さすがにそんなものもらうわけには」

 「ふふん、驚いたか」

 クリスタリアンは得意げに笑う。

 「ハーキマーダイヤモンドは、水晶の一種でさ。外見がダイヤモンドの原石そっくりなんだ」

 エルデンはそう言って笑った。

 「ちくしょう、バラすなよ!」

 クリスタリアンは怒ったが、エルデンは慣れているらしい。さっと宝石箱を開けた。

 「戻るか? やめておくか?」

 エルデンに言われて、首を横に振った。

 「そんな暗くて狭いとこ、真っ平だ!」

 エルデンはまた笑った。

 「こう言っても、水晶は万能石だから。透明度も申し分ない、持っていて損はないぞ」

 「じゃあ貰いますね」

 プリプリしながら、クリスタリアンも石の中に戻った。

 これで、サルヴァトリーチェのラピスロクスは埋まった。あとは…

 「えーと…今更ことの重大さに気がついたんだけど。俺、サルヴィの家族とか全然知らないし許可も取ってなかったね…とりあえず、家に通話機ある? あったら、番号教えて欲しいんだけど…」

 (割と、行き当たりばったりな人だな)

 サルヴァトリーチェの中で、エルデンの株が少し下がった。

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