第3話 謎の平成二十六年

 (まだか…)

 国王エルデンは、謁見の間をウロウロしていた。トリニタスがたしなめる。

 「陛下」

 「はい」

 「国王なら落ち着いて座りなさい。ウロウロしている所を王宮の連中に見せたいんですか」

 「いや、大半の連中は知ってるし」

 「そういう問題ではありません」

 「はい」

 「ブライト夫人呼びましょうか」

 「やめて怖い」

 エルデンは渋々と玉座に戻った。

 「そもそもサルヴァトリーチェ様がお見えになるのは三十分後です」

 「あのさ、トリニタス」

 「何ですか」

 「ペガサスの馬車で迎えに行ったんだよね、あの村から何分くらいだっけ」

 「ペガサスの馬車なら、約三時間四十五分ですが、何か」

 「じゃあやっぱり三十分後か…」

 肩を落とした。

 「何をそんなに焦ってるんです」

 「いや、だってラピスロクスが三つあるのはともかく、知識だけ転生してきたらしいだろ」

 「それは伺っております」

 「俺と同じか…いつの記憶か気になる」

 あの時は焦った。オートクラシアの攻撃を避けて、隠れ家で息を潜めていたところ、両親の訃報が届いた。そのショックで失神したのだが、目覚めたら更なる記憶転生を起こしていて、パニックになって過呼吸で死にかけた。

 幸い物知りのトリニタスの医療知識のおかげで助かったが。

 「新聞に書いてあった、サルヴァトリーチェ嬢が口走ったという『令和六年』という単語から、多分俺と同じ故郷の人間の人かと」

 「聞き覚えがあるんですか?」

 トリニタスが聞いた。

 「いや、ない。ただ年号プラス数字という組み合わせは、俺のところに来た記憶に覚えがある。俺には『平成二十六年』という記憶がある」

 「陛下の方が過去なのでは」

 「かもなぁ。俺が十二歳のときに父上と母上が亡くなったから、サルヴァトリーチェ嬢の方が十年から十一年ぶん未来の可能性はある」

 「それに、オートクラシアの状況を知って、公共の面前で『わかるわぁそれ』としみじみ発言した時は、どうフォローすればと。十二歳の王子様がですよ。おじさんじゃないんですから」

 「すまん…」

 

 でも、違和感はあった。どういうわけか子供であることに。この意味不明な記憶は、おじさんのものだった可能性はある。…と、エルデンは推測していた。だから、両親亡き後の仕事をすぐに落ち着いて進めることが出来たし、神童陛下というニックネームがつくに至ったのだ。

 ただ、本体は子供だから、両親亡き後の悲しみが薄れると遊ぶのが楽しい。ブライト夫人に大目玉を喰らうまで、あちこち駆け回った。ただ勉強だけは不思議とできた。家庭教師の授業で、先生の似顔絵をノートに描きたい欲望と、真面目に授業を受けたい欲望がせめぎあった。

 結局、謎の向学心が勝って、現役の国王でありながら、医学の博士号まで取ってしまった。エルデン本人は解せない。解せないながら、取れてしまったものは仕方がないので、おとなしく博士号は貰っておいた。

 「なあ、トリニタス」

 「あと二十分です」


 対して、サルヴァトリーチェは初めてのペガサスの馬車に酔って吐きそうだった。スピードは確かに速い。速いのだが、ペガサスは翼で飛ぶから上下に揺れるのである。この揺れが非常にまずい。

 かといって一張羅のドレスの上に吐きたくない。何かないだろうかと座席の横のポケットを漁ると、エチケット袋があった。どうやら酔う人は一定数いるようだ。

 よしこれで吐ける、いつでも来い。

 となると中々吐けない。吐いた方が楽になるような気がするのだが、どうも吐けない。

 グズグズしているうちに、エチケット袋に用はないまま宮廷に着いてしまった。

 エチケット袋を畳んで座席横ポケットに入れ直そうとしたら「うさぎ印の強力酔い止め薬」と書いてある、瓶詰めの錠菓が入っていた。早く気がつけよ、自分。

 ともかく、何とか王宮に着いた。


 手荷物検査やボディチェックなど仰々しいものはなく、あっさり謁見の間に通された。ただし王宮は広い。だいぶ歩いた。

 アイドル並みの人気を誇る、美貌のエルデン・エルディナール陛下…しかし別にサルヴァトリーチェは気にしていない。

 どのみち人並み程度の自分が届く相手ではないし、イケメンなら学校の国語教師を間近で見慣れている。サルヴァトリーチェはその点は非常にドライであった。

 形式通り、サルヴァトリーチェが玉座の前に膝をつくと、顔を上げなさい、と陛下に言われた。

 あ、ホントだすっごいイケメンだ。

 へー、紫色の髪に青い目だ、綺麗だなー。

 写真で見た通りの衣装にマントに…でっかいなあのダイヤモンド。幾らするんだろう…

 そんな一般庶民的な感想を抱きながら、教えられた通りの挨拶をしようとした…その矢先。

 「あの、…平成二十六年て知ってる?」

 なぜか、そんなことを陛下に言われた。

 「多分十年くらい前です」

 サルヴァトリーチェも反射的に素で答えた。


 それが、エルデンとサルヴァトリーチェの初対面だった。エルデンの隣にいる背の高い男性(トリニタス)が、額に手を当てて空を仰いだ。

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