第2話 ミスティカルナのこと、エルデンのこと

 ミスティカルナは、前述の通り魔法王国だ。

 魔法をエネルギー化するには銀粘土を使用する。魔力を込めながら捏ねて、形を整え容器(これも魔法エネルギーで工場で作られたものでリサイクル形式)に詰めていわば地球でいう乾電池に近いものにする。もちろん銀粘土自体リサイクルできるから、大抵の家庭では自作魔法電池を使う。急な入用や忙しい家庭でも使えるように、雑貨屋でも売っている。

 それでラジオを聞いたり、照明をつけたりする。魔法電池はエネルギー効率がいいのだ。それに環境も汚さず、むしろ隣の家のオヤジのゲップの方が余程タチが悪い。

 

 また、「王国」とはなっているが、実は民衆議会があり、実はそっちの方が政治をやっている。では国王はというと、実は大司祭という立ち位置にいる。また形式的に公式書類には国王の署名が必要なため、単純作業に追われることとなっている。それに司祭のトップであり、国王直々に執り行う結婚式などの式典は、由緒正しく非常に価値があるものとされ、司祭としての仕事にも追われているので、お飾りの国王でもそれなりに多忙かもしれない。

 ただまあ、当代エルデンの場合は訳あって要領よく立ち回っている方だろう。式典や外交官としては威厳をもって振る舞い、まだ若いのに重々しい雰囲気を醸し出しているが、いざプライべートになると気を抜きまくっていて、メイド長のブライト夫人に叱られる日々である。


 エルデンのラピスロクスも、実は三つある。

 それが国民の敬愛を受ける元でもあるのだが、噂によると王妃と国王陛下はなかなか子宝に恵まれず、国教の神ヘリオスールに祈りを捧げ生まれた子だから…とまことしやかに語られているが、実際はただの生まれつきである。

 ただ、なかなか子に恵まれなかった中で授かった待望の赤子であったのは確かだ。普通健康に育つようにと赤子に授けるオパールと真珠の他に、空いたもうひとつの「奇跡のラピスロクス」には、幸せな結婚を祈るアクアマリンが贈られた。

 これは、国王夫妻が非常に仲が良く、お互いに尊重し合う理想的な夫婦であったことから、自分たちと同じように良き伴侶に恵まれるようにとの願いが込められていた。

 このことが国民に知れると、若い女性を中心に、アクアマリンを身につけることが流行した。結果のほどは分からない。


 そして、宝石には宝石の精が宿る。これはもちろん純度の高い希少で大きなものに限るのだが、侍従と呼ばれ持ち主に仕えたり、時には導いたりしてくれる。侍従が入った宝石は、当然高価だ。


 問題なのは、隣国のオートクラシアだった。

 魔力のもととなる、第五元素のエーテルが存在しないため、化石燃料をエネルギーとしている。科学的には発展しているが、化石燃料を発掘しすぎてしまい、残り三十年程しか残っていないという試算がある。だからエーテルに満ちた隣国のミスティカルナが羨ましくてしかたない。それにミスティカルナは化石燃料も手付かずである。宝の山でもあるのだ。

 だから国境を隔てる巨大山脈ゾルガルージュがなければ、とうの昔にミスティカルナ王国はオートクラシア連邦の餌食である。

 それに、宗教戦争の一面もあった。

 ミスティカルナでは太陽神ヘリオスールを信仰しているのに対し、オートクラシアでは大地神ガイアーナ。どちらもうちの神様が真実だと言って引かない。むしろ最近では、宗教上の対立の方が大きな問題になりつつあった。


 そしてゾルガルージュ山脈を越えてオートクラシア軍が攻め寄せてくるようになった。飛行機が発明されたのだ。

 一時期大戦争になり、エルデンは十二歳で国王夫妻、つまり両親を亡くした。

 あまりのショックに、コンパティオールと名付けられた侍従のペリドットが二つに割れてしまった。エルデンの苦しみを引き受けたのだ。今はレニアンとソラーメンという双子のペリドットとして、エルデンの両耳に付けられている。

 それぞれ別の人格となったレニアンとソラーメンだが、元のコンパティオールに戻りたい気持ちはまだあるようだ。


 そんなエルデンも二十三歳。大学課程も終えたことだし、そろそろ王妃様探しをというところだが、女性誌でいつも「ミスティカルナで最も結婚したい男」のトップ争いをするほどのイケメンでありながら、その気は一切ない。子供の頃に両親をいちどきに失ったショックという背景もあるが、その気になれる女性と巡り会っていないというのがエルデンの言い分だ。これはエルデンの最も重要な侍従であるトリニタスも同意しているから、周囲はやきもきする一方だがどうしようもない。


 このトリニタスだが、宇宙から飛来した隕石に含まれていた天然モアサナイトの精である。発見時には三つの結晶に分かれており、ひとつはエルデンのラピスロクスに、残る二つは王冠と王笏に飾られている。

 人工のモアサナイトならいくらでも作れるが、天然の状態で見つかったモアサナイトはトリニタスだけであるため、希少窮まる。また知恵者であり、エルデンを正しく導く頼もしい侍従である一方で説教臭いので、エルデンはトリニタスにはちょっと強く出られないところがある。


 他にも両親から贈られたアクアマリンの精フェリシアはおっちょこちょいで、なかなかエルデンにいい縁を見つけてこれないし、アメジストの精セレニウスに至っては聖職者のくせにのんびりした老人で、暇さえあれば中庭のハンモックで寝ている。それでいて、エルデンの食事中や寝入りばななどに、突然『ソレイユの書』の聖句などを教えに来る、タイミングのずれた行動を取りがちなので、ボケているのではないかとエルデンは訝しんでいる。しかし式典などで、ラピスロクスの中から精神的にサポートしてくれる重要な宝石の精ではあるので、そのままにしている。


 これがミスティカルナの現状と、国王エルデン・エルディナールの現状である。

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