サルヴァトリーチェと不思議な石(ミスティカルナ編)

Vi

第一章

第1話 はじまりの記憶

 やらかした…

 サルヴァトリーチェは頭を抱えていた。

 なぜかというと、いわゆる「異世界転生」というものを、やらかしてしまったらしいのだが…

 (私は…サルヴァトリーチェ・ラミアー…なんだけど、違う名前だったような…なんだっけ…)

 枕元では母が大泣きしていた。

 「サルヴィ…もうダメかと…」

 そう、母。母親なんだけど、誰よ。いや、母さんで間違いないんだわ。何この記憶。

 サルヴァトリーチェが頭を抱えっぱなしなので、父が心配した。

 「サルヴィ、まだ痛むのか」

 頭が包帯でぐるぐる巻きなので、どうやら自分は頭を怪我したらしいということは、わかる。

 しかもこれは大怪我だ。確かにズキズキする。薬草の匂いもする。これは何だっけ…ああサロンパスの匂い。え、サロンパスって何。

 サルヴァトリーチェはどうやら、どこかの世界と幕一枚向こう側の記憶(どこだかは知らない)とこちらの世界(ミスティカルナという国)と、記憶がぐちゃぐちゃになっているようだった。どこかの世界とやらの記憶は部分的にある。キツネ○ん兵衛ってなんだっけ…あー、カップ麺の。いや、そんなものはミスティカルナには無い。なんなのよこの記憶。

 サルヴァトリーチェが混乱していると、医師が心配そうに聞いてきた。

 「あの…貴女の名前は? 歳は言える?」

 「あー、はい…サルヴァトリーチェ・ラミアー、十七歳ですけど」

 「おかしくはないようですな」

 「えっ、待ってくださいドクター・エイル。私、異世界転生したみたいなんです」

 「えっ」

 一同フリーズした。ちなみに、ドクター・エイルというのは村の唯一の医師で、村の人間全員のかかりつけだった。

 「あの…サルヴァトリーチェさん?」

 「はい、ドクター」

 「転生元の記憶は?」

 「わからないんですよ。名前とか全然…ただ、転生したなって自覚はあるんですよ。変な記憶ありますから」

 「たとえば」

 「キテ○ちゃん」

 「なんですかそれ」

 「猫のキャラクターです。こう、耳にリボンついた」

 母親がまた泣き伏した。

 「サルヴィが生き返ったと思ったら…転生者になっていたなんて…!」

 「待ってよ母さん。いわゆる転生者とはちょっと違うみたい。情報しか入ってないのよ」

 「情報だけの転生者だなんて、新しいな…」

 ドクター・エイルが首を捻った。

 

 ミスティカルナ王国には、転生者が多いことで知られていた。うっかり死んで生き返ると、実は転生者になっているということが年に数回はある。ラミアー家の隣にも、本名の発音が聞き取れなかったが、どうも転生者らしい人がいる。発音不可な場所で書記官をしていたらしい。目覚めたら、だらしなく髪が伸びているので驚いたそうだ。彼の元の文明では髪はきれいに剃り、かつらでおしゃれをしているとのことだった。

 靴職人をしているロビンソン氏のことだ。暮らしに慣れるにつれ、本人も転生してきたことを忘れて、徐々にロビンソン氏そのものになってしまった。

 だがどうも、サルヴァトリーチェの場合は『知識だけがやってきた』状態のようだ。転生元の本体がいない。そして転生先であるサルヴァトリーチェ本体はいる。

 「これは…もしかすると、転生元の方でも生き返って、そっちが記憶喪失になっているというパターンかもしれません」

 と、ドクター・エイルは重々しく言った。

 「つまり、私の今の状況って」

 「はい、サルヴァトリーチェさんの記憶と、転生元の記憶が両方あるということになりますな」

 ややこしい…。

 サルヴァトリーチェはまた頭を抱えた。なぜ、よくわからない記憶が入り込むなんて、ややこしいことに。

 「しかも、サルヴァトリーチェさんの場合、二重に珍しい。今までの転生者から、令和六年という言葉を聞いたことがない」

 「でしょうね、私も聞いたことありません」

 サルヴァトリーチェは頷いた。自分のことなのに。

 「でも、こちらの、ミスティカルナでの自分も覚えてるんですよ、ハッキリと。父さんと母さんが今年に入って夫婦喧嘩したのは通算十二回とか」

 「サルヴィ!」

 両親から同時に叱られた。

 「うーん…でもこの記憶…」

 

 あまりにも、ミスティカルナの文明と違いすぎる。排泄の習慣があり、トイレというものも存在していた。ロビンソン氏の場合はよくわからなかったが、やはり発音不可能なそれっぽいものはあったようで、排泄習慣がないのはミスティカルナがあるこの世界特有のことだということがわかった。

 ただ、使えそうな記憶はかなりあった。

 枯葉は今まで土に埋めていたが、新しいサルヴァトリーチェには腐葉土の知識があり、農業従事者が多い村の人々から感謝された。また、モモタロウだのカグヤヒメだの、不思議な物語を知っていて、怪我が治るまでの間に原稿にしたため、王都の出版社へ持ち込んだところ、初版完売の人気本になってしまった。


 そもそも…

 ここ、ミスティカルナは『魔法王国』だった。

 新しいサルヴァトリーチェの知識には、魔法とはファンタジーの世界限定のものだとあった。しかし、ここでは魔法は一般的に使われているエネルギーのひとつだ。一体どういう世界の記憶なのか。そのたびにサルヴァトリーチェは頭を抱えるのだが、どうも記憶が断片的で繋がらない。本のページが切り取られたものが、ぱらぱらランダムに落ちているようなものなのだ。

 それをいちいち拾うのは骨が折れるので、そのうちにサルヴァトリーチェは新しい記憶を探るのはやめた。腐葉土とベストセラーだけでいい。あと、トイレとかいう不快なもの。

 思い出してはいけないような気もする。

 それに、サルヴァトリーチェには新たな災難が待ち受けていたのだった。


 そもそも、この世界の人々には、ラピスロクスという空間が、概念的な身体の中にある。実際に穴が空いているわけではないのだが、そこに収納される宝石というものは実在するし、取り出すこともできるので、ラピスロクスと呼ばれている。

 ひとりにつきひとつずつラピスロクスはあり、その人の願いによって石が決まってくる。農業で身を立てたい人はジャスパー、芸能で身を立てたい人はインカローズ、子供が欲しい人はマザーオブパール、という具合に。

 ひと月に一度、行商の宝石屋がやってくる。もちろんラピスロクス用の宝石で、装飾用の宝石屋は別にある。

 ラピスロクスの宝石屋は、売るのではなくレンタル方式だ。宝石の人気度によって貸出料が決まるから、芸能人に人気のインカローズなどは貸出料が高い、などということになる。

 そして、肝心のサルヴァトリーチェはというと…

 生還したら、ラピスロクスが空になっていた。

 しかも、普通はひとつのところ、三つになっていたのだ。これは、由々しき事態だった。

 なぜなら、ラピスロクスを複数持つのは、聖職者だけだからだ。それも苦しい修行に耐え、学びに学び、そしてもうひとつのラピスロクスを手に入れる。

 だが、それでも二つなのだ。

 なぜサルヴァトリーチェに三つもラピスロクスが空いたのか。下手にベストセラー作家になってしまった普通の女学生サルヴァトリーチェ・ラミアーは、今度は『謎の三つのラピスロクスがある少女』として有名になってしまった。

 そして、ついにそれが国王の耳にも届いたらしい。魔法の空飛ぶ速達便で、サルヴァトリーチェ宛ての王宮招待状が届いたのだった。

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