第20話 地上の緋《あか》い救世主
「君には失望したよぉ、ちょっとだけ尊敬していたのにぃ」
「おっ……親父の宝物に何しやがんだ!」
「うるさい人だなぁ、素直に鍵を渡してくれていたらこんなことにならなかったのに……」
ホーヴィルの師匠であるジスランが手掛けた、世界的建造物の発電塔は降り注いだ1本の雷によって瞬く間に燃え上がり、ホーヴィルは閉じ込められている状態だ。
幸いにもガラスが割れて空いた穴から入る酸素によって息はもっているが、状況は最悪に等しい。
『八方塞がりってやつか。こりゃ終わったか俺』
ホーヴィルには、ギルダンのような戦闘能力がないためアイバンを倒して逃げる選択肢は最初からなく、残る手は40階の自動制御室に設置されている緊急脱出装置を使う手である。
しかし、ホーヴィルが逃げるルートは炎とアイバンに塞がれている。
肌が焦げるほどの暑さに焦燥感を覚えたホーヴィルは、工具箱に入っている小型鋸を手に取り、持てる全ての握力を使って鋸を握る。
「もしかしてその鋸で攻撃するつもりぃ?」
「怪我したくねぇならそこどけよ」
「貴方が俺に攻撃を当てられるわけないでしょぉ」
逃げるために自身の手を汚す覚悟を決めたホーヴィルを鼻で笑うように馬鹿にしたアイバンは、腰に下げた2本の折り畳み式の鎌を取り出す。
ホーヴィルは鋸を大きく振りかぶり、全速力でアイバンに突っ込む。
しかし、アイバンは構える姿勢を取ることなく鋸を左手の鎌で抑え、右手の鎌でホーヴィルの脇腹を1斬りし、さらに左手の鎌で鋸を受け長しそのまま首をかすめ、ホーヴィルの伸びた髪を掻っ切る。
アイバンの攻撃を受けたホーヴィルは、右の脇腹にじんわりと熱さが広がりドクドクと脈打つ感覚がはっきりと理解する。
体から力が抜け、手に付いた赤黒い血を見たことで痛みを実感する。
「ちょっと深く切りすぎたかぁ」
「……くっ、くそぉ」
「最後にもう一度聞くけど、鍵はどこにあるのぉ」
「だから……、知らねぇよ」
「じゃぁ次はジークに聞くから、君はもう用済みぃ。じゃぁねぇ」
本当に何も知らないホーヴィルは痛む脇腹を手で押さえながら返事をすると、アイバンは次の標的を兄弟子のジークに変更する。
鎌の持ち方を、片方は順手、もう片方は逆手に持ち、ホーヴィルの首を目掛けて腕を回す。
『すまんな親父、親父の使命を全うできそうにねぇわ』
ホーヴィルは逃れる術もなく、瞳を閉じて死を受け入れる。
キンッ――。
死の覚悟を決め瞳を閉じたホーヴィルだったが、一向に攻撃が来ずさらに金属同士がぶつかる音に疑問を抱き左目を開けると、そこには短剣を持ったギルダンに切りかかられているアイバンがいた。
「何とか間に合った!」
「あんた……」
「危ないなぁ、って君昨日の大男ぉ!」
額に流れる汗を袖で拭きながら短剣を回すギルダンの後ろには、紅く煌めくスカーフ留めを付けたクレアの姿があった。
ホーヴィルと変わらぬ歳のクレアの姿があることに、驚きが痛みを勝る。
クレアも、煙を吸ったり熱に当てられたりしているため満身創痍の様子だが、しっかりと自身の足で立っている。
そんなクレアは、ギルダンが対峙している男の額に刻まれた紋章に気付く。
「ギルダン、その男も残された
「クレアの予想通りの展開だな」
「知っているなら話が速いねぇ、邪魔ものは殺すよぉ」
ギルダンはアイバンが喋りきると同時にハンドガンで牽制し、両横から向かい来る鎌をすり抜け腹部に重い一撃を与え、さらによろけたところを右の拳で顔を狙うが、頭突きで止められる。
体制を整えようと少し距離を取ったギルダンに、今度はアイバンが仕掛ける。
左手の鎌を下投げで飛ばし、左足を引いて躱したギルダンの首を躊躇なく右の鎌で仕留めにかかる。
不意を突かれたギルダンだが、持ち前の反応速度によりハンドガンでガードする。
激しい攻防でホーヴィルへの意識が薄れた隙を突き、クレアは倒れこんでいるホーヴィルの元にたどり着く。
かなり深く切られている脇腹を応急処置で止血し、クレアはホーヴィルの腕を肩に回しゆっくりと階段まで進み始める。
クレアとホーヴィルの動きに気が付いたアイバンは、身体をクレア側に向け標的を変更した素振りを見せる。
それに気づいたギルダンは焦り交じりで攻撃を繰り出すが、その焦りがアイバンの罠であり、伸ばした腕をいなされ、回し蹴りを食らってしまう。
回し蹴りの勢いで再び体を反転し今度はクレアたちの方向へ駆け出し、鎌を振り上げ唐竹割りで襲い掛かる。
「クレア、気を付けろ!」
クレア1人で逃げている場合なら躱せたであろう攻撃だが、ホーヴィルに肩を貸した状態では避けることができない。
『やばいっ、殺される!』
クレアは目を閉じ身体に力を入れ怯えると、胸部にあるスカーフ留めが緋く発光し、アイバンの鎌を受け止める。
エンジェルシーカー 左城 光 @ateraito
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